ゴルゴーリ・ゴリゴール
■小国リェイボゥ ロザリヌ村
ホリィとチェリがこちらの世界で再会を果たしてから一夜明けた翌日の朝である。
カミュたちが泊まっていた部屋にホリィ、チェリも含めて四人が集まっていた。
昨夜の話し合いで、チェリの境遇を知り、歌って踊る召喚巫女としての能力をまだ獲得していない彼女を覚醒させるべく――祠での手続きでそれは容易であると考えられていた――、チェリに対して祠への再訪問を促したカミュたちだったが、怖がりで臆病なチェリからの猛反発を喰らう。
彼女の意思に先んじて宿屋の主人の許可も得たのだが、チェリは一晩考えさせてくれとのたまった上、結局朝になっても自分の考えを変えることにはなっていなかった。
カミュやジフからの要請に対してかたくなに拒否する。
「やっぱり無理無理、無理だって! 怖いわ! 恐ろしいわ!」
呆れたように眺めながらも、カミュはホリィに、
「なんとか言ってやってくれ。友達なんだろ」
と丸投げする。
「そんなこと言われても……、友達っていうかメンバーで……。
ああでも友達といえば友達か……」
確かにホリィとチェリの付き合いは長い。数年にも及ぶ。
しかも出会ってからいろんな苦楽を共にし、苦楽の割合でいえば未だ『苦』のほうが多いが、その『苦』を『苦』と思わぬように楽しんで過ごしてきたいわば戦友でもある。
ライブの前には、緊張するチェリに声を掛けてほぐしたり、背中を叩いて気合を入れたり、またはその逆をしてもらったりやりあったり、といったような経験も沢山積んできた。(もちろんチェリとホリィだけでなく他のメンバーも同様だ)
が、チェリのお化け嫌いは昔っからのもので、お化けではないものの魔物というものもやはり理性を通り越して生理的に受け付けないというのもわからないでもない。
チェリにしてみれば魔物もお化けの親戚みたいなものなのだろう。ホリィだって似たような意識ではいる。
そんなわけで長年同じ時を過ごしたホリィにすら、チェリを説得するのは厄介に思えた。
「危険な道程にはならないと思うんだけどなあ」
それはジフだけでなく、カミュもそして宿屋の主人も加わって繰り返し説明したことでもある。
が、残念ながらチェリは納得しようとしない。
そこでホリィがなんとかしようと別方向からの説得を試みる。
「チェリ、聞いて。
あたしは、これからもカミュさんとジフさんに連れて行ってもらって他のみんなを探すつもり。
元の世界に帰るにしても全員一緒じゃないと意味ないでしょ?」
「みんなも……」
「そりゃあその確率のほうが高いでしょ。
現にあたしとチェリがこうして会えたんだし。
みんなに会いたくない?」
「そりゃあ……会いたいわ」
「他のみんなを探している間、チェリにはここで待っててもらうことだってできるとは思う。
だけど、あたしは一緒に行きたい。
みんなと会えた時にチェリも実は居るんだよ、ここで待っててくれてるんだよっていうより一緒に再会を喜びたい。リアルタイムにね。
そのためには、旅をしなくっちゃならない。
ちゃんとカミュさん達が護ってくれるし、歌の力を得たらあたし達だって少しは役に立つようになれるし」
「歌の力……」
「そうだよ。あたしたちは歌でみんなを笑顔に、元気にするために頑張ってきたんでしょ?
この世界とあっちの世界は全然違うくて、本当なら呑気に歌なんて歌ってる場合じゃないかもしれないけど。
でも、一緒だよ。勇気を出して旅をして、歌で人を助けるんだから。
ここで逃げてちゃ元の世界に戻っても……。
厳しい言い方かもしれないけど、他のみんなと差が付いちゃうよ。
そんな気持ちで歌う歌に人を勇気づけることなんてできないよ」
そこまで聞いたチェリはしばしの間考え込む。
そしてようやく重い口を開く。
「でも……、そんなこと言われても……」
「今までだって一生懸命に練習したり、ライブの前だって怖かったけど頑張ってきたじゃん」
「ほんっとに……、ほんっとに安全? 大丈夫なの?」
「まあ、100%安全とは言い難いが……」
そこで安全を担保してやれば落ちそうだったのに律儀にカミュは正直に答えた。
そこでまたチェリの顔が曇る。
あわててジフが取り繕う。
「そうだ。僕たちだけじゃ不安なんだったらチェリの専属の護衛を雇おう。
そうすれば危険度もぐっと減るし」
「誰のことを言ってるんだ?」
とカミュの問いに、
「心当たりがあるから聞いてるんでしょ?」
とジフは答える。
「気はすすまんし……、余計な出費になるが……」
「まあ、今回はしょうがないじゃない?」
と、なんとかカミュもチェリも丸め込んでその場は収まったのだった。
そして一向は出発する前に、村のギルドに寄る。
溜まった魔珠の換金のためと、ある男に接触するためである。
「良かった。居てくれるみたいだね」
とジフが声を落して囁いた。
辺鄙な田舎の村であるためにギルドは閑散としていて、職員以外の姿は見えない。約一名を除いては。
その一名の姿を遠目から見てホリィは若干引いていた。
