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魔王様の憂鬱

 自分が異端である、と気づいたのはいつ頃だったろうか。とりあえず、物心ついた頃には俺の周りに人はいなかった。


 曇りのない真紅の瞳、すなわち魔王の素質を持って生まれた俺は、同時に己でも制御しきれない程の魔力を有していた。将来魔王となる子だと期待はされても、歴代のどの魔王にもない強すぎる魔力は容赦なく他人を威圧し、暴走し、時には様々なものを傷つけ、そうして幼い俺に孤独を強いて、両親さえも奪った。


「お前が噂のガキか。確かに真っ赤だな。まあいい、俺が面倒見てやるよ」


 その言葉一つで、先代魔王が当時7歳の俺の育ての親になった。


 本当の親に、愛されていなかった訳では無いと思う。ただ、本能的な恐怖が勝ってしまっただけだ。息子がこんな異端児だったなんて寧ろ気の毒なくらいだし、魔力の制御や魔王としてのあり方を早いうちから教わることができたという点で、先代魔王に俺を預けたのは考えうる限りでは最善の判断だった。あれは多分、精一杯の親心だったのだ。


 ただ、今でこそそう思えるが、当時の俺は荒れに荒れた。


 先代のじじいの言うことなんかひとつも聞きゃしなかったし、度々城を抜け出しては連れ戻された。けど、そのうちそれもやめた。つまるところ、城から抜け出したって俺の居場所なんてどこにもないってことに気づいたのだ。あと、初めて出会う俺より上のやつっていうものにも興味があった。


 魔力量は当然俺の方が上だったが、当時の制御もままならない不安定な俺の魔法と、熟練のじじいの魔法では流石にじじいに軍配が上がって、訓練だと言って何度もボロボロにされた。今思ってもあれは酷かった。ガキ相手に大人気ねえじじいだった。


 10歳の俺が大人の心無い陰口にキレて魔力を暴走させたとき、俺をこてんぱんに伸したあと珍しく真剣な顔をしてじじいは言った。


「いいかヴェルド。魔力の揺らぎは精神の揺らぎだ。だから誰より魔力の強いお前は誰より強い精神を持たなければならない」

「なんだよそれ、ムカつくこと言われても黙って我慢しろってことかよ」

「本当に口ばっか達者になりおって。魔王ってのはそういうもんなんだよ。民に畏れられ人間に憎まれそれでも進まねばならん理不尽で孤独な茨の道だ。お前のその力はこの国とお前の大事なものを守るために使え。手当り次第周りを傷つけてるようじゃまだまだガキだな」

「んだよ、俺だって好きでこんな風に生まれたわけじゃねえよ。魔王もこの国もどうでもいい。大事なものなんてねえ」


 俺の親より歳上のじじいの癖して妙に若々しい顔に胡散臭い笑みを浮かべてじじいは言う。


「俺はな、お前がひとりでいるのが悲しいんだ」

「!」

「お前は生意気なクソガキだが俺にとってはまあまあそれなりに大事な弟子だ。もしお前が頑張って立派な魔王になって、皆に慕われるようになったら俺は嬉しい。そうしていつかお前に大事なものができたらもっと嬉しい」


 まあまあそれなりってなんだよ。そう思わなくもなかったが、何かが邪魔して俺はなにもいえなかった。


「お前の居場所はな、お前が作るしかないんだ。俺はお前が努力してるのを知ってる。八つ当たりなら俺にすればいい、いくらでも受け止めてやる。それは俺にしかできないことだろ?」

「……そういって逆に俺を返り討ちにするんだろ? 俺知ってるぞ」

「はははよくわかってるじゃねえか」

「ちっくしょこのくそじじい! そのうち絶対負かしてやるからな!」

「じじいじゃなくて師匠だろう!」

「師匠って呼ばれたかったらもっと師匠らしくしろよ!」


 高笑いしながら俺の攻撃をあっさり躱すじじいはやっぱり大人気なくて、悔しくてムカついて師匠だなんて呼べなかったが、それでも確かに、唯一心を許せる存在だった。


 ただやっぱり俺は天才というやつだったようで、12になる頃にはじじいを負かせるようになり、その頃にはもう雑音に心を乱されることも、魔力を暴走させることもなくなっていた。


「本当にお前可愛げないよなあ。あっという間に追い抜きやがって」

「うるせえ師匠面すんなら弟子の成長くらい喜べ」


 悔しがってるじじいをみてざまあみろと思ったが、やっぱり俺は異常なんだと改めて感じて一抹の寂しさも覚えた。




 じじいが死んで、俺が跡を継いで魔王となったのは18のときだった。


 流行病に罹って危篤だと聞いて、既に魔王の仕事を任され始めていたため急いで魔族領に戻りじじいを見舞った俺に彼は言った。


「決して揺らぐな。絶対的な王であれ。お前の背には何千何万の命がかかってんだ」


 そうしてあっさり逝ってしまった。殺しても死ななそうなじじいだったのに。憎まれっ子世にはばかるってのは嘘だな。


 俺は、ただ一人の心を許せる存在をなくしてしまった。


 そのことを悲しむ間もなく俺は次の魔王になった。息苦しい毎日の中とにかく必死になった。まだこの国にそれほど愛着を持てたわけじゃなかったけれど、あのクソ師匠が大切に守ってきたものを、俺が壊すわけにはいかなかった。


