LV.0の実家帰省
「あんた、いつ頃家に帰ってくるの?」
ん?
特に約束はしていなかったつもりだけど、もしかして忘れているのだろうか?
ある日母親からかかってきた電話の言葉に私は首を捻った。
「何かあったけ?」
「何かあったじゃなくて、出産前には帰って来るんでしょ?」
……えっ。そうなの?
ちなみに私がこの時住んでいたアパートは私の実家から車で30分。旦那の実家からも車で30分といった、中間地点だった。
産婦人科は車で15分。それはどの場所からでも変わらない。なので、出産前は特に帰る予定はしていなかった。確かにお腹も大きくなり、動きにくいが、いたって健康。あれ? 何で帰るの? と言う感じだ。
「産んだらちょっとお世話になりたいけど、産む前に帰る必要ってあるの?」
「陣痛がきた時1人じゃ心配よ」
「……そういえば、陣痛が来た時って、自分で車を運転していけばいいのかな?」
「駄目に決まってるでしょ」
ですよね。
私がもしも陣痛が来てしまった時に、自分一人だったら運転すればいいかと軽く考えていたのは、親戚にマジで運転した人がいたからだ。もちろん良い母親の皆さんは真似しないで下さい。陣痛は初期は大丈夫ですが、一分おきとかになるとシャレにならないぐらい痛いです。さらに運転中に破水してしまったり子供が出てきてしまったら、子供も自分も周りの人も危険なので。そんなアマゾネスを目指さず、状況に応じタクシーや救急車を呼ぶ事をお薦めします。ちなみに、最近は陣痛の時に乗るタクシーというものがあるらしいので、産む前に調べておくと便利かもしれません(この情報を私が知ったのは産む一日前でした(苦笑))
というわけで、出産予定日の少し前から、私は自分の実家でお世話になることにした。この頃には会社は辞めると決めていたので、7月になれば辞めて暇だから行くねと伝え、それまでは自由気ままに、仕事をしていた。
今思うと私は結構なビビりなので、意外に直前まで忙しく働いていたのは良かったと思う。会社の仕事の引き継ぎに、出版の仕事。産後は小説を書くのも辛いかもなぁと考え、色々前倒しして仕事を終わらせておこうと書いていた。
案の定、近づくにつれ大丈夫だろうかと不安になり、仕事や家事から解放されてしまうと、余計に考える時間が増えて情緒不安定になっていった。友人の知り合いが、出産で命を落とした話を聞いては顔を青くし、産後に再び働くために失業給付金の延長はどうしたらいいのだろうと慌て、胎動の回数を毎日数えては赤ちゃんは大丈夫かと心配しと、ゆっくり出産と向き合うようになってからの方が逆に不安になってしまったのだ。
おかげで出産数日前は、短編小説を書きまくって現実逃避をしていた。昔からストレスが溜まると小説を書きまくるという癖があったので、もうすぐ赤ちゃんに会えるという嬉しさがある反面、心配事ばかりでストレスが溜まっていたのだと思う。
ただし、実家に早めに帰らせてもらえたおかげで、今までサボりがちだった散歩は毎日できるようになった。また出産の為のスクワットなどもちゃんとできるようになり、出産についての本も読みあさりまくり、出産準備の方は着実に進んで行った。
と、実家でしばらくのんびりしてから、ようやく出産となったわけだったが、出産予定日となっても陣痛は来なかった。初産なので周りの話を聞いても遅れるだろうなと覚悟はしていたし、どんな形になったにしろいつかは産まれるのだ。むしろ生まれてからが大変なのだからゆっくりできる時は、もっとどんと構えてのんびりしていられたら良かったと思う。しかしビビりまくっていた私は、もうすぐこの不安ともおさらばだと思っていたのに陣痛がない事で不安になってピリピリしていた。
出産前には『おしるし』と言われる、出血がある事がある。これがない場合もあるので、特になくても心配はないのだけれど、私の場合はあった。そのおしるしがあったのが出産予定日の3日前ぐらいだ。だから、ああきっと、出産予定日より前に陣痛とか来るかもと思っていた。
これもあって、きっともうすぐ生まれるのだと期待してしまった。しかし待てども暮らせども陣痛はいっこうに来なかった。もしも普通の腹痛と見分けがつかなくて、実はすでに陣痛が来てたらどうしようという馬鹿馬鹿しいこと事まで考え出すぐらい、私は今か今かと待っていた。そしてどうしても落ち着いていられなかった私は、職場に離職票を貰いに行き、ハローワークに失業給付金延長手続きの紙を貰いに行ったりと動き回っていた。少し落ち着けと言いたいが、下手にやる事がなくなると不安になって、ネットで出産について調べてしまうのだ。
勿論調べて悪い事ではないし、ネットでも遅れていても大丈夫等の情報が大半なので問題はない。しかし、予定日を超えると帝王切開になるかもという情報などもあふれていて、もしも帝王切開になったらどうなるの? と不安になり、さらに調べつづけ、色んな事が手につかなくなるのだ。
病院でも、赤ちゃんの位置が高いからまだまだだねと言われ、あまり遅れるなら陣痛促進剤を打とうかと言われていたので、それやったらどうなるんだろうと不安になっていた。
この頃になると、別室でノンストレステストというテストを受け、赤ちゃんの心音の確認をされたりもする。ここで問題があると大きな病院に回されて緊急手術になるという体験談も聞いていたので、大丈夫だろうかと毎回緊張していた。
案ずるより産むがやすしと言う言葉があるが、まさにその通りだ。
色々心配してみたが、結果何かが変わるわけではなく、実際産み終わってみると子供は元気だし、そんなに心配する必要はなかったなと思う。
なので、これから出産される方は、考えるなと言うのは難しいですが、赤ちゃんが生まれたらこれをしよう、あれをしようと、楽しい事を中心に考えていた方が楽だと思います。考えすぎても疲れてしまうだけで、何もいい事はないので。
そんなこんなで、赤ちゃんが産まれるのをまだかまだかと待っていたのだが、初期の陣痛は出産予定日2日後の朝に唐突に起きるのだった。