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聖女と姫の問答

「セイラ様……大変だったんですねえ……!!」

「アリシアさん……??」


 アリシアさんにわかってもらおうと思って、いろいろとお話をした。生い立ちから話し始めたのはちょっと自分でも意味がわからないし、途中王子への憤りが入りすぎた気もするけど、でも、まさかこんなことになるとは……。


 私の前で号泣して、ハンカチを三枚くらいだめにしているアリシアさん。なんか、あの、思ってたのと違う。こんなに簡単に行ってしまって大丈夫ですか?


「あの、信じてくれるんですか」

「はい。私は洗脳されている人間にも会ったことがあります。そういう方は決まって言動に矛盾というか、不自然さがどこかにあるんです」

「不自然さ……」

「けれどセイラ様にはそれがなかった。だからセイラ様と接して確かめようと思い、兄に従うふりをしてこの役を申し出たんです」


 アリシアさん、まさかの元々味方だった。この人なら話を聞いてくれそうな感じがした、私の勘は正しかったのだ。


 アリシアさんはびしょびしょになったハンカチたちをぎゅっと握りしめ、綺麗なお顔を悲しげに歪めた。


「……今の兄は、そんなこともわからなくなるほど盲目になっている。若くして王になった重圧からなのか、高位神官たちの言いなりなんです」

「盲目……」

「現在、魔族による人間界での犯罪はほとんどありません。魔族がひとつの国としてまとまり、魔王が為政者として機能している証左です。今の魔王はおそらくこちら側とも上手くやっていきたい、と考えているのではないでしょうか」


 はい、大正解です。私は大きく頷く。


 これはヴェルドさんに聞いた話だけど、昔は魔族領はひとつの国って感じではなくて、みんなが好き勝手に過ごしている、云わば無法地帯だったんだそうだ。人間界に勝手に行って人間に酷いことをする魔族もいたみたい。


 そんな状態だったのを、先々代くらいの魔王さんが国としてまとめるために、魔族一人一人の名前と魔力の波長を記録して管理するシステムを作って、勝手に人間界に行くのも制限した。


 それ以降はこっちで魔族による犯罪はめっきり減った。けれど、先代さんがその仕組みを作る前に人間界に行って帰ってこない魔族に関しては把握ができていないんだって。未だにこっちで悪さをしているのはそういう漏れてしまった魔族なんだろう。


 私が頷いたのを見てアリシアさんは少し笑って、でも、と続ける。


「それでも神官たちは長年続く魔族との確執を忘れられないんです。現魔王がこちらに友好的なら、下手に喧嘩を売るのは得策でないと思うのですが」


 聖グレイズ王国は魔族領に比較的近い場所にある。だから他の国と比べても魔族による犯罪が多かった。ここまで魔族を敵視しているのもそのせいだ。


 仕方ないこと、だとも思う。


 けれど、人間だってこっちで起こっている良くないことを勝手に魔族の仕業だって決めつけて魔王を倒すために遠征に行かせたりしてるじゃないか。その過程でたくさんの一般魔族の人達が傷ついているはずだ。


 ヴェルドさんはそれに報復なんてしないし、ヴェルドさん自身は何も悪いことしてないのに。


「……私も、祖国で言われるがままに聖女として魔王と戦ったのであんまり人のことは言えないんですけど。私が出会った魔族の皆さん、本当にいい人たちで」


 纏まらないまま始めてしまった私の話を、アリシアさんは黙って聞いてくれている。


「人間も、魔族も、いい人もいれば悪い人もいるじゃないですか。いい人とは仲良くして、悪い人にはダメだよって言って、反省してもらう。それじゃダメなんでしょうか」


 偉い人の考える難しいことは私にはよくわからない。子どもみたいなことを言っている自覚はあったから、自信がなくて俯いてしまう。


「……世界中が全てセイラ様のような方だったらきっと良かったのでしょうね」


 少しの沈黙の後、穏やかにそう笑ったアリシアさんは四枚目のハンカチを出す。それで顔をすっかり綺麗にして、真面目な面持ちで私の方を見つめた。王女様の顔だった。


「セイラ様、改めてお聞かせください。魔王との婚約はセイラ様のご意思なんですよね?」


 この問いには、真剣に答えなきゃいけない。そう思った。けれど私に迷いなんて最初からない。


「……はい! ヴェルドさんが大好きで、そばにいたくて、もう彼がいない人生なんて考えられないです」


 私の答えを聞いて、アリシアさんが満足気ににっこりと微笑んだ。


「でしたら、私は貴女様に全面的に味方します。こんなに素敵な方の愛するお方が極悪非道なわけがありませんもの」

「アリシアさん……!」

「まあ、王の妹であるだけの私に力なんてほとんどないものですから、大したことはできないんですけれど……」

「そんな、こうやってお話してくれるだけで心強いです!」


 アリシアさんがなんだかどよんとしてしまったので、励ますように手を握った。私はうれしいんだ。ヴェルドさんがいい人だってわかってもらえるだけで、こんなに。


「ふふ、セイラ様と魔王様、仲良しでとっても素敵です。もっとお話を聞かせてください」

「えへへ何でも話しますよ!」


 恋話の気恥ずかしさにはもう慣れましたからね! どんとこいですよ!


「その指輪は魔王様から贈られたものですか?」

「そうです。ヴェルドさんの瞳、本当にこの宝石みたいな色なんですよ。すっごく綺麗なんです」


 これがあるだけで、彼がいつでも近くにいてくれてるような気がする。手を窓に翳して陽に透かしていると、アリシアさんがなんだか生暖かい表情でそれを見ていた。


「ご自分の瞳の色の宝石を贈るなんて、本当にご執心……大切にされてるんですね」

「そういうものですか?」

「そうですよ。セイラ様が自分のものだって、周りに見せつけているようなものじゃないですか。かなり感情が重……いえ、何でもありません」


 何それ、嬉しい。にやけちゃう。なんだか顔が熱くなってきた。


 その後はアリシアさんになぜかスイッチが入ってしまったみたいで、ヴェルドさんとのあれこれを中心に根掘り葉掘り聞かれた。その姿はやっぱりクレアさんとよく似ていて、魔族領を離れて数日しか経っていないのに、懐かしい気持ちにもなったのだった。



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