椅子に腰かけたその男。
上半身はほぼ裸で、革ベルトのようなサスペンダーのようなものが2~3本巻きついているだけである。もちろん下は履いている。
その傍らには巨大なハンマーが立てかけられている。
服装や装備品もともかく、立てば2メートルは超えそうなその巨漢となにより髭もじゃで髪もぼさぼさのロングヘアーである。
この人物が荒くれものでなければなんであろうか? と思えてしまうくらい模範的な荒くれ者の様相を呈してした。
年齢は30代にも40代にも見えるが、荒くれ親父の年齢基準がわからないのでよくわからなかった。
チェリも同様にホリィほど仔細に観察はしなかったものの心の中で「うわぁ」という叫びをあげてしまっていたことからその心情は察せよう。
「じゃあ、僕は魔珠の換金と昨日の件の報告に行ってくるから。
カミュのほうで話つけておいてよ」
と、ジフはカミュに押し付けてギルドの受付へと消えて行った。
ふうぅっとため息を吐いたカミュはそれでも、まっすぐに巨漢の男のほうへと歩み出す。
ホリィとチェリはさすがに足が動かずに、遠目で眺めていることしかできなかったのだが。
「ゴリゴール・ゴルゴーリさん?」
カミュの呼びかけに、男は俯いていた顔を上げて頷いた。
「冒険者をやっているカミュ・ライドルというものです」
丁寧に話かけるカミュにもゴリゴールは視線で頷いただけだ。
まあ聞いてくれていはいるのだろうとカミュは先を続ける。
「村の近くの廃れた祠に行くことになりました。
戦力としては俺と魔法使いのジフってやつが居るんです」
とカミュはギルドの受付に居るジフに視線を投げる。
ゴリゴールもそちらを向くがすぐにカミュに目線を戻す。
「俺も剣の腕はそこそこでこの辺りであれば出くわす魔物にも後れをとることはないと考えているのですが……。
今回あまり旅なれていないメンバーを連れていくことになって」
と、カミュはホリィ達を振り返る。
ホリィ達は小さく頭を下げた。
「ゴリゴールさんに彼女たちの護衛が頼めないかと……」
そこでようやくゴリゴールは口を開いた。
表情を崩し、にっこり笑って、
「お安い御用ですよ、旦那。
あっしに任せてくだせえ。
それと、そのしゃちほこばった喋り方はやめてくだせえ。
あくまで雇主として堂々としてくだされれば。
それがあっしが雇われる条件でさあ」
「えっと、引き受けてくださるということで……」
釣られておかしな喋り方になりそうになるカミュだったが、
「仲間内に、同年代に、目下のものに喋るようにしてくだせえ。
どうもあっしは、敬語なんかを使われるのが苦手でしてねえ」
と、自分の喋り口調は棚に上げてゴリゴールは請うた。
ごほんと咳払いをしたカミュは、
「じゃあ、おそらく今日だけになると思うが、報酬のほどはどれくらいをお求めか?」
と若干軌道修正しつつも多少は歪さの残る問いを投げる。
「そうですなあ、2千と言いてえところですが、あの祠であればさして危険もありますめえ。
往復食事代もろもろ込みで1500でどうですか?」
その金額はカミュからしても妥当であるどころかかなり安価に思えた。
安いということは、この場合メリットだけとは限らない。安かろう弱かろうでは意味がないのだ。
しかし、そもそもにして元々は4人でいくつもりだったものでありいわばお飾りの護衛である。
ゴリゴールの力を疑うつもりはないが、期待しているわけでも積極的に頼りにするわけでもない。
「わかった。よろしく頼む」
と話が即座にまとまる。
そこへ、ジフが帰ってきた。
「どう? 話はまとまった?」
「そちらがお連れの……」
「ああ、ジフって言います。
で、あっちがホリィでもう一人がチェリ。
ゴリゴールさんには、おもにホリィとチェリの護衛を頼みます。
っと、こんな喋り方は嫌いだったよね」
「良くご存じで。おねげえします」
「いやあ、ゴリゴールさんの話は僕らの耳にも入ってるからね。
そんな人に護衛していただけるとは心強い」
「そんな、めっそうもねえ。
あっしなんてごまんといる冒険者の底辺ですから」
なにやら褒めるジフとそれを否定して下手に出るゴリゴールで話が食い違っているようだ。
ホリィはこっそりとカミュの袖を引き、
「あの人そんなにすごいひとなの?」
と聞く。
「ああ。
噂になっているのはほんとうだ。
不死身のゴリさんとか、安定のゴリさんとか呼ばれてててな。
あの人の入ったパーティでは死人はおろか、怪我人すらほとんど発生しないという折り紙つきの冒険者だ」
「すごい人なんだ」
と感心しかけるホリィであったが、
「まあ、この村に常駐している冒険者は彼だけだし、このご時世、この地域では強力な魔物や魔物の集団なんてでないからどこまで信じていいものかわからないのも事実だが……」
とカミュのぶっちゃけに、それはチェリに聞こえるように言わないでよと思わないでもないのであった。
(もちろんゴリさん本人には聞こえないようには配慮していたのであったが)