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聖女、魔王と食事をする。

 コンコン、と扉を叩かれる音で目を覚ました。どうやら寝てしまっていたらしい。ふかふかの布団を名残惜しく思いつつ返事をすると、ドアが開いて、誰かが入ってくる。


「失礼致します。セイラ様のお世話をさせていただきます、クレアと申します」


 丁寧な自己紹介とともに美しい礼を見せてくれたのは、優しげな美人の魔族の女の人だった。この人が、さっき魔王さんの言っていた侍女さんに違いない。


「そんなに畏まらないでください。傅かれるような身分でもないですし」

「セイラ様は魔王様の大切なお客様です。失礼があってはなりませんから」

「大切なお客様って……私的には迷惑な居候くらいのつもりだったんだけど」

「そんな!」


 すごく困った顔をされてしまったので、大人しくお世話されることにした。


「魔王様から夕食のお誘いが来ております。ご案内いたします」


 綺麗な服に着替えさせてもらった(自分で着られると言ったけど服の構造がわからなかったので着せてもらった)後、クレアさんについて行く。魔王城は思ったより広くて、確かに私一人で出歩いたらすぐに迷ってしまいそうだ。壁に飾ってある絵とか彫刻とか、見たことのないものばかりで、あちこちきょろきょろしてしまった。


「こちらが会食の間でございます」

「あ、ありがとうございます」


 クレアさんが丁寧に扉を開けてくれたので、恐縮しながら中に入ると、そこには魔王さんが既に来ていた。


 聖女になってから王城で叩き込まれた会食のマナー、覚えてるかな。


「えっと……お招きいただきありがとうございます」

「どうした急に」

「いやなんかクレアさんがとても丁寧な方なのでつられました」

「今更そんなのいらんだろ。普通でいい普通で」


 確かに彼には聖女っぽくない私しか見せていないのだし別にいいか。礼儀正しくするのも疲れるのだ。


「それで、部屋はどうだった?」

「いやもう最高です。お布団ふかふかで気持ちよかった」

「もう寝たのか」

「はい、ぐっすりでした」


 そんな会話をしていると、料理が運ばれてきた。鶏っぽいお肉のソテーと、見たことのない種類の野菜のスープと、パン。どれもとても美味しそうで、思わず目を輝かせた。


「たっ……食べていいんですか」

「ああ」

「いただきます!!」


 ここ暫く、野宿をしていたため食事は質素なものだったから、久しぶりのちゃんとした食事はもう本当に美味しかった。お肉は柔らかくてジューシーだし、スープも野菜の旨味がよく出ていて美味しいし、パンは焼きたてのふわふわ。旅の食事も頑張って美味しくしていたつもりだけど、王子たちはいつも不満げだった。


「もう死んでもいい……」

「そんなに美味かったか。良かった」

「これなんのお肉なんですか?鶏っぽいけどなんか違う感じがする」

「それはヴォルグ鳥だ。魔族領に生息している鳥で、鶏より大きく空を飛ぶ」

「へえ〜」


 その後は、食材について私が尋ねる時間になった。その度に魔王さんはきちんと答えてくれて、楽しい時間を過ごすことが出来た。


 ……ああ、そっか。一緒に食べる人って重要なんだな。


 唐突に、そんな考えが浮かんだ。


 今日のご飯がこんなに美味しいのは、きっと食材のおかげだけじゃないんだろう。目の前で笑うその人を見ていたら、心がじんわりと暖かくなるような気がした。


 話せば話すほど、彼は素敵な人だなって思う。私がなにか言う前に色々と気を回してくれて、足りないところがないか聞いてくれるから、私は恐縮しっぱなしだ。言葉は粗雑でぶっきらぼうだけど、優しい。なんだか余裕みたいなのも感じる、大人のひとだ。


 見た目だってそうだ。あの鋭くて綺麗な赤い瞳に高いところから覗かれたらなんだかドキドキしてしまう。いつも不機嫌そうな顔が崩れて微笑まれたときの破壊力もすごい。私の婚約者だった王子は、女性と見紛うくらい綺麗な顔をしていて、周りの女の子たちはみんな王子に夢中だったけど、私は、絶対に魔王さんの方がかっこいいと思う。これは絶対譲れない。


「ご馳走様でした。とっても美味しかったです。ありがとうございます」

「気に入ってくれて良かった。明日からもここで共に夕食を取ろうと思うのだが、構わないか?」

「えっいいんですか?じゃあお願いします!」


 魔王さんとお話するのはとても楽しいし、魔族領の話ももっと聞きたかったので願ってもないことだった。


「聞きたいことや不満があったらそこで言ってくれ。なるべく答えるようにする」

「不満は今のところ全くないですけど聞きたいことはたくさんあるのでまとめておきます」


 魔王さんはまた意外そうな顔をしている。私と話す時、彼はよくこの顔をしているのだけど私の言動はそんなに変なのだろうか。気をつけよう。


「部屋まで送る。行くぞ」

「はいっ」


 魔王さんの後ろに私、その後ろにクレアさんという形で歩き出した。


「聞きたいことありました、あの絵に描かれてる青い鳥はなんですか?」

「あれがヴォルグ鳥だ。さっき食べたやつだな」

「へえー、綺麗な色してるんですね」

「幸運を運ぶと言われていてな、客をもてなすときや祭りでよく食べられる。羽は装飾品としても人気が高いんだ」


 そんなの食べてたのか私。もっと大事に味わえばよかった。


「ヴォルグ鳥を食べたんだ、きっとすぐに帰れる」

「!」


 今日の食事にはそんな意味があったらしい。慣れないところでの生活に不安もあるだろうと、そんなことを思ってくれたのだろう。やっぱりこの人は、見た目に似合わずとても優しい人だ。この短い時間でもよくわかった。


「ありがとう、ございます」


 また、胸の中がじんわり暖かくなる。


「じゃあな、また明日」

「おやすみなさい!」


 ぶんぶん手を振って魔王さんを見送ったあとは、クレアさんにお風呂に案内してもらった。久しぶりのお風呂もそれはそれは最高だった。


 この一日で、暖かいものをたくさんもらった私は、すっかり魔族領を好きになってしまったのだった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白いです。 書き方が読みやすくて、登場人物もかっこよくて、 もっと読みたいです! [一言] わたしも、魔王さんの方がかっこいいと思います
2021/12/14 18:34 ヨムヨムくん
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