Section1 「明日」
『昨日は今日の記憶。明日は今日の夢。』 詩人 ハリール・ジブラーン
■2029年2月26日 11:40■
「はい、筆記用具を置いて後ろから回収をして下さい」
チャイムと同時に先生がクラス全員に促す。
クラス全員が一堂に会し、チャイムと同時に終わりを告げる行事。
こんな書き方をしたら、大体の行事が当てはまる事はさておき…。
『学年末考査』が終わりを告げ、各々が輪を作り集まっている。
春一も荷物をカバンに直して伸びをしていると、夏雫が駆け寄ってきた。
「テストの出来、どうだった? 私はイマイチだったよ―」
そういう事を言いながら、顔はニヤニヤしている。
「お前がそういう顔してる時、ろくなことないな…」
「それより、負けた時の事忘れてないでしょうね?」
ずいっ、と顔を寄せて来て一瞬ドキリ。
したのを表には出さず、話に慌てて答える。
「遊びに連れて行けってやつだろ!」
まるで言質を取ったかのように勝ち誇って春一に言い放つ。
「もう準備しておきなさいよ。春一に勝ち目何て万が一もないから!」
確かにそうだが、一応反論はしておく。
「でもな、もしかしたら……」
「冬佳はテストどうだった?」
「聞けよ!?」
春一には目もくれず、次は冬佳にテストの出来を聞いている。
そこに、別の意味でニヤニヤした秋希がやって来た。
「そうか…ついに春一もデレたか…」
「おいシュウ、少し顔貸せよ。向こうで…話し合おうぜ?」
「冗談じゃんか! これでも喜んでんだぞ?」
仲の良さそうに(実際良いが)している春一たちを横目に、
春一番が吹き抜けていく。
例年より少し早い…と朝のニュースで言っていた気がする。
春の訪れを肌で感じる、そんな季節が始まった。
■2029年3月5日 10:00■
「嘘だろ……」
春一たちは、先日受けた学年末テストの返却に学校を訪れていた。
今回も、いつも成績はそれほど悪くない春一だが、今回は飛び抜けていた。
飛び抜けて……数学が悪く、国語が異様なほど出来が良かった。
しかし、その更に上を行く人物がすぐ隣にいる。
「だから言ったでしょ? 準備しときなさいって」
夏雫は普段から成績がクラスで…という枠組みを通り越して、
学年で10番以内に食い込んでくる事もよくある。
その夏雫の返却された通知表に書かれた順位は――。
「今回は自信もあったけど、1番とは思わなかったな!」
そう、学年1位。
しかも、英語を除きオール満点というおまけつき。
「何で、今回はこんなに良かったんだ?」
「それは……」
春一の問いに夏雫が俯いて何かを呟いている。
夏雫を覗き込もうとすると急に顔を上げて、
「そんなことより、どこに連れて行ってくれんの!?」
逆ギレ気味に春一に食って掛かった。
「わかったよ。来週の週末の予定空けとけよ」
「うん、期待してるからね!」
笑顔を見せた夏雫に、春一は内心ドキドキが止まらなかった。
そんな春一を見透かしているのか、いつものメンバーは。
「ついに、夏雫もデレたわ」
「デレたな」
「デレたわね」
「「3人ともうるさい!!」」
「だから、反応まで合わせなくてもいいのに……」
「「………」」
琴夏のダメ押しに、それ以後2人は沈黙してしまった。
夏雫は用事があると先に帰った後、春一と3人は屋上に集まった。
■2029年3月5日 11:15■
「で、どんな予定を立ててるの?」
「うん……」
春一VS他3人の構図で、デートプランを練っていた。
正確には、『春一のプランをダメ出しする会』みたいだ。
「そこは春一にはハードルが高いかも……」
「だよねー春一には無理だって!」
「鏡で顔を見てきた方がいいな!」
「そうだよな…。シュウだけ、2回死ね」
秋希だけ強く当たられているのは気のせいとして、
来週に控えたデートプランは見事に迷走し続け、最終的に……。
■2029年3月17日 9:55■
春一は、目の前にある正方形型の機械のボタンを押し込んだ。
押し込んで戻すと、軽快な音が鳴り中から人が出てくる。
俗にいう「インターホン」と言うものである。
「ごめん! 待った?」
「今来たところ…ってか、インターホン鳴らしたのさっきだろ?」
「そうだっけ?」
そう言いながらも夏雫は終始ニヤニヤしている。
「で、今日はどこに連れてってくれるの?」
「今日はプラナスの方に行こうと思ってる」
「プラナス? そう言えば、改装してから行ってないね……」
以前デパートだった場所を大手グループが買収・改装を施し、
今年2月に同じ場所にリニューアルオープンした。
食料品から衣料品、日用雑貨に本、映画館もある大型複合施設だ。
「折角だから歩いて行こうか?」
「そうだね…行こ!」
夏雫が春一の手を引いて走り出した。
