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クランの状態で、アネスト卿のところから帰ってしばらくした話です。

わけあって没にした話です。

 


 今俺は、見知らぬ初老の男と共にテーブルについていた。


 頬に傷がある厳つい顔、白髪の混じった髪は少しの乱れもなく後ろへとカッチリ固めており、口の周りに蓄えた髭は厳つい顔に更に威圧感をくわえ、貴族のかっちりとした皺ひとつない服、一目でわかる鍛えられた見事な身体の全てが俺を威圧する。


 さらにその目つき! 俺から少しもそらされることのないその鋭い目は、まるで俺を捕獲して喰らい尽くそうとする獅子の眼だった。

 


 俺はさっきからずっとそそがれる恐ろしい眼に耐え切れず、うつむいてテーブルを眺める。

うぅ、目線をそらしても上から物凄い威圧感が俺に押し寄せる…。


「それ…」


 いきなり男から発せられた深い地の底から響いてくるよう声に、思わず俺の肩がビクッと震える。

声の大きさは普通なのだがその声はビリビリと鼓膜を震わせ、俺は恫喝されているような気持ちになりよけい縮こまってしまう。


「それ、食べないのかね?」


 男はそのごっつい指で俺の目の前にある、えらくキラキラしたケーキを指差した。



 俺と威圧感の半端ないこの男は、どっから見てもお貴族様しか利用しないような豪奢な建物の個室で、お茶とケーキをはさんで座っていた。





 その日、俺はいつもどおりに傭兵団の広場を掃除していた。

いきなり豪奢な馬車が来て広間が騒がしくなったと思っていたら、この男が広場に入ってきていきなり抱き上げられあっという間に馬車に連れ込まれた。



 つまり俺は目の前の男に誘拐されたのだ。

そして何故かこの豪奢な個室に連れ込まれ、訳のわからないままこれまた豪華なケーキセットを出され、じっと睨ま…いや、見つめられていた。


 正直なところこの男が誰なのか皆目見当がつかない。

そして何でこんな扱いを受けているのかもわからない。

ただ、この男を怒らせるのだけは避けねばいけないと思い、俺はどうにか顔を上げて必死に笑顔をつくった。


「え…えっと、こんなに綺麗なケーキ、食べるのがもったいなくて……」

俺は小首をかしげてかわいらしく見えるように言ってみた。


「…ふむ」

男は重々しくうなずいた。

やっべぇ、やっぱ泣きそう。

何だろう、これは何かの拷問なのか!?


「遠慮はいらん。お食べなさい」

「…は、はいっ!」


 俺は椅子に座ったままびしっと背筋を伸ばし、慌ててフォークを手に取りケーキを口に入れた。


 …だからなんでそんなに俺のこと凝視するんですか…。


 俺もクラインのときは目つきが悪いと散々言われていたが、これはもう人を殺せるレベルだと思う。

そんな目で見られ続けながら食べたケーキは、もちろんながら味なんてちっともわからなかった。



 なかば飲み込むようにケーキを食べ終わった俺を確認し、男はいきなり立ち上がった。

俺はまたびくっとしてしまう。

そんな俺に気付いているのかいないのか、男はカツカツと規則正しく歩いて俺のほうに近づいてくる。

俺はひやひやしながら男が何をする気か見守った。


 男は俺の頭に向かってぬぅっと腕を伸ばす。

俺の脳裏に、頭をつかまれて持ち上げられる幼女な自分の姿が浮かび、目を閉じて頭をすくめた。


 やがて頭を、大きな手がゆっくりと何度か往復するのがわかった。

何のことはない、頭を撫でられたのだ。

俺は勘違いにゆっくりと息をはいた。


 なんでこのおっさんは動作がいちいちおっかないんだよ!


「では行こうか」

どこに?

とは軽々しく聞けるお顔ではなく、俺はまた逞しい腕に軽々と抱き上げられ豪奢な建物を後にして馬車に乗せられた。


 あとで知ったことだが、あの豪奢な建物は王族や上流貴族御用達のお菓子屋さんなのだそうだ。

ただお茶と菓子を食うのにあんなに豪華な建物や個室はいらんだろ!と思わずつっこんだ。




 俺は豪奢な建物を出たあと、馬車の中でおっさんに背を預ける姿勢で膝の上に乗せられていた。

とはいってもこの物凄く怖いおっさんに本当に背を預けて体重をかけるわけにもいかず、俺は馬車の振動に負けないように背筋をピンと伸ばしておっさんにぶつからないように必死に座っていた。


…くっ、腹筋が、腹筋がないよう…。



 やがて馬車がとまり、また俺はおっさんに抱き上げられたまま馬車をおろされた。


「あれ? ここは…」


 それはしばらく前に俺がお世話になっていた屋敷、おやっさんの家だった。

おっさんは迷うことなくおやっさんの玄関をたたいた。

おっさんに抱かれたまま馬車を振り返ると、従者らしきおっちゃんが馬車につながれた馬にブラシをかけていた。

俺の視線に気がついたようで手を振った。


 おっちゃんは家の前で馬車と留守番か。

てか、強面のおっさんはかなり位の高い貴族としか思えないが、他に従者はいないのか?


 俺が疑問に思っているとドアが開き、奥さんが笑顔で出てきた。



「まぁ! お義父(とう)様とクランちゃん、ようこそお越しくださいました」


「ええぇええ!? おとうさま!? 」


 俺は初めておっさんの顔をまじまじと見た。

そういえばこの顔、クランの姿で王都に戻ったときに俺を威圧してきたおやっさんにどことなく似ている…。

でも目の前のおっさんの威圧感は、あの時のおやっさんなんて比べ物にならないぐらい凄かった。



 俺が何も言えずにおっさんを見つめていると、奥さんが微笑んだ。

「まぁ、お義父様。もしかしてクランちゃんに何も仰られていないのですか?」


 おっさんはまるで地響きのように低くうめいた。

「…ううむ、そう言えば、…言っていなかったな…」



 …おっさん、アンタ何にも言ってないよ…。





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