父と子の決別
部屋に閉じ込められていたはずのお姫様の登場に、その場は大混乱に陥っていた。兄である王でさえも。
「あ、アリシア!?何故ここに」
「騒ぎに乗じて逃げ出して参りましたわ」
「はあ!?」
そんなサラッと。騒ぎになっているとはいえ、見張りだっているだろうに。一体どこから出てきたのだろう。
「私の特技をお忘れですか?脱走姫と呼ばれた私をあの程度で閉じ込めたおつもりだなんて、ふふ、甘いですわよ」
そう不敵に笑ったアリシアさんはなんかとてもかっこよかった。脱走姫って何。どうやらアリシアさんは大人しそうな顔をしてとんでもないお転婆姫だったようだ。
「そこの彼に状況は全て聞きました。お兄様、いい加減になさいませ。人の恋路の邪魔をしたら馬に蹴られて死ぬと言いますでしょう?」
そこの彼、というのは言うまでもなくフードくんのことだった。姿が見えないと思ったら騒ぎに乗じてちゃっかりいろいろと動いていたみたいだ。
「そんな簡単な話ではない、これは世界の存亡に関わることなのだぞ!」
「聖女様に手を出す方が大変なことになりますわよ。どこからどう見ても相思相愛、なんなら溺愛されてるのがわかりませんの?お兄様こそ、魔族と戦争でもするつもりですか?我が国を滅ぼしたいのですか?」
「それは……」
相思相愛、のところでうんうんと頷きながらヴェルドさんの腕にしがみついて仲良しアピールをしてみた。王はアリシアさんの詰問に言葉を詰まらせる。もっと言ってくださいアリシアさん。こんなに仲良しですよ私たち。
追い討ちをかけるように、アリシアさんはよく通る綺麗な声で話を続ける。
「それに、この計画を主導した神官長は、むしろ魔族との戦争を望んでいるようですが?」
「何!?」
やっぱり、王も評議会さんたちも神官長の本当の目論見には気づいていなかったようだ。フードくんが裏切りさえしなければ、本当にこの計画は誰にも気づかれずに進んで行ったのだろう。
堂々と、けれど優雅に王の方へと歩みを進めたアリシアさんは、小脇に抱えていた書類の山をどん、と机の上に置く。
「これは彼の私室から出てきたものです」
内容はこちらからは窺えないけれど、彼の悪事の証拠となるもののようだった。それに目を通した王や神官たちが息を飲むのがわかる。
神官長は一瞬動揺したように目を泳がせ、フードくんを視界に捉えると諦めたように目を伏せた。お前か、とでも言いたげな表情だった。
様々な魔法に通じる神官長が、そんなわかりやすい証拠を簡単に見られる場所に置いておくとは思えない。ちらっと私もフードくんを見遣ると、すました顔であさっての方向を向いた。やっぱりお前か。
「禁術の研究、貸与魔法の無断使用、神殿の魔力の私的利用……どれも重罪です。もう言い逃れはできませんわよ」
「聖痕については同意を得ていますがね」
「え!?お兄様、本当ですか?本当でしたら私、本気でお兄様を軽蔑しますわよ」
アリシアさんに怖い顔で糾弾され、王が縮こまる。アリシアさん、強い。そこにフードくんが口を挟む。
「ちなみに俺、聖痕の被害者第一号なんですけどそれも許可あったんですか?」
「はあ!?聞いていないぞ!まだ完成したばかりで使用はしていないのではなかったのか?」
「俺が生まれた頃からついてますけど?」
「き、貴様、どういうつもりだ!?」
「……」
神官長はあさっての方を向いて答えようとしなかった。なんてふてぶてしい態度。威厳のあるおじさまだと思っていたけれど、まるで悪戯がバレて叱られている子供みたいだ。
「ふん、今更言い逃れなどするつもりはない。元より時間の問題だ。それに私の計画はとっくの昔に破綻しているからな、心残りなどないさ」
どこにでも連れていけ、とでも言うように神官長は両手を前に突き出す。潔い態度だった。
アリシアさんが連れてきた別の神官さんが、彼に手錠をかけて。
「……ああ、そうだ。少しだけ待ってくれ。下手なことはしない」
彼は繋がれたままの手で器用にポケットを探る。目当ての物が見つかったようで、それを確かめてから、軽く握りしめて。
「シエル、受け取れ」
フードくんの方へと、それを投げた。
フードくんが反射的に受け取ったそれは、小さな箱に大切そうに仕舞われた銀のペンダントだった。それを確かめた彼は理解が追いつかないというような、戸惑った表情を浮かべて神官長を見つめている。
「……俺のこと、ですか」
「他に誰がいる。お前の頭は飾りか?」
「この期に及んで減らず口は健在みたいで何よりだよ」
さっき神官長はフードくんのことをシエル、と呼んだ。察するに、多分、それが彼の名前なんだろう。彼は自分に名前なんてないと言ったけど、本当はあったってことなのかな。
「母親の形見だ。持っていけ」
「な、なんであんたがそんなもの」
「昔話をしている時間はない」
その言葉のとおり、神官長を拘束している人達が、急かすようにどこかへと連行していく。フードくんが混乱して、何も言えずにいる間にその背中はどんどんと遠ざかって。
それが見えなくなる前に、彼は叫んだ。
「今更こんなことされたって、俺は一生あんたを許さないからな!!」
当然だ。彼は行動を支配され、命を握られ、したくもないことをさせられてきたんだから。神官長の方も、許されるとは思っていないんだろう。特に動揺した様子もなく、そのまま連行されるままに歩いていく。
「……でも、俺を生かして、ここまで育ててくれて、魔法を教えてくれた。それだけは、感謝してるよ」
そこで初めて、神官長が足を止める。
「さよなら、養父さん」
そうはっきりと伝えたのは、何もかも吹っ切れたような、清々しい声だった。
「……どこにでも行ってしまえ。出来損ないで親不孝者の馬鹿息子め」
最後まで憎まれ口を返す神官長の声と肩が微かに震えていたのは、きっと気のせいだ。
呪縛と憎しみで繋がった、けれどきっとそれだけではなかった、不思議な義理の親子。
彼らの恐らく最後の別れを、私はただ、何も言えずに見つめていた。




