聖女と共犯者
「で、どうやって逃げるつもりすか」
完全に取り繕うのをやめた彼が胡座をかき頬杖をつきながら気怠げにそう尋ねた。アリシアさんに貰った、私がたくさん書き込んだ紙を引っ張り出して床に広げ、私は渾身の作戦を披露する。
「まず塔から飛び降ります」
「初っ端から既につっこみたい」
「だって塔に何仕掛けられてるかわかんないじゃないですか。窓には何も無いの確認済みなんで。私の魔法なら無傷着地くらい余裕ですからね」
窓に何も仕掛けられていないのは、まさかそんなところから飛ぶとは思われてないんだろう。聖女も舐められたものである。
「それで、昼間に飛び降りたら目立って仕方ないんで、夜を狙おうと思ってました」
「見張りは? 夜でもいますよ」
「私の魔法で眠ってもらいます」
「そんな物騒な魔法使えたんですか?」
彼が目を丸くする。確かに聖女は基本的になんか悪そうな魔法は使えない。そういうのはどちらかというと闇魔法の領域だ。だけど、魔法は使い方次第である。
「いや、全然物騒じゃないですよ。対象を強制的に眠らせる代わりに怪我とか病気とかを回復させる癒しの魔法です」
「そんな使い方しちゃダメじゃないですか」
「起きたらすごく健康になってると思うんで逆に感謝してほしいですね」
「……ふ」
「あっ今笑った? 笑いましたね?」
彼の今までの歪な微笑みはなりを潜め、ふつうに笑うようになった。うん、絶対そっちの方がいいと思う。自然体が一番ですよ。
彼が地味にウケているのはそれくらいでスルーすることにして、私は話を続ける。
「それで、見つかりそうになったら眠らせて、を繰り返して逃げようと思ってました」
「思ってたよりまともでよかったです」
「失礼だな!」
私だってちゃんと考えてるんですけど!?
私の憤りをスルーして彼は転がっているペンを拾い、床に広がっている紙にバツを打ったり書き足したりし始めた。
「まず、決行は明日の夜。塔から降りて見張りを眠らせるまではその案で行きましょう。ただ、その後神官達の大半を無力化する必要があります」
「なんでですか?」
正直私と彼が手を組めば負ける気がしないんだけど、神官さんってそんなに強いのだろうか。
「俺があんたを拘束した魔法覚えてます?」
「はい」
「あれ、元々罪を犯した聖女とか神官を拘束する用の魔法なんすよ。光魔法の防御じゃ防げない」
あ、だからあの時防げなかったのか。攻撃魔法じゃないからエリーちゃんのために展開した防御をすり抜けたのかと思ってたけど、納得。
「……え、やばくないですか?」
「やばいですよ」
そんな魔法があるなら私、逃げられなくない? 詰んでない?
「けど、使用には許可が必要なんです。評議会全員の許可に加えて神官全体の三分の二以上の賛成がないと使えない。だから三分の一以上の神官を眠らせて許可を封じる」
「なるほど……」
評議会ってなんだろう。わからないけど多分偉い人だ。ガード固そうだし、神官を眠らせる方が効率が良さそう。
「ちなみに、あんたを捕まえるために降りた俺の許可はまだ解けてません」
「!」
つまり、逆に彼が神官たちを拘束できる。
どくん、と心臓が鳴った。
これは、期待だ。私だけではぼんやりとしていた計画が、途端に現実味を帯びてくる。すごい。彼を引き込んだのはこれ以上ない選択だったのかもしれない。
肯定するように、彼はニヤッと強気に笑う。
「癒しの魔法、どれくらい眠らせられますか」
「半日はぐっすりです。不健康な人ならもっと長い」
「よし、それなら充分」
そして神官さん達が対応にてんやわんやしているうちに、私たちはここからおさらばというわけだ。うーん、完璧な計画。
ペンを紙に走らせる彼の手はまだ止まらない。
「で、一番注意しなきゃならないのが神官長。俺を操ってるのも、神官たちを実質的に動かしているのもこいつです。俺もあの人の計画を全て知ってるわけじゃないし、何してくるかわからないんで、できれば封じておきたい」
彼が書き出した組織図によると、評議会さんは全体の方針を決める人たち。神官長は上からの命令を伝えたり、指示を出したりする人。いわゆる中間管理職というやつだ。
どうやらこの人がいろいろと悪巧みをしているみたい。聖痕をつけて彼を操ってるのもそうだし、私を攫う計画もこの人が主導したようだ。
「でもそんな悪の親玉みたいな人、表にあんまり出てこないのでは?」
「はい、だから俺がなんとかします。俺の考えとしてはこんなもんですかね。異論あります?」
「ないです!」
そもそもこの国の内情にも精通していて悪巧みが得意そうな彼よりもいい案を私が出せるとは思えなかった。賛成です。
「てか、本当にアリシアさんは大丈夫なんでしょうね」
「大丈夫ですよ。投獄だのなんだのは脅しです。謹慎は食らってるみたいですけど自分のお部屋にいますよ」
「私が逃げたらアリシアさんのせいになりませんか?」
「俺は『アリシア様が聖女に話しかけられてちょっとだけ口を滑らせた』としか報告してませんし、そもそも俺が大暴れすれば全部俺のせいになります」
「なるほど」
積極的に手を貸したとバレていないならまあ、大丈夫か。あれだけ優しくしてくれた人に、最後にお礼も伝えずに逃げちゃうのは心苦しいけど。
そんな事を考えながらメインの計画が破綻したときのための予備の計画を話し合っていると、だんだんと空が白んできて。彼はそろそろ戻ると言って立ち上がる。
去り際に、ずっと気になっていたことを聞いてみた。
「そういえば、あなたなんていう名前なんですか?」
「俺に名前なんてないですよ」
「じゃあとりあえずフードって呼びますね」
「雑か?」
じゃ、と言ってフードくんが窓から去っていくのを見届け、私は床に就く。心臓がまだどきどきしているけれど、今晩の脱走劇に備えて体を休めておかなくちゃ。
布団を頭から被って目を閉じていたら、いつの間にか意識は夢の中だった。




