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聖女と魔王の昼下がり

 コンコン、といつものように執務室の扉を叩いた。返事がない。この時間はいるはずなのに、おかしいな。


「失礼します……ヴェルドさん?」


 静かに扉を開けて、そろっと中に入る。見えたのは、椅子の背もたれに体重を預けて眠る彼の姿。起こさないように、足音を立てないようそっと歩み寄る。


 まじまじと近くで観察してみる。睫毛が長いし、お肌が綺麗だ。羨ましい。


 つん、と頬をつついてみた。反応はない。


「……可愛い」


 こんなに無防備な姿は、なかなか見られない。楽しくなってきて、私はヴェルドさんで遊ぶ。いつも彼は私で遊ぶから仕返しだ。


 まずは前髪を可愛いピンクのリボンで結んでみた。絶望的に似合わない。笑うのを堪えるのが大変だ。それから意外と柔らかいほっぺたをつまんで、伸ばして、戻す。やばいこれ楽しい。


 そんなことをしていたら、ヴェルドさんが眉間に皺を寄せて、身動いだ。起こしたかとヒヤヒヤしたけど大丈夫だった。


「……」


 つん、と人差し指で唇に触れる。キス、してもいいかな。


 ……いや、流石にそれは。でも、寝てるし。起きなさそうだし。ちょっとくらいいいかな。


 そろりそろりと顔を近づけていくのと同じに心拍数も上がっていく。私の心臓の音で起こしてしまいはしないだろうか。


 あと少し。あと少しで唇が――


「……やっぱ無理!」

「何が無理なんだ?」


 先に私の心臓に限界が来て、ばっと離れようとしたけれど何かがそれを阻んで、声が聞こえた。はっと視線を戻せば、さっきまで伏せられていた真紅の双眸ははっきりと見開かれて私を捉えている。


「えっちょっ待っ……うひゃっ」


 逃げようとしたけれどあっという間に捕まって、私はヴェルドさんの膝の上に乗せられてしまった。


「いっいつから起きてたんですか!」

「お前がキスするか迷ってるあたり」

「いやああああ」


 恥ずかしくて死ねる。やっぱり余計なことは考えるもんじゃない。ヴェルドさんはそこで前髪のリボンに気づいたらしく、なんだこれ、って一瞬でとられ、机の上にぽいっと放り投げられた。私の自信作が!


「で、しないのか?」


 あっという間に形勢は逆転してしまった。心底愉快そうにそう尋ねるヴェルドさんは意地悪だ。鼻歌でも歌い出しそうなくらい上機嫌。右手で私の髪をくるくるいじってる。ちなみに左手はしっかり私の腰を支えていて逃げられない。なんでこんなに力強いのこの人。


「しっしません」

「そうか。じゃあずっとこのままな」

「なんで!?」

「いいだろたまには。してくれたら俺すげえ喜ぶぞ」

「っ……!」


 なにそれ可愛い。そして降ろしてくれる気配はない。どうやら覚悟を決めなければならないらしい。


「……目瞑っててください」

「ん」


 瞼が再び伏せられたのを確認して、彼の肩に手を置いた。それだけで心臓が爆発しそう。顔が熱い。身長差の関係でいつも私が見上げるばかりだけれど、今はちょっとだけ私が見下ろす形になっている。それもなんだか緊張する。


 じわじわいくとさっきみたいに決心が鈍りそうだったから、ぎゅっと目を閉じて一気に行った。


 恥ずかしくて死にそうになってる中ヴェルドさんの瞼が上がって。ふっと綻ばせたその表情は、心から幸せそうで。


 ……ずるい。そんな顔されたら、怒れないじゃないか。


「あー……くそ、可愛いな」


 その言葉に私がさらに真っ赤になるのと同時に、今度は彼の方から唇が合わせられた。さっきの拙い私からのそれとは全然違う感覚に頭がふわふわする。頬を撫でる指も、逃がすまいと私を捕らえる腕も、全部、愛おしげで、優しくて。ああ、幸せだなあって、そう思った。


 長い口づけが終わってすぐ、私の首筋に顔を埋めたヴェルドさんにそのまま抱きしめられた。おかしい、余計に逃げられなくなってしまった。


「キスしたら降ろしてくれるんじゃなかったんですか」

「そんなこと一言も言ってねえよ」

「詐欺だ!」


 この人には私を恥ずかしがらせて楽しむ趣味でもあるのだろうか。そういうのよくないと思います。


「だ、誰か来たらどうするんですか」

「来ねえよ。今は休憩時間だ」

「ほんとですか?」

「来たらそいつの記憶を消してやる」


 この人なら本当にできそうだから怖い。


「こんなところ見られたら私お嫁に行けなくなっちゃう……」

「嫁になら俺が貰うからいいだろ。それとも他に予定でもあるのか」

「ないですけど……」

「あったら困る」


 そんなのがいたら消されそうだ。


 そっか。ヴェルドさん、私からキスしたら喜ぶんだなー。

 新しい発見が嬉しい。唇にするのはまだ恥ずかしいけど、頬にならできるかもと思って、やってみた。今度は私から、不意打ちで。


「っ……!」

「えっ」


 真っ赤だ。ヴェルドさんが。つられてつい私も赤くなる。


「……急になんだ、さっきまであんな恥ずかしがってたくせに」

「なんとなく、ですけど」


 照れ隠しなのか、髪の毛をくしゃっとかき混ぜられた。ヴェルドさん、いつも余裕そうに見えるけど実はそうでもないのかもしれない。私がちょっと不意打ちするだけで、こんな真っ赤になるなんて。そのことにちょっと嬉しくなった。可愛いな。この顔が見られるなら恥ずかしい思いをした甲斐があった。


「ふふ」

「……なんだよ」

「ヴェルドさん可愛い」

「俺を可愛いなんて言う怖いもの知らずはいくら世界広しといえどお前だけだよ」


 にやにやしながら彼の頬をつんつんしていたら気に触ったのか逆に頬をぎゅっと抓られた。痛い。調子乗ってすみません。


 けど、その指にはいつもより力が篭っていない。見れば、彼は時々瞼を重そうにして、瞬きを繰り返している。


「眠いですか?」

「……少し」


 少し、と言いながらかなり眠そう。昨日遅くまでお仕事してたからかな。起こしてしまったことに今更申し訳なくなった。


「起こしちゃってごめんなさい、寝てください」

「……嫌だ」

「ちゃんと時間になったら起こしてあげますから」

「もう少し、このままがいい」


 そう言いながらぎゅっと抱きしめる力を強めるヴェルドさん。どうしよう可愛い。子供みたいだ。


「起きるまでここにいます」

「……ん」


 安心したように少しだけ力を緩めて、素直に瞼を伏せる彼に、思わず頭を撫でたくなって触れてみたけれど、もう何も言われなかった。


「お休みなさい、ヴェルドさん」


 微睡みに落ちていく彼の唇に吸い寄せられるように自分のそれを重ねた。言いようのない幸せに包まれる私達を、午後の暖かな太陽だけが見ていた。





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