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聖女の情報収集

 不本意すぎる転移を終え、恐る恐る開いた目に飛び込んできたのはとにかく沢山の人だった。


 教会?だろうか。厳かな雰囲気の室内には眩しい太陽光が射し込んでおり、人々はきっと神官だろう。服がそれっぽい。その人達は皆こっちを向き……一斉に平伏した。


 思わず後ろを振り向く。何も無かった。もしかして私に向かって平伏してる?


「エッ何!? 何事ですか!? 怖い!!」

「聖女様、お待ちしておりました」

「は、あの」


 なんかきらきらしいイケメンが出てきた。彼は跪いて私の手を取る。気障だなあ……。ここで私に話しかけてくるのは、なんとなく一番位が高い人っぽい。王子か。まさか王子なのか。王子にはちょっとトラウマがあるのでできれば距離を置きたいところなのですが。


 不穏な感じで連れ去られたし、もっとこう、奴隷のような扱いをされることも覚悟してたんですけど。なんだこの扱いは。神官さんの中には私を見ただけで泣いてる人もいる。何コレ。本当に怖い。


 私の祖国よりも教会は規模が大きいみたいだし、信仰心もこちらの国の方が強いのかもしれない。祖国じゃ考えられない扱いである。じゃあなんでこの国の人じゃなくて私が聖女になったんだ。謎すぎる。


「魔王に拐かされ、魔王城に囚われていた貴女をお救いできて本当によかった」

「え、いやむしろ私拐かされてここにいるんですけど」


 この人たちの脳内では私を助けたつもりになってるのか。誤解していただけなら、悪い人たちじゃないのかも?

 よし、帰して貰えないか聞いてみよう。


「あの、私は自分の意志であそこにいたんです。拐かされたんじゃないです。だから帰してくれませんか?」

「それはできません」

「なんでぇ!?」

「貴女は騙されているんです。魔族は恐ろしい連中だ。奴らの使う闇魔法は人を操るものや、洗脳するものもあるんですよ。それを用いて貴女のことも利用しているのです」


 さっきまで優しげだった王子(便宜上そう呼ぶことにする)は、急に声を荒らげてそう語った。それに同調するように、周りの神官さんたちもどよめき出す。


「ああ、聖女様……お可哀想に……」

「魔王に洗脳までされているとは……」

「ちが、私洗脳なんてされてない……!」


 違う。恐ろしい魔族なんて、あそこにはただの一人もいなかった。私はあの人たちの優しさに、温かさに助けられたのに。


 そう言ったって、私が洗脳されていると信じている人達には通じなかった。洗脳されている人間が洗脳されていると自覚するわけがないのだから当然といえば当然なのだけれど。


「安心してください、この国には対魔族の結界が張られています。魔族は入ることすらできません。私共が貴女をお守りします」


 歓声が湧く。場がひとつに団結している。

 ただ一人、主役であるはずの私を除いて。

 ここは王子の独壇場だった。

 私のためだと言いながら、誰も私の話なんて聞いてない。聞こうともしてない。気味が悪い。


 ああ、やっぱりここは正しく敵地であるのだと、そこでようやく私は理解したのだった。




 それから私は厳重な警備のもと、高い塔のてっぺんにある部屋に押し込められた。これから毎日、塔……つまり私を中心とした儀式が行われるらしい。王子が丁寧に教えてくれた。内容は私の洗脳を解くための儀式である。そんなことしたって無駄なのに。私は洗脳なんてされていないのだから。


 食事は三食貰えるし、生活するうえで必要なものならちゃんと支給される、何不自由ない生活。敵地に攫われたにしては破格の待遇だ。


 でも、私が望んでいるのはそんなことじゃないから。


 魔族の侵入を拒む結界が張られているなら、ヴェルドさんの助けは望めない。なら私が自力で頑張らないと。彼の瞳の色をした指輪を握りしめる。ああ、没収されなくてよかった。これさえあれば私は絶対に大丈夫だ。


