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捜索、開始

 それは、セイラ様が城下に出かけていくのを見送り、仕事を開始してから暫く経ってからのことだった。


「……セイラ?」

「どうかしましたか?」


 執務室で黙々と仕事を片付けていた我が主、魔王は急に愛しの婚約者の名前を呼び、窓の外へと視線を向けた。彼女が帰ってきていたらこんなに静かなわけがないので、まだどこかで遊んでいるはずなのだが。


「いや、今あいつの魔力が消えたような」


 魔力の反応が消えるということは、彼女が姿を消したか、もしくは魔力を封じられたということ。そこに悪意ある第三者の存在があることはほぼ間違いない。


「……本当ですか? そんな堂々と貴方を敵に回すような真似をする輩がいるとは思えませんが」


 魔王様の魔力は強すぎて、すぐ側にいると魔力の感知がザルになる。魔王様自身もそうだ。だから本当に彼女の魔力が消えたのかどうか、私には判断がつかなかった。


「……ちょっと探しに行ってくる」

「魔王様!」


 血相を変えて走り去っていく魔王様を止めることもせず、私も彼を追いかけた。


 普段なら無理やりにでも引き留めていただろう。けれど、彼の尋常でない様子に胸騒ぎがした。



 ***



「っお願いします、早く、早く魔王様に」

「落ち着いてください、今遣いをやっていますから」


 泣き叫ぶ子供の声に混じって何かを訴える声。それを宥める門番。そんなやり取りが聞こえてきたのは城の階段を駆け下り、城門を眼下に捉えた頃だった。


「魔王様、今の」


 その瞬間、私の言葉を聞く前に魔王様がすぐ隣の窓を開け、そのまま城門に向かって飛び降りていった。それを慌てて追いかける。


「っ魔王様!?」

「一体何事だ」


 いきなり空から現れた魔王様に驚き、門番が混乱しているのも意に介さず魔王様は答えを急いた。それに答えたのは泣き叫ぶ子供を抱える女性。


「セイラ様が、何者かに連れ去られました」


 心臓が大きく脈打った。


 当たってしまったのだ。嫌な予感が。


 女性が話を続ける。セイラ様は彼女の娘……今泣いている女の子と遊んでいたこと。娘が一人で帰ってくるなり泣き出したので、その尋常でない様子に詳しく話を聞いたこと。セイラ様が娘を守ってくれていたこと。多分そのせいで、彼女は自分の身が守れなかったこと。


「……そうか」

「っ大変申し訳ありません、娘のせいでセイラ様が……!」

「いや、その子のせいじゃない。俺の考えが甘かった」


 いやに落ち着き払った声で、魔王様はそう答えた。

 意外だった。もっと怒りを露わにしたり、冷静さを失ったりするかと思ったのに、平気そうな声色だった。


 不思議に思って彼の方を見れば、それが全く間違いであったとすぐに気づく。


 魔王様の顔から、表情が消えた。心ここに在らずというか、魂が抜けたような顔をしていた。脱力した指先は僅かに震えていて。そんな彼を見るのは本当に初めてのことで、心が痛くなる。


 平気なわけがない。ないのだ。彼なりに必死に平静を装っているだけ。彼女はもう彼にとって無くてはならない存在なのに。それを誰より理解していたはずだったのに。


 一瞬でもそう思ってしまった自分が腹立たしい。


「っ、ま、まおうさま」

「なんだ」

「セイラ、さま、いってたの、すぐ、帰るって。ほんと? ほんとに、すぐかえってくる?」


 女の子がしゃくりあげながら、必死に何かを伝えようとしている。しゃがんで視線を合わせながら、一定の距離を保ったまま魔王様はそれを聞いていた。


「……ああ、本当だ。あいつは嘘つかねーよ」

「っ、また、エリーとかくれんぼ、してくれる?」

「ああ。何回でもやってくれる。俺がちゃんと助けに行くから、任せとけ」


 ずび、と鼻水を啜り、彼女は初めて少し笑った。


「ほんとだ、まおうさま、すぱだりだ」

「すぱだりってなんだ」

「セイラさまがいってたの。かっこよくて、たよれるだんなさまって」


 虚をつかれたように、魔王様が一瞬固まる。


「……は、なんだそれ」


 感情が抜け落ちたようだった顔に、ふっと色が戻る。

 彼にこんな優しい表情をさせるのは世界中でただ一人、彼女だけ。こんな状況でも、遠く離れていても、彼の心を軽くするのはいつだって彼女なのだ。


「そこまで言われたら仕方ねえよな。サクッと居場所突き止めてとっとと迎えに行ってやんねえとな」


 そう言いながら魔王様は徐に立ち上がると、エリーちゃんの頭にそっと手を伸ばそうとして、止めた。セイラ様がいない今、魔王様が幼い子供に触れたら怖がらせてしまうから。


 魔王様は切なげに笑って、エリーちゃんと母親に家に戻るように伝える。


「子供庇って自分が捕まるなんて、本当、あいつらしいわ。そういうとこに、俺は――」


 二人を見送りながら、彼は独り言のようにそう呟いた。その後、覚悟を決めたような強い視線に変わる。


「レドリー」

「はい」

「まずはあいつが消えた公園で魔力の痕跡を探す。その間、城の仕事任せていいか」

「勿論です」


 そんなのは言われるまでもないことだった。彼がそう言わなければ自分で言い出していたことだろう。


「こちらの事は気にせず、早くセイラ様を見つけてあげてください」

「……ありがとう、助かる」


 そう言って走り去っていく背中に、行ってらっしゃいませ、と声をかけた。


 その背中はいつもより弱々しくも、頼もしくも感じて、私は愛は人を強くも弱くもするという言葉の意味を考えるのであった。



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