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聖女、お菓子を作る。

 初めて一人で晩ご飯を食べた次の日、ヴェルドさんはお詫びだって言ってお菓子をくれた。嬉しかったけどこれ、妹にするような扱いな気がする。それも年の離れた小さい妹。恋する乙女としては非常に複雑だ。由々しき問題だ。まずは妹扱いを脱却することを当面の目標としようと思う。


 けれど前まで執務室にいることが多かった彼は最近外出が増えて、夜遅くまで帰ってこないことも多くなって、前より話す機会が減ってしまった。夕食に来られなくなるたびにいつも違うお菓子をくれるけれど、だんだんとその回数も増えていく。


 寂しい、なんて言えるわけがなかった。彼は魔王様で、この国を護るための大事なお仕事をしていて、私はといえばただの迷惑な居候。彼の家族でもなければ恋人でもないのだ。そんなことを言う資格なんてない。


 透明な瓶から砂糖菓子をひとつふたつ、ころん、と転がす。ヴェルドさんの容貌とは対極に位置するようなこの可愛らしい代物をわざわざ買ってきてくれるのは、偏に私のためだ。それで満足しておけばいいのに、面倒なことに恋ってものは人を欲張りにさせるらしい。


「セイラ様、今日中庭のリランの花が実をつけたらしいですよ」

「えっほんとですか、見たいです!」


 すっかり大人しくなった私を心配してか、クレアさんがそんな提案をしてくれので、一緒に見に行くことにした。


 もうあんまり長くは感じなくなった廊下を抜けて中庭に出れば、頭上から眩しい日が差して、思わず目を瞑る。恐る恐る目を開ければ、飛び込んできたのは赤。

 昨日まで真っ白だった中庭は、一面真っ赤に染まっていた。


()は赤いんだ」


 白い花がついていたところに、手のひらに収まるくらいの赤い実がぽつぽつついている。さっき水やりをしたところなのだろうか、瑞々しい緑の葉が水滴を弾いた。


「これ、どんな味がするんですか?」

「とても酸っぱくてそのまま食べるのは難しいので、大体は薬に調合するのですが、砂糖漬けにして食べることもあります」


 確かに酸っぱそうな見た目してる。酸っぱいって聞いたからそう見えるだけかな。


「食べてみますか?」

「えっ」

「厨房に行けば砂糖漬けを少しわけてもらえますよ」

「いいんですか? 大事なお薬なのに」

「少しくらいなら大丈夫ですよ。たくさんありますしね」


 すごーく今更だけど私、ただの居候なのに親切にされすぎじゃないだろうか。三食+おやつつきで一日中寝て食って遊んでるだけの居候。図々しすぎない?

 人間、甘やかされるとだらけるものなんだな。


 そう思いながらもリランの砂糖漬けの誘惑に負けてしまった私は気づけば厨房で赤い実を食していた。この食い意地が恨めしい。こんな風だからヴェルドさんにお菓子を与えれば機嫌が治ると思われるんだ。事実だけど。


 それから料理長さんにリランの砂糖漬けを使ったお菓子の作り方を教えてもらった。


「セイラ様、なかなか筋がいいですね」

「一応ケーキ屋の娘なんで」


 小さい頃は私がお店を継ぐ!って言って聞かなかったから母に多少の技術は仕込まれたし、そのへんの女の子にはそうそう負けない自信がある。何しても平凡な私が唯一誇れること。

 あ、でもヴェルドさんは私の魔法、褒めてくれたっけ。


「できた!」

「あとは焼くだけですね」


 生地を流し込んだ型をオーブンに入れて、あとは待つだけだ。なんとこのオーブン、魔法で動いているらしい。うちにあったのは普通の薪を燃やして使うやつだったから温度調節が大変だったんだけど、魔法で動くオーブンは温度調節も楽々だ。魔法って便利。使う人が魔力を持ってないと動かせないみたいだけど。一部しか魔力を持たない人間と違って魔族は殆どが魔力を持っているから、魔法を日常生活で使う技術が発達しているんだとか。


 だいぶこの国の生活にも慣れたけど、まだまだ知らないことはたくさんあるんだなあ。


 料理長さんがケーキが焼けたら呼びに来てくれるというので、それまでお部屋で本でも読みながら待機することにした。本当はケーキが焼けるときの甘ったるい香りに包まれていたかったけれど、ずっとあそこにいたら邪魔になるし仕方ない。


 辞書を片手にぺらぺらと本を捲りながら考える。あの魔法のオーブン、お父さんが見たら泣いて喜びそうだな。両親は魔力を持たないから動かせないけど、私がいれば使えるし。


 そうしていると、外で突然なにかの生き物の声のようなものが聞こえた。ばっさばっさと羽ばたきのような音もする。何事。


 窓から外を見ると、そのなにかの生き物が飛び去っていくところだった。うわ、すっごく大きい!

 ていうかあれ、廊下に置いてある彫刻の中にいた羽の生えた鳥と馬の合いの子みたいなやつじゃ。名前はなんていうんだろう。後で調べてみよう。


 そしたら今度は城の中がにわかに騒がしくなる。本当に何事だろう。野次馬根性で私も廊下に出る。


 喧騒の源までぱたぱた歩いていくと、見慣れた短めの黒髪に長身の彼の姿が目に入った。珍しくヴェルドさんの周りにはたくさんの人がいて、次々と話しかけられて困惑する様子が伺える。


 ――あれ、もしかして、この感じって。


 私の姿を認めた彼が、思わず足を止めた私の方へ歩いてくる。おかえりなさいって、言わなきゃ。そう思うのに、別のことに気を取られて口は動こうとしなかった。


 一瞬肌をぴり、と刺した感覚に、私は覚えがあった。そう、それは初めてこの魔王城に来た、最終決戦を目の前にしたあの日のような――


 微笑みを湛えた彼は、私の予感通りの言葉を告げた。


「喜べ、セイラ。やっと俺の魔力が戻った」




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