「絶対逃げ出してやる」


 そんな決意を固めたところで、部屋の扉を叩く音がした。


「失礼いたします。お食事をお持ちしました」


 食事を持ってきてくれる人は今のところいつも同じ人だ。私と同じくらいの歳に見える、綺麗な女の人。この人も神官ぽい服を着ているけど、よく見ると他の人より生地が上等そうだったり、高価そうな装飾品がついていたりするので、位の高い人だと思う。私は庶民だけど聖女としてお城にはよく通っていたので多少の審美眼は身についた。


 王子も似たような装いだったし、よく見ると顔立ちも似ているので彼女も王族かもしれない。多分、祖国よりも信仰が人々の日常に強く入り込んでいるんだ。


 とにかく、祖国でも魔族領でもない全く知らない国に連れてこられたことは間違いなさそうだ。


 黙々と食事をとる。運んできてくれた彼女は傍らに立ち、無表情で私の食事風景を見守っている。


 ……食べづらい。


「……あの」

「はい」


 返事してくれた。よかった。


「疲れませんか、立ってるの」

「問題ありません」


 そ、そうですか。座ってもらおうかと思ったんだけど、座ってくれなさそうだな。


「お名前はなんというんですか」

「私はアリシアと申します」


 アリシアさん。彼女にぴったりの綺麗な名前だ。


「ここに案内してくださった人とお顔立ちがよく似てらっしゃいますけど、ご家族ですか?」

「はい、あれは私の兄です」

「やっぱり。お兄さんは神官さんなんですか?」

「いえ……兄は、国王です」


 なんと、王子は王子ではなく王様だった。

 アリシアさんは多分私と同じくらいだし、王も私より少し上くらいにしか見えないので、随分若い王様だ。


 ……と、なると。私が今いる場所について、心当たりがひとつある。


 聖グレイズ王国。最近王が亡くなり若い王太子が後を継いだ国。この国には神がこの世界を作った後に拠点にしていたとされる神殿があり、王から市民の一人一人に至るまで敬虔な神の信者である。


 あと、王が国全体が結界で守られているって言っていたけど、普通の国ならそれは不可能だ。例えば私の故郷はいくつかの都市から成る国なので、規模が大きすぎて結界を作る魔力が足りない。精々王都を守るのが限界である。


 でも聖グレイズ王国は都市国家だ。規模としては故郷の王都とそう変わらない。国全体を覆う対魔族の結界を作ることは確かに可能だと思う。


 私の魔法が研究されていたのも、神や聖女への造詣が深いこの国からの刺客であるなら合点が行く。


 そうやって情報収集をしていることを気取られないよう、なんでもない風を装って私は世間話を続けた。


「王族の方にご飯運ばせてるなんて、畏れ多くて冷や汗かいてます今」

「聖女様は神の御使いであらせられます。失礼があってはなりませんから」


 私はただの庶民なのに、こうやって傅かれるのは居心地が悪い。クレアさんと初めて会ったときもこんなやり取りをしたな、となんとなく思い出して笑みがこぼれる。それを見て彼女が不思議そうな顔でこちらを見た。


「どうかされましたか?」

「いえ、魔族領でお世話してくれた人とこんなやり取りしたなって思い出して」


 魔族、という言葉を出すと彼女の表情が一気に固くなる。それをわかっていて、私はお構い無しに話を続ける。


「私が魔王討伐に行って、置いていかれたのはご存知ですか」

「……ええ。許されざる蛮行です」

「置いていかれた先でヴェルドさ……魔王に助けてもらったのも、故郷まで帰してもらったのも事実なんですよ。もし洗脳だったら手が込みすぎているとは思いませんか」


 アリシアさんは困った顔をして黙っている。確信はない、ただの直感だけれど、この人は王とかあの場にいた神官さんとかとは違う。私の話がちゃんと響いている。それならきっとちゃんとお話ができる。


 私が今接することができる人間はこの人だけだ。きっと身内だから王子改め王にも信頼されていて、この役を任されているのだろう。


 まずはこの人と会話をする。答えてくれるってことは話すことは禁止されていないんだ。それで情報を集められたらそれでもいいし、もし私が洗脳されてないってことをわかってもらえたら、王を説得してくれるかもしれない。


 私の本気を、伝えなきゃ。




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