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聖女の消失

続編開始しました。よろしくお願いします。

「セイラさまだー!」

「こんにちは!」


 ぽかぽかとした陽気の中、城下町に赴けばたくさんの声が聞こえる。みんな幸せそうで、平和だ。大好きな人の治めるこの国の温かさに触れられるこの瞬間が、私は大好きだ。


「セイラさま、遊んでー!」

「こら、エリー!セイラさまはお忙しいんだから」

「ふふ、全然いいですよ」

「すみません、この子ったら」


 申し訳なさそうに頭を下げるお母さんに手を振り、女の子……エリーちゃんの手を取る。そう、何も問題はないのだ。


「セイラさまのおしごとってなあに?」

「……この国を見守るという大事なお仕事かな……」

「ふーん?」


 エリーちゃんは不思議そうに首を傾げる。


「むしょくってこと?」

「ウッ」


 無垢な子どもの残酷な一言が私に突き刺さった。


 その通りです。

 ちっとも忙しくないんです。

 ヴェルドさんと婚約したはいいけれど、今も私は特に何をするでもなくのほほんと暮らしている。居候に婚約者という身分が追加されただけで、状況は何も変わっていないのであった。今のところ、視察のふりをして城下に赴いては子どもたちと遊んでいる無職である。


「だって仕方ないじゃない!! ヴェルドさん、『就職先? 俺じゃ不満か』って言って何もさせてくれないし! バカ! スパダリ!」

「すぱだりってなあに?」

「すごくかっこいい頼れる旦那様ってことだよ」

「ふーん」


 ちなみにヴェルドさんは今日もお仕事だ。私との結婚式の準備もあって今までより忙しくしている。今朝も世界を滅ぼす計画を立ててるみたいな顔で書類とにらめっこしながら私を送り出してくれた。だからこそ、少しでもお手伝いとかできたらって思ってるのに。


「……私、このままヴェルドさんと結婚しちゃって本当にいいのかなあ」


 しゃがみこんでセンチメンタルに浸る私の頭を、エリーちゃんの小さな手が撫でる。私が面倒を見ているはずの小さな子どもにすら哀れまれ面倒を見られている。なんてことだろう。


「セイラさま、元気だして」

「エリーちゃん……」

「まりっじぶるーはそのうちなおるってママが言ってた」

「よく知ってるねそんな言葉!?」


 最近の子供はおませさんだ。




 私とエリーちゃんは近くの公園でかくれんぼをすることになった。魔族の子どもたちにもかくれんぼは浸透しているようだ。エリーちゃんが鬼をしたいと言うので、私はエリーちゃんが数を数えている間に隠れ場所を探す。


「ようやく見つけましたよ、聖女様」

「!」


 後ろから聞こえた耳慣れない声に振り向けば、如何にも怪しげなフードを目深に被った男が口元を歪めて笑っていた。嫌な気配だ。警戒し距離を取る。


「なんですか、あなた」


 あなたとかくれんぼをした覚えはないんですけど。


 男は何も答えず、不気味な笑みを浮かべたまま。


 男の指が僅かに動いた刹那、私を狙って魔法が飛んでくる。それをほぼ反射的に防ぎながら、考えを巡らす。


 聖女(わたし)を狙うもの。

 それは多分、魔王に害意のあるもの。


 聖女(わたし)は対魔王に関して最も有効な武器になる。魔王に代わりこの国を支配しようと目論む魔族か、魔族そのものを憎む人間か、わからないけれど、そういった人達が私を狙ってくる可能性はあった。とはいえ私は一度失敗しているし、王国との不可侵条約の影響もあってそんな人達は消え去ったと思っていたんだけど。


 どちらにしろ、私とヴェルドさんの敵であることに間違いはない。


「答えないなら捕まえて吐かす」

「ああ、嘆かわしい。聖女様ともあろうお方がそんな言葉遣いを」

「残念でした、私は元々聖女でもなんでもないただの庶民ですからね!!」


 こちらからも拘束の魔法を飛ばすけれど、無効化されているのか、次々と掻き消される。


「私が聖女って知ってるなら、こんな戦いが不毛ってこともわかりますよね」

「確かに私は貴女を倒せませんが、貴女も私を倒せないでしょう」

「!」

「貴女の魔法は人間を相手取るようにはできていないんですよ」


 攻撃魔法が使えないの、バレてる?

 さっきの無効化もそうだし、私の魔法が研究……されているような。


「それに、貴女には通用しなくても、()()にはどうでしょうか」


 男は魔法を構える手をあさっての方向に向けて。


 その先には、かくれんぼ中の私を探しにきた、小さな鬼さん。


「エリーちゃん!!!!!!」


 考えるよりも先に身体が動いた。全力で防御魔法を展開し、魔法とエリーちゃんの間に滑り込む。魔法と魔法がぶつかりあった衝撃で土埃が舞った。


「セイラさま」

「っエリーちゃん! よかった……うわっ」


 私を呼ぶ声に安堵したのも束の間、腰の辺りに何かが巻きついて、思いきり引っ張られた。私を拘束するや否や、男と私の足元には転移の魔方陣が展開される。


「いくら貴女でも、隙を作ってしまえば拘束は容易い」

「っあなた、最初からこれが目的で……!」


 転移魔法の発動まではタイムラグがある。それまでにこの拘束を解除して抜け出さなきゃ。


「いいんですか? 彼女が危ないですよ」


 男に冷たい視線を向けられ、エリーちゃんが肩をびくつかせた。指先からエリーちゃんに向けて、魔法が飛んでいく。それを防ごうと私は再度防御魔法を展開する。エリーちゃんの前方に魔方陣が浮かび上がり、男の魔法は弾き飛ばされて。


 ……でも、守りながらじゃ、この拘束を解除できないから。


 深く呼吸をする。薬指にはまっている指輪をぎゅっと握りしめて、これを私にくれた人のことを思い出す。


 覚悟を決めろ。


「逃げて、エリーちゃん」


 転移魔法の発動までの残り時間。絶対に守りきってみせる。


「セイラさま……?」

「大丈夫、私が守るからね。針の一本だって通させない。大丈夫だよ。ヴェルドさんにも伝えて。すぐ帰るって」


 ごめんね、怖い思いをさせてしまって。せめて安心させてあげたくて、精一杯の笑顔を作った。うまくできていたかはわからないけど。


 多分、罰が当たったんだろうな。こんなにも幸せで恵まれているくせに、我儘を言ったから。ヴェルドさんはきっと、こういう事態を危惧して私を目の届かないところに置きたがらなかったんだ。そんなこと、今更気づいたって遅いんだけど。


 走っていくエリーちゃんの背中を最後に、視界は暗転した。


 脳裏に浮かんだ、穏やかな表情を浮かべる愛しい人のことが、ただただ気がかりだった。



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