 そのおかげか、10年たった今は一応は魔王として認められるようになって、信頼出来る従者もいて、居場所と呼べるかもしれないものはできた。けど、正体のわからない息苦しさはなくならなかった。


 そんなときだ。聖女ご一行がやって来たのは。


 やたらお綺麗な顔をした男と、剣を携えた男はまあそれなりに戦えそうだ。俺もあんな顔だったらもう少し他人を威圧せずに生きてこられたかもしれないな。

 ただ問題は聖女だという少女だ。細くてちまっこくてとても戦闘に向いているとは思えない。強い光の魔力を感じること以外はごく普通の少女だ。こんなのを連れてくるなんて何考えてんだ王国ってのは。

 けどまあ、いままで攻めてきた人間みたいに、少し威嚇すればビビって帰るだろう。


 そう考えていつも通り全力で魔力を飛ばす。


 ただ一人だけ、動いた奴がいた。それが一番弱そうに見えた少女だなんて、誰が想像できただろう。


 マジかよ、と思った。正直めちゃくちゃ焦った。


 彼女を傷つけたくはなかった。後々厄介なことになる。なんとか穏便に帰ってもらえるよう俺は苦心した。が、この少女、なかなかしぶとい。


 体さばきは拙いが、魔力の使い方はほぼ完璧に近かった。あくまで俺が手加減して攻撃をしていて、俺(というか魔族全員)の属性が聖女の光とは相性の悪い闇の魔力であることを考えてもなかなかに強い。的確に防御をしつつこちらへも魔法を飛ばしてくる。これは骨が折れそうだ。


 ただ、気づいたことがある。この少女、攻撃の魔法を一切使ってこないのだ。こちらを拘束しようとするもの、魔法を跳ね返してくるもの、相殺するもの、そういうのばかりで直接攻撃してこない。


 まさか手加減してるのか? この俺を相手に。


 自分も思い切り手加減してることは棚に上げてムカついた俺は、少し本気になる。繰り出す魔法の数を増やしても完全に防御しているが、先程までの余裕はなく、明らかに疲弊してきている。


 ……防戦一方じゃジリ貧だぜ。魔力比べじゃこっちは負けねえんだ。


 思わず口の端を釣り上げ、目を細める。……こういう顔するから怖いって言われるんだよな。無意識に出るから困る。この間はあなたはもっと優しげに笑う練習をしてくださいって側近のレドリーに言われた。そんな事言われても元の顔が既に怖いのにどうしろっていうんだ。試しに鏡の前で笑ってみたが傲岸不遜の魔王って感じだった。実際魔王だけどな。


 流石にこのままじゃ埒が明かないと気づいたのか、少女が口の中で詠唱を始めた。それを撃たせるわけにはいかないから攻撃の手はやめない。


 唱え終わった少女の右手に、白い光が集まる。思っていたよりも大掛かりなそれに、まだそんな魔力が残っていたのかと驚く。俺ほどじゃないにしてもこの少女も相当高い魔力を持っているらしい。


 意志の強そうな翠の瞳が俺を見据えた。倒すべき敵を前にした強い目だ。


「……これで終わりよ、魔王!」


 凛とした声が響いたと同時に、白い光が迸る。それを防ぐべく、俺は防御の魔法を展開する。


 いくら光魔法といえども、負けるとは思わなかった。俺はそれが攻撃魔法だと信じていたからだ。


 違う、と気づいたときにはもう遅かった。魔力を吸い取られるような感覚。これは、魔力を封印する魔法だ。魔法による防御では決して防げない超高等魔法。こいつそんなもの隠してやがったのか。


 白い光がやんだと同時に、一瞬身体の力が抜けて俺は倒れ込んだ。最悪だ。油断した。魔法が使えないだけで身体は動くし、クソ師匠に体術も鍛えられたから腰に提げた剣でもあれば死にはしないだろうと思う。が、人生最大のピンチなのに間違いはなかった。とりあえず死んだふりして様子を見る。


