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聖女と刺客 1

 アリシアさんを巻き込んでしまった。


 この期に及んで人を頼ろうとした、私のせいだ。酷い目にあってたらどうしよう。


 なんで? どうして? あの人たちは私をどうしたいの? こんな事までして。

 私はただ好きな人と一緒にいたいだけなのに。

 それじゃだめなの? 私が聖女だから?


 神様、どうして私を聖女にしたの。


「……ヴェルドさん」


 私、どうしたらいい? わかんないよ。


 会いたい。今すぐ会いたい。

 いつもみたいに、包み込むみたいに抱きしめて、大きな手で頭を撫でてほしい。そうしてくれたら私は安心するから。


「会いたいよぉ……」


 でも、私のせいで誰かがつらい思いをするくらいなら、いっそ諦めた方が――。



 べちん、とまた両手で頬を叩く。痛い。でも目が覚める。


 ――『こんなに優しい方の愛するお方が極悪非道なわけがありません』


 そう言ってアリシアさんは背中を押してくれた。今私が諦めたら、彼女の想いを無駄にすることになっちゃう。大丈夫。きっと大丈夫だ。


 滲んだ涙をぐいっと拭いた。弱音はここまで。大丈夫、まだ頑張れる。悪いのは私じゃない。理不尽なのは王や神官だ。歴代の聖女がどうだったかは知らないけど、身勝手な人達のせいで自分を犠牲になんて、私は絶対にしてやらない。


 私は逃げるし、ヴェルドさんに会いに行くし、アリシアさんも助ける。それ以外の選択肢なんて絶対にないんだ。



「えーーと、アリシアさんから聞いた地形図はだいたいこんなもんかな……魔族領までどれくらいかかるんだろコレ」

「こんばんは。精が出ますね」

「こんばんは。そうですよめちゃくちゃ頑張ってるんですからね私」 


 返事をしてから気づく。今の、誰?


 振り返ると記憶に新しい、私を攫った例の男が相変わらず不気味に笑いながら私を見ていた。


「お前は!! あの時のフード男!!」

「聖女様は言葉遣いが悪いな……おっと」

「うるさい一発殴らせろ!! おまえのせいで私はこんな目にあってるんですよ!! どこに隠れてたんですかこの卑怯者!!」


 顔面にぶち込んでやるつもりだった渾身の右ストレートはあっさり躱された。腹立つ。


「俺はずっといましたよ。貴女の監視役を仰せつかってるので」

「俺?」


 あのときは私って言ってたような。


「ああ……いけね、素が出ちまった。教会の『お仕事』してるときは言葉遣いに気をつけてるんですけどねぇ」


 彼も教会の人間なのか。いや、私を攫ったわけだし、この国の人なわけだからそりゃそうなんだけど。

 彼の出で立ちはどう見ても教会の人間って感じではない。黒いフードつきのローブに全身包まれていて、怪しさ満点だ。神官とは真逆に位置する感じだ。


「まぁいいや。今は監視も入ってないし。そういうワケで、あんたに余計なことされると困るんで、釘刺しに来ました」

「……アリシアさんのことチクったの、お前ですね」

「そんな怖い顔しないでくださいよ。あの方はお姫様なんで、酷い目にはあいませんから」


 そんなの信用できない。私は引き続きこのフード男を睨む。私にもヴェルドさんくらいの眼力があればよかったのに。そうしたら視線だけでこいつを倒せたかもしれない。


「アリシア様だって所詮この国の人間だっていうのに、本当に聖女様ってのはお人好しなんですねぇ」


 目の前の男の発する言葉の一つ一つが全部私の神経を逆撫でする。多分意図してやっている。こいつのペースに乗ったら駄目だ。


「そんなに帰りたいですか?」

「当たり前ですよ」

「俺、魔族領でたくさん貴女と魔王の話を聞きましたよ」

「!」

「どれだけ彼が孤独だったか、貴女の存在にどれだけ救われてるかって」

「なら早く私を解放してください」


 何が言いたいんだ。そんなこと言われてもますますヴェルドさんに会いたくなるだけなんだけど。私の要求には勿論答えず、男は話を続ける。


「でも、貴女にとって魔王がどれだけ必要な存在かって話、全然聞かないんですよ。貴女の感情、本当に本物ですか?」

「だから私は洗脳なんてされてないって」

「必要とされて、同情で、そういう気分になってるだけなのでは?」


 どくん、と心臓が鳴る。淡々とした口調で紡がれる言葉は毒のように私をだんだんと侵していく。


 ヴェルドさんと初めて気持ちを伝えあった夜を思い出す。


 確かに私はあのとき勢いで、感情に任せて、直前まで考えもしてなかったことを言った。故郷を捨てても構わない……とまでは言ってないけど、近いことは言った。と思う。


 あのときヴェルドさんが私のことで余裕をなくしていることが、必要とされていたことが嬉しかった。私が幸せにしたいと思った。


 それを同情だって、もしかしたらいうのかもしれない。


「彼には自分しかいない、貴女はそういう幻想に浸っているだけですよ。それにつけこんで雁字搦めにしてるなら、洗脳と変わらないんじゃないですか?」


 私の心が揺れているのを気取り、男は畳みかけてくる。


 ……だけど。


「そんなことで惑わそうとしても、無駄ですよ」

「!」


 だけど、私はヴェルドさんを選んで後悔したことなんて一度もない。


「ヴェルドさんは私を縛りたくないって言ってくれた。私の自由と自分の気持ちを天秤にかけて、ずっと私を優先してくれてた。私はあの人の事情とか何も知らずに好きになって、何も知らずに好きって伝えました」


 私が最初に恋をしたのは、私を必要としてくれるヴェルドさんじゃない。


「救いたいから好きになったんじゃない。好きになったから力になりたいと思った。必要とされて嬉しかった。そこだけはもう、絶対に揺らぎません」


 だって、こんなにも会いたい。触れたい。

 つらいとき、抱きしめて欲しくなる。

 嬉しいとき、真っ先に伝えたくなる。

 離れ離れでも、脳裏に浮かぶ彼の姿が私を奮い立たせる。


 これを愛と呼ばずになんと呼べばいい?




 私の心がもう変わらないことを察したのだろう、男はおざなりなため息をついた。


「……はー、やっぱダメか。残念。じゃあアプローチを変えますかね」


 大して残念でもなさそうに彼は呟いて、おもむろに右手の黒い手袋を外す。


「これ、知ってますか?」

「っ、それは……!」


 その手の甲にあったのは、どこかで見覚えのある紋様。


「俺はアリシア様とは違って死んでも構わない道具だ。だからあんたに逃げられると俺、処分されちゃうんですよね」


 それは聖痕と呼ばれる、かつて教会で裁判にかけられた大罪人につけられていたもの。これがあれば術者は彼の発言も行動も思いのままで、命を奪うことすらできる代物だ。


 聖女のお勉強のときに何度も見た、今は禁術指定されているはずの魔法。


「だから、大人しくしててくださいよ。人の命を犠牲にしてまで逃げたいですか?」

「そんな、なんでそんなもの…!!」


 混乱する私とは対照的に、余裕の態度を崩さない彼は意味深に笑っている。


「なんで俺がなんの問題もなくあんたのところまでたどり着けたと思いますか」


 彼がおもむろにフードを脱ぐ。

 その瞳を見た瞬間、私は息を飲んだ。


「あなた、魔族だったの……?」


 彼の瞳は、鮮やかな赤色だった。




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