「ちょっと……待って!」
躓きそうになるのを堪え、何とかついていく。
楽しい1日が始まり、何事も無く終えるとこの時は思っていた。
いや、楽しみで一杯な2人にはその様な考えはなかったのかもしれない。
少し遠くで、近くを走る桜ラインの警笛の音が響いていた。
■2029年3月17日 10:20■
「この雑貨いいな!」
夏雫がそわそわとフロアを見て回っている。
その後ろ姿をみて、春一も同じように楽しくなってくる。
「あっ! あっちもいいなー」
そう言うと夏雫は駆けだして行ってしまった。
■2029年3月17日 13:00■
一頻買い物を終えると、予定していた映画館へ向かった。
春一と夏雫が小さかった時からやっている映画で、
懐かしいということで選んだのだが、夏雫も同じだった様だ。
映画が始まると、夏雫は食い入るようにスクリーンを見ている。
春一は夏雫を横目に心臓が拍動しているのがわかった。
昔一緒に見た映画を思い出しながら、春一もスクリーンに集中した。
■2029年3月17日 16:55■
映画を終えて食事をすると、17時を回る少し前だった。
「これからどうしよっか?」
「そうだな……公園でも行く?」
「うーん…そうだね!」
正面玄関を抜けて外に出ると、気持ちのいい風が横を吹き抜けた。
その風になびく夏雫の髪を見て、春一は少しドキリとした。
「(いつの間にか、夏雫もすっかり綺麗になったな……)」
肩まで続く綺麗な黒髪が光を反射して光を放っている…様な気がする。
2人は横断歩道を渡って、公園へと続く道を歩き始めた。
■2029年3月17日 17:15■
「この公園は変わらないね……」
夏雫が見ていたのは、小さい頃に遊んでいた遊具だ。
小さい頃はあんなに大きかった遊具が、今では小さく見える。
それだけ2人が成長したということなのか。
「昔はよくここで遊んで泥だらけになって帰ったなー」
「それでよく怒られたよね?」
「そうだったな…」
春一はふと思い出した様に、遊具の上にある高台に駆け上がった。
夏雫も後ろからゆっくりと上がってくる。
「春一、どうしたの……わぁ!」
夏雫もどうやら思い出したようだ。
「小さい頃もここでこうして夕陽見てたよな」
「うん、あの時も綺麗な夕焼けだったっけ?」
「そうだったな……」
周りには誰も居らず、公園は珍しく静かな空気に包まれている。
「夏雫……」
「どうしたん?」
「…………」
春一は3人に思い出の場所で告白をすると伝えていた。
無言の時間が数十秒続き、静寂が周りを占めていく。
色々な思い出が頭の中を駆け巡り、春一がついに口を開いた。
「また、この場所で夕陽を見ような!」
「……うん!」
「(告白は出来なかったけど、この時間が過ごせて良かったかな?)」
下に降りると、そろそろ帰ろうかということになった。
公園の出口の方へと歩いていくと、夏雫が急に駆けだした。
「早く行かないと信号が変わっちゃうよ!」
歩行者信号は青のまま、夏雫が横断歩道へと入った刹那。
右側から来ていた車がクラクションを鳴らして進入してきた。
春一は反射的に走り出した。
「夏雫!!」
時間は無情にも間に合わず、夏雫が車に撥ね飛ばされた。
慌てて駆け寄り、夏雫の肩を軽くゆする。
「夏雫!夏雫!!」
しかし、夏雫は動く気配がない。
撥ねた運転手は携帯で救急車を呼んだのか、遠くからサイレンが聞こえる。
そして騒ぎを聞きつけて周りに人も集まってくる。
春一はこのことが夢ではないかと思っていた。
しかし、刻一刻と体温を失っていく夏雫が夢ではない事を物語っている。
数分後に到着した救急車に夏雫は乗せられ、救急病院に搬送された。
陽が沈み、街は黒い闇が覆い尽くしていった。
GW最終日、皆様如何お過ごしになりましたでしょうか?
作者のSHIRANEです。
3か月ぶりの更新ですが、思い通りに書けた話かな?と思っています。
今まで書かせて頂いた作品が自衛隊や警察、消防と、
そういった職業モノ(正確には学園ものも)が多かったのですが、
今回は「恋愛×不思議」をコンセプト?に作品を展開していく予定です。
正直、どんな作品に仕上がるのか自分にもわかりません(笑)
けれど、最終的に「何だかんだ良かった」と思って頂けるような
作品に出来たらと思いますので、応援いただけると幸いです。
さて、次回の更新ですけど少しわかりません(笑)
書けたものから順次更新していく予定です。
皆さんからの感想もですけど、何かと評価して頂いてありがとうございます。
これからも楽しんで読んで頂けますよう頑張りますので、
重ねて宜しくお願いします!
それでは、皆様体調を崩されません様に……。
平成26年5月6日 SHIRANE