聖女の本領
月がほんの少しだけ高い位置に移動し、まだその明るさを保ったまま建物に影を作っている。私とフードくんは無事神官長と大勢の神官を眠らせる作戦を成功させ、その影に隠れるようにひた走った。
……これ以上無いくらい、上手くいったのではないだろうか。
まだ心臓がドキドキしている。隣を走るフードくんを見遣れば、彼もまた興奮醒めやらぬといった表情でこちらを見ていた。自然に私の掌と彼の掌が合わさりぱちんと軽快な音を立てて、どちらからともなく笑いが溢れた。
「あははははは、見ました? あいつの間抜け面。最高すぎて笑いが止まんねえや」
「ふ、ふふ、見た、こんなにざまあみろと思ったのは人生で初めてです、私聖女失格かもしれない」
「つか、なんすかあのヘッタクソな演技。笑い堪えるの大変だったんですからね」
「え!? 迫真の演技だったでしょ!? 私女優になれるかもと思ってたのに!!」
「女優に謝れ」
周りの民家の方々を起こしてしまっては元も子もないので、声を抑えてそんな会話を交わしながら、走る。塔はこの国の中心部にあるので、国境まではまだもう少しかかるみたいだ。
目指すは西側の街道。深夜なので人通りはないから、最短で逃げるのを優先だ。そんなことを考えていると、前方に先回りをされたのか、また別の部隊が見えた。チッ、とフードくんが舌打ちをしたのが横から聞こえた。
「伝達が早いな」
「どうします」
「迂回路はない。強行突破一択です」
「了解!」
防御魔法を発動させ、私はそのまま大軍を相手にする。
フードくんによれば、昨晩から今まで防御無視の拘束魔法の許可は誰にも下りていない。決行を急いだのはその時間を与えないという目的があったのだ。
そしてその魔法がないなら、私に防げないものなんてない。
「ただ、こいつら神官じゃない。王直属の兵士だ。所詮戦闘員じゃない神官とは勝手が違いますよ」
「わかってますよ!」
「ッ聖女様、お覚悟!!」
私の防御が振り下ろされる剣を受け止め、鈍い音が響いた。その隙を狙い、体に触れようとするけどすぐに躱される。
兵士さん達はただの見張りとは違って、戦闘の訓練を受けている人達だ。おまけに私の魔法のことも既に伝達済みみたいで、私に触れられないよう警戒しつつこちらを攻撃してくる。
「ちょっとフードくん! 少しは手伝ってください!」
「やってますけど、俺は結界内だとかなり弱体化してるんで、神官の拘束以外はあんまり役に立ちませんからね」
「先に言っておいてそういうことは!!」
これもフードくんに聞いた話だけど、神官は神官になるときに洗礼を受ける。それにより彼らは神殿と繋がり、自分の魔力を神殿を通すことで光魔法に変換することができるのだそう。規模は小さいものの、聖女と似たようなことができるのだ。
だから私と同じように、神官には普通の拘束魔法は効かないけど、この人たちには使えるはず。左手には白い鎖を象った拘束の魔法を、右手には癒しの魔法を構えた。
「よっと」
先端を地面にくっつけた白い鎖をしゅるしゅると長く伸ばして、高く飛び上がる。降下しながら鎖を引っ張って速度を増し、不意をつかれて焦る兵士に触れ、眠らせる。
「クソ、早く捕まえろ! 空中で身動きは取れないはずだ!」
「残念、取れます」
足元に盾を作ってそれを蹴り、角度を変えて跳ぶ。そうやって翻弄しながら、一人、また一人と鎖で縛ったり、眠らせたり。
しばらくの居候生活とおやつの食べすぎで体が鈍っていないか心配だったけれど、杞憂だったみたい。私、全然動けてるな。
それを繰り返していたらそのうちみんな動けなくなったので、私は再び地上へと降り立つ。
ひゅう、と口笛が鳴った。
「やるじゃん」
「これなら魔法なしでもヴェルドさんの方が強いです」
「魔王と比べるのは可哀想ですよ」
頭上を見上げると月の位置はまた少し変わっていた。意外と時間がかかってしまったな。
「行きましょう」
再び走り出した私達は、そんな感じでぱらぱらと出てくる敵さんを無力化しては進んで行った。
順調だ。とても順調だけれど、なんか。
「順調すぎません?」
「え?」
「なんか変です。これじゃ私を止められないってわかってるのに、みんな馬鹿の一つ覚えみたいに正面から来るんですよ」
なんだか、別の目的があるみたいだ。
「それは俺も思ってました。けど不安要素は全部封じたはず――」
その瞬間背後にぴり、と刺すような気配を感じて、私も彼もバッと振り向く。
背後に迫っていたのは、無数の白い網のような魔法。これは、現時点では彼以外使えないはずの、拘束魔法だった。
「まって、これ、避けられな――」
瞬時に反応したフードくんが私を背中に隠すように庇い、魔法を発動させて全て撃ち落とす。
「防いだか。腐っても私の弟子だな」
そう言ってゆっくりと空から降りてきたのは、さっき眠らせたはずの、神官長だった。




