聖女、帰郷する。1
今日の空は気持ちよく晴れている。絶好の里帰り日和だ。軽くまとめた荷物と、王様に会うためちょっとちゃんとした服。心が躍る。
うきうきと執務室へ行けば、既に用意を終えたヴェルドさんが待っていた。
「おはようございます!」
「ああ、おはよう。ちゃんと寝たか?」
「寝ましたよ、なんですかその遠くに遊びに行く日の前日の子供みたいな」
「そんなようなもんだろ」
「つらい」
その後は忘れ物がないか確認をされた。扱いが完全に遠くへ遊びに行く子供である。せっかく恋人になったけど全然変わってない。なんてことだ。泣いてもいいかな?
けど私をからかって遊んでるときのヴェルドさんはなんだかすごく楽しそうだから、別にいいかなって思い始めている。
「じゃあ、そろそろ行くか」
「行ってらっしゃいませ、お気をつけて」
「え、レドリーさんは行かないんですか?」
護衛とかもなしで大丈夫なのか気になったので聞いてみたら、仮にヴェルドさんを傷つけられるような人間がいたとしたらいくら護衛がいても足りないからいるだけ無駄、って言われた。
「ヴェルドさんってそんなに強いんですか」
「ええ、魔王様お一人で国のひとつやふたつ滅ぼせるくらいには。その魔王様の魔力を一時的とはいえ封印した貴女もなかなか規格外ですけどね」
「そうなの!?」
じゃあうちの国、ヴェルドさんの気まぐれで吹っ飛んでたかもしれないってことか。ヴェルドさんが優しい人でよかった。ていうか私が規格外って何。知らなかった。だって王国じゃ全然そんなこと言われなかったし、寧ろダメ出しばっかされてたのに。
聖女ってお飾りみたいなものだと思ってたけど意外とすごいことしてたんだなー私。
そうして私とヴェルドさんは執務室を出て、城の屋上へと歩き出す。
「ヴェルドさんってそんなにすごい人だったんですね」
「別にすごかねえ。たまたま持って生まれただけだ」
「仮にうちの国滅ぼすとしたらどれくらいかかります?」
「デカいの一発撃ったら秒で終わるな」
「ひえっ」
さっきうちの国吹っ飛ぶって言ったけどほんとに吹っ飛ばせるんだ!
「けどな、過ぎた力なんて平和な世の中には必要ねえんだ」
そう言った彼の横顔は、なんだか悲しそうで。
ヴェルドさんの手によって開けられた古びた扉がギィィ、と音を立てた途端に、風がなだれ込んできて思わず目を瞑る。ああ、せっかくセットしてもらった髪が台無しだ。
「でも、ヴェルドさんのその力があったから私は今から帰れるんですよ。だから私はヴェルドさんが強くて良かったです」
「!」
その言葉に虚をつかれたような顔をしたヴェルドさんに、そのまま抱きしめられた。
「えっなんですか苦し、」
「……敵わねえなあ」
「え?」
「なんでもない」
ヴェルドさんは私を抱きしめたまま、口で何かを唱えた。その途端に、私たちの足元に魔方陣が刻まれる。それはあの日、私が入ることのできなかったものとよく似ていた。
長距離の転移には相当な魔力がいる。クソ王子の持っていた王家の至宝は魔力を溜めることができる特別な石で、王子は長年王家が蓄えてきた魔力を使って帰還の魔方陣を発動させたのだ。多分、あと数十年は使い物にならないはず。
それをこの人は、自分の魔力だけで涼しい顔でやってのける。本当に規格外なんだな。そんなことを考えているうちに、視界がふっと暗転した。
「……っと。着いたぞ」
恐る恐る目を開けると、懐かしい光景が広がっていた。
豊かな緑に囲まれた赤褐色の城壁から覗く白亜の城。王の住まう美しい城を中心に構成される城塞都市。
「っヴェルドさん、あれです! あれが私の住んでた王都!」
「ああ、知ってる」
「早く行きましょう!」
いても立ってもいられなくなった私は、ヴェルドさんの手を引っ張って走り出した。
……のは良かったけれど、城門に辿り着く頃には私の息は切れて、落ち着くまで城壁の外で待つことになってしまった。ちなみにヴェルドさんは呼吸ひとつ乱れていなかった。おかしい。
私の息が整ったところで、私たちは城門の方へと歩き出した。門を守る兵が、こちらを見て仰天するのが見えた。
「せっ、聖女様!?」
「魔王と相討ちで亡くなったと聞いていたが……生きていらっしゃったのか」
「隣の男は魔族か……?」
「なぜ聖女様が魔族と……」
ざわざわしてる。そうだよね、死んだ人が帰ってきたらそりゃ驚くよね。しかも魔族と一緒。
「門を開けて欲しい」
王様からの書状を見せてヴェルドさんが言う。けれど戸惑う兵達は動きを見せない。
「今すぐ門を開けなさい。その方を早くお通しするんだ」
「!」
有無を言わさぬ調子で言いながら出てきたのは、王太子殿下だった。
「……お待ちしておりました、魔王様。私はイズリア国王太子、ジェラルドと申します。私が王城までのご案内をさせていただきます」
あのクソ王子とよく似た美しい顔に柔らかな微笑みを湛えた王太子殿下は、美しい礼をした後に歩き出した。
殿下の歩く先には自然と道ができて、ヴェルドさんもそこを平然と歩いていく。平民メンタルの私は戦々恐々としながらついていく。や、やばい。緊張で手と足が一緒に出そう。
「セイラ」
「!」
「大丈夫だ。堂々としてろ」
小声で彼はそう言って、バレないように手を握ってくれて。ただそれだけなのに、不思議と視線は前を向いた。これもヴェルドさんの魔法かな。
そうしてたどり着いた王城の中の一室。
中には、国王陛下と……うげっ、クソ王子もいる。最悪だ。
陛下とヴェルドさんが軽く自己紹介をした後、向かいあわせで席につく。王太子殿下は陛下の向かって右、クソ王子は立ったままだった。
私はどうしたらいいのかわからずあたふたしていたら、ヴェルドさんがこっちを見て隣の席をぽんぽん、と叩いたから、私もそこへ座る。
こうして、二国の要人たち(と一人の平民)を交えた会談が始まった。
里帰り編です。うやむやにしてきた王国の名前を覚悟して決めました。
また、今まで投稿したぶんの改稿を行っています。
読み返さなくても続きは問題なく読めますが、気になる方はお読みください。




