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とある兵士達の日常

エアリアスの話ですが、時系列は特に決めておりません。

クランになる前か、なっている間か、戻った後か。

お好きなように読んでください。

 最近、エアリアス隊長の様子がおかしい。


 ここ最近、小隊の間で噂になっている。


 空を見上げてため息をつく隊長。

花を見て微笑む隊長。

夕暮れにたそがれる隊長。


 …ありえない。


 エアリアス隊長といえば女だてらにいつもキリッとしていてどんな時も隙がなく、他人以上に自分に厳しいストイックさが代名詞のようなお方だ。

何かご病気になられたのだろうか…。

とても心配だ。


 俺たちは小隊の有志を組んで諜報部隊をつくり、エアリアス隊長のここ最近の情報を集めた。



 結果。


 エアリアス隊長は『恋の病』であった。

なんということだ。

あの、エアリアス隊長が!

こ、恋!!


 飲食店の個室を貸切にしてお互いの報告を示し合わせていた俺たちは、認めたくない事実に世界が崩壊するかのようにその場に崩れ落ちた。

何ということだ!!


 しかも相手は平民の男というではないか。

くそう、ただの珍しさから興味をもっただけなんじゃないのか。

なにぃ? 傭兵団の副団長をしている男だと!?

聞いたことがあるぞ、黒髪の狂犬だったか?

エアリアス隊長は荒々しい男がタイプだったというのか!!

誰だよ、軍記を丸覚えするような知的な男がエアリアス隊長の好みなんじゃないかと分析して熱弁していた奴は! 責任とれよ!! 

俺、必死に覚えている途中だったんだぞ!


 しかもきっかけが、出会いがしらにぶつかりそうになったエアリアス隊長を抱きとめたなどという羨ましい展開だそうではないか!

何とも羨ましい!

俺たちがエアリアス隊長と身体的接触をするときは、体術の訓練で足をかけられて投げ飛ばされるか、体術の訓練でわざとその重い拳を受け止めるときだけだというのに!!

俺なんてもうエアリアス隊長に殴られるのが病みつきになっていたというのに!!

 



 俺たちがいる個室は重い沈黙に包まれた。

誰かがこっそりとむせび泣いている。

俺も、唇を噛みしめた。

いつしか部屋のあちこちからすすり泣きが聞こえていた。


「みんな、俺たちはエアリアス隊長をお慕いしているんだ」

 

 誰かがいきなり立ち上がり、涙の混じった明るい声を上げた。


 俺たちは鼻をすすりながらそいつを見上げた。

そいつは目を真っ赤にして鼻をぐずぐず言わせながら、無理やり笑顔を浮かべようとしてひどい顔になっていた。

だが、誰もそいつをからかうことなく黙って見つめた。


「なぁ、俺たちでエアリアス隊長の恋を応援しようぜ!」


 そいつは拳を振り上げた。

俺が目を見開いて見上げる中、ぽつぽつと他のやつらが拳を突き上げ始めた。

俺の胸に熱いものがこみ上げ、俺も拳を突き上げる。


「エアリアス隊長万歳!」

「エアリアス隊長に幸あれ!」

「エアリアス隊長、好きでしたぁ!!」

「俺も!」

「あなたの拳が生きがいです!」

「うわぁぁああああああん!!」



 そしてその日、「エアリアス隊長の恋を見守り隊」が結成されたのである。

俺たちの歴史に残る一日であった。




 「エアリアス隊長の恋を見守り隊」を結成して2日目のことだった。

俺たちは厳しい訓練も終わり、いつものように汗を拭きながらエアリアス隊長の様子をうかがっていた。

隊長はいつもこの後、訓練の反省をいかして一人で更に訓練を行うのだ。

俺たちはそれを影から見守るのが日課だった。


 だがその日は違った。


「誰か、相手をしてもらえないだろうか?」

「はいはいはいはい!」

エアリアス隊長の声を聞いたとたん、頭が理解するよりも先に手を挙げてエアリアス隊長のもとに駆け付けた。

後ろから「くそっ、出遅れた!」「うおぉぉお、俺はこの日のことを悔やむだろう!」などとつぶやく声が聞こえたが、俺の全神経はエアリアス隊長にそそがれていた。


「いかがなさいましたか?」

「あぁ、うん。私事な訓練なのだがな…」

俺が聞くと、エアリアス隊長はほんの少し目元を赤くして言葉につまった。


 もしや俺に何か気があるのでは、とぬか喜びするほど俺は馬鹿じゃない。

エアリアス隊長をいつも見ていたからこそ、それはあのクラインという男のことを思って恥ずかしがっているのだと分かった。

それでも、いつも凛々しいエアリアス隊長のはにかむ姿をこんな間近で見れたことに感謝するとともに鼓動が早くなるのを感じた。


 しかも私事な訓練って、……デートに誘う練習とか、デートの練習とか!?

俺は高鳴る期待に、まだ言いにくそうにしているエアリアス隊長を見つめた。

あぁ、はにかんでいるお姿もいいっ!


 エアリアス隊長はそっと言った。

「その…、私がお前を捕獲しようとするから、お前は全力で逃げてほしいんだ」


「…は?」


 俺は目の前の光景がわからずに首を傾げた。

はにかむエアリアス隊長の手には、ぶっといロープが握られていた。



 あぁ、いつもエアリアス隊長を見ていた俺は知っている。

いつもキリッとしているエアリアス隊長が微笑むのは、あの男を思ってのことなのだ。

あぁ、でもエアリアス隊長、俺にはそのロープの意味がわかりません……。

俺は力ない声で、訓練の想定状況を質問した。


 エアリアス隊長は更に頬を赤く染めて言った。

「……全力で抵抗する成人男子をロープで縛り上げ、担いで馬車に乗せるまでを想定した訓練だ」

「………」


「それでは訓練、開始ぃぃぃいいい!!」

「ひぃやぁあああああああ!!」


 



「……なぁ」


 訓練場で悲鳴をあげながら一方的に縛り上げられている兵士を遠くから眺めながら、誰かがぽつりとつぶやいた。

「俺たちさ、『エアリアス隊長の恋を見守り隊』だよな…」

「あぁ」

「それが?」


 ロープで縛り上げられ、ちょっと嬉しそうな顔で担ぎ上げられている兵士から目をそらさずに皆が問い直す。


「エアリアス隊長の恋ってさ、……見守るだけじゃダメっぽくないか?」

「…お前もそう思うか」

「俺も実はそう思った」

「俺も…」

「俺も縛られたいと思った…」

「え」「え」「うん」「え」




 『エアリアス隊長の恋を見守り隊』は発足後3日で解散となり、『エアリアス隊長の恋を誘導しよう隊』がこの日発足されたのであった。


「で、誘導って何をすりゃいいんだ?」

「う~ん…」

「とりあえずさ、相手を縛っちゃだめって進言するか?」

「そうだな」

「俺は縛られたい」

「うん」

「え」「え」「あれ?」「…俺も…」「実は俺も…」


 

 王都は今日も平和である。


つまり、何の進歩もない話……。

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