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「いやぁ、サッパリさせてもらいました!」


 俺はアネスト卿の手配により屋敷の風呂を使わせてもらい、全身をきっちりと洗い流して自分の服に着替えた。

ちなみに糞まみれの服はメイドちゃんが預かってくれようとしたが、俺のやったことなので自分ですると断った。

クランのときならまだしも、こんなお嬢ちゃんに後始末を任せるような俺ではない。




 そのままメイドちゃんの案内でアネスト卿の部屋へと移動する。

今更ながらなんだか緊張してきた。


さっき会ったのにな…。


 前回よりも視点が高くなって違う風景に見える廊下を歩きながら、何て声をかけようかつらつらと考えた。

街道を走っているときはとりあえず会いに行くのに夢中で考えていなかったし、さっきは臭ぇのでいっぱいでしかもメイドのお嬢ちゃんに叫ばれてバタバタしていたし…。

考えているといつの間にか到着したようで、メイドちゃんのノックする音で我に返った。



「入りなさい」


 ドアの向こうから聞こえてきた声に、心臓がうるさいくらい暴れだす。

メイドちゃんがそっとドアを開け、俺はゆっくりと部屋に足を踏み入れた。



 背後でドアを閉める音を聞きながら思い出す。

この部屋で俺は、アネスト卿が生きるのをやめてしまいそうで泣き叫んだんだっけ。

この部屋で俺は孫みたいに扱ってもらったんだよなぁ。


 なんだか急に気恥ずかしさがこみ上げてきて顔が熱くなる。

そんな俺の目の前で、アネスト卿が腕を開いて立っていた。


「お帰り、クライン」



 その言葉を聴いたとたん、俺はアネスト卿に抱きついていた。

本当は、大人の男をアピールするためにクールに握手しながら挨拶しようとか思ってたんだ。

だけど、今の俺はアネスト卿の肩に顔をうずめて抱きついていた。

そんな俺の背中を、アネスト卿は子供をあやすようにポンポンと軽くたたいていた。



 何だよ、これじゃクラインもクランも変わらないじゃねぇか…。

俺は鼻をすすりながら、でもアネスト卿にまわした両腕が背中まで届いていることで大人な男を主張しようとした。

うん、やっぱり無理だわ…。


 俺たちはそのまましばらく抱擁しあった。



 


 その後、アネスト卿の部屋に二人分の朝食が運ばれ、俺たちは朝飯を食べながら話をした。

ほとんど俺が元に戻るときの話や、戻ったあとに傭兵団の連中にうっかり女言葉を使ってしまってごまかすのに苦労した話などをした。

本来なら国家魔導所の話をしてはいけないのだろうが、俺が恐怖した変態どもの話を共感してほしくていろいろと話した。

アネスト卿も話を聞きながら「それは確かに闇だな…」とうなずいていた。



 う~ん、不寝の変なテンションで話してしまったので、爽やかな朝食にはふさわしくない話が多かったか…。

これは夜に飲みながら話すとき用にとっとけばよかったな…。

そんなことを思いながら、だんだん腹が満たされてきて眠たくなってきた。



 そんな俺の様子に気付いたようで、アネスト卿からも寝るように勧められた。

俺もそろそろ限界なようでありがたく客間を借りて寝させてもらうことにした。


「じじいと一緒にベッドで寝るか?」


 そんな言葉をかけられたが、さすがにこの姿で一緒に寝るのはいろいろと問題があるだろう。

アネスト卿もそれはわかっているようで、俺をからかうように口元が笑っていた。

俺も笑いながら断り、案内のために来たメイドちゃんの後についてアネスト卿の部屋をあとにした。


「なんじゃ、つまらんのう…」


 ドアを閉める音にまぎれて聞こえた気がした声は、気のせいのようなそうでないような微妙な小ささだった。

たとえ本当に聞こえたとしても「じゃあ一緒に寝ましょうか」とは言えない姿とお年頃なもんで、俺は頭をかきながらそのままメイドちゃんについていった。



 大人ってもんは何でも出来るようで、出来ないことも多い不便なもんなんだな、と俺は寝ぼけた頭で考えていた。

そのまま客間へ案内され、ベッドに潜りこむ。

目を閉じればすぐに意識は落ちていった。




「きぃやぁぁああああああああ!!」



 俺は女の子の悲鳴で飛び起きた。

まだ寝起きの頭ではここがどこか瞬時にはわからない。

だが俺の目の前に、恐怖におののくメイドちゃんの姿があった。

俺もベッドから飛び下り、声をかけて安心させようとメイドちゃんの前に立つ。


「いぃぃいやぁああああああ!!」


 メイドちゃんは風のような速さで部屋から出て行ってしまった。



「…あ…」


 客間に一人立ち尽くした俺は、自分が全裸なのに気が付いた。

寮ではいつも裸で寝ているので、たぶん眠っている間に脱いじまったんだろうな…。

ため息をつきながらアネスト卿に会うために鍛えた胸筋をポリポリとのん気に掻いていたが、明らかに客間に駆けつけようとしている複数の足音が聞こえ、俺は慌ててベッド脇に脱ぎ捨ててあった服をかき集めて身に着けた。




 その後、部屋に来た男の使用人に謝られた。

俺は結局夕暮れまで眠っていたようで、メイドちゃんは俺に夕食をとるか確認をしにきたのだそうだ。

ところがノックしても声をかけても返事をしないため客間に入り(使用人として許可なく客間に入ることが駄目らしい)、ベッドの上で全裸で股ぐら開いて寝ていた俺を発見してしまったと。

別に俺は自分の身体を恥ずかしいと思ってはいないし、むしろなかなか完成させた見せびらかしたいくらいの肉体だと思うので気にしていないと伝えた。



 せっかく目が覚めたのでアネスト卿と食堂で酒盛りをした。

前回は楽しめなかった麦酒、エール、葡萄酒や燻製肉、塩肉などを堪能し、俺はほくほくだった。

そして1日が終わった。




 それからの丸2日もあっという間に過ぎていった。

丘にある墓に花を添えたり、アネスト卿に体術を見てもらったり指導を受けたりした。


「変わった体さばきだが、効率重視のいいやり方だな」

とアネスト卿からお褒めの言葉をいただいたので、エアリアスに教わったことを伝えた。

王都から離れてずいぶんたつアネスト卿がエアリアスを知るはずないと思っていたが、予想に反して「あぁ、あの脳筋バカのご息女か…」とうなずいていた。



「ご存知で?」

「あぁ、エアリアス嬢本人にお会いしたことはないが、誕生時の騒動は知っているよ。あのバカ、周りの反対を押しのけて娘を男として育てるなんぞ阿呆なことを抜かして。あそこは奥