 少女とそのお仲間は魔王を倒したって喜んでいる。いや倒してねえよ。詰めが甘いだろ。確認くらいしろよ。マジかよ。


 思わずつっこみそうになったがそんなこと教えてやる義理もねえし、そのまま帰ってくれるならそれでいい。


 やたら綺麗な顔をした男が何やら魔方陣を展開している。帰還の魔方陣か。まあ帰路は危険だろうし賢いな。


 そうして見守っていると、衝撃的な出来事が起こった。聖女が置いていかれたのだ。


 いや、嘘だろ。まともに戦ってたの彼女だけじゃねえか。危ない役だけやらせて用済みかよ。酷すぎるだろ。しかも婚約者だったのかよ。なんだそれ。


「……っざけんなァアアアア!!!」


 そう叫ぶのも無理はない。


 全力で怒りを露わにする姿に同情を覚えて、俺は彼女に話しかけた。叫ばれた。倒したと思ったら倒してなかったんだもんな。そうなるよな。これからは最後まで気を抜くなよ。


 混乱している少女に提案をした。魔力が戻れば俺なら長距離だろうと転移魔法を一人でやれる。魔力が戻ったら故郷へ返してやるから、それまでここに住めばいい、と。


 さっきまで戦っていた相手にそんな提案をするなんて馬鹿げているのはわかっている。少女もそう思っているだろう。けど、俺はこの少女に興味があった。俺に怯みもせず、俺の魔力を無力化するほどの魔力や、俺を人とみて傷つけるのを躊躇うその精神も。


 観念したようにお願いします、と頭を下げる少女に、ふと笑みがこぼれた。


 こうしてうちの居候になった少女が俺にとってかけがえのない存在になることは、まだ知らない。






「……さん、ヴェルドさん!」


 誰よりも愛しいその声が、俺を現実に引き戻した。どうやら執務室でうたた寝をして、夢を見ていたらしい。長い、懐かしい夢だった。


「もう、今日は城下町でデートする約束だったじゃないですか。なんでお昼寝してるんですか」

「ああ……悪い」


 ぷくっとリスみたいに頬を膨らませて拗ねるセイラを可愛いと思った。思わず引き寄せて唇を奪った。驚いたように身動ぐのも気にせずその柔らかさを堪能する。


 暫くして離してやると、セイラの顔は真っ赤だった。リランの実みたいだ。面白え。


「ななななんですか急に!」

「いや、可愛いと思って」

「かわっ、は、いやそんなことで誤魔化されませんからね! 早く行きますよ!!」


 照れ隠しなのかセイラは俺の手を引っ張って足早に歩いていく。こうも可愛いとつい苛めたくなるな。普通に繋がれた手を一度離して、次は指を絡めてみる。セイラはまた面白いくらいに反応して、何かを言おうと魚みたいに口をぱくぱくさせているが、知らないふりを貫く。


「ヴェルドさんのばか……」

「馬鹿とはなんだ」

「さらっとこういうことするからドキドキしちゃって困ります」


 その発言、寧ろこっちが困る。


 別にさらっとやってるわけじゃない。今の発言で動揺するくらいには女の扱いなんて慣れてないし、内心では実は結構余裕が無い。格好つかねえしわざわざそんなこと言わねえけど。


 そうして歩いているうちに、城下町へと出た。正直、少し億劫だ。約束したから来たものの、魔力が戻った今じゃお忍びなんて無理だし、前みたいに過ごすのなんて絶対に無理だろう。


 思った通り、俺達は往来の注目を浴びることになった。けど、何かが違う。


 怯えるような目じゃなくて、もっと暖かな、そんな気がする。戸惑う俺に、遠慮がちに子供が近づいてくる。


「あの、魔王様、これ、どうぞ」


 渡されたのは、一輪の花。俺が受け取ったのを見てすぐに子供は照れくさそうに逃げていったが、怯えた様子はなかった。


 何も言えない俺に、セイラが優しい微笑みを向けた。


「ヴェルドさん、なぜだか私と一緒にいるときは魔力の圧が和らぐらしいんです。どうやら私の光の魔力のせいらしいんですけど。だからこれからも一緒に来ませんか? 皆さん本当はもっとヴェルドさんと近くでお話したいんですって」

「……」

「ヴェルドさんは畏怖だって言ってたけど、全然そんなことないですよ。皆魔王様をちゃんと尊敬してるんです」


 ……ああ、本当に。お前は。どこまで俺を幸せにすれば気が済むんだ。


 たまらなくなって、セイラを腕の中に閉じ込めた。黄色い歓声が上がるのが聞こえたがもうどうでもよかった。どうしようもないくらい、愛しい。


「えっヴェルドさん、えと、みんな見てますけど!?」

「いい」

「よくないです!」


 離してくださいー!とばたばた暴れるセイラを逃がすまいと力を入れる。



 ——なあ、師匠。俺、大事なもの見つけたよ。




 本当はもっとこうしていたいけれど、今日の約束は城下町デートだ。茹でダコみたいなセイラを解放して手を取る。


「さ、行くか」

「こんな状況で無理ですよー!」


 歩き出した町は、いつもより鮮やかに見えた。脳裏に浮かんだあの人の顔は、屈託なく微笑んでいて、よくやった、そう言っている気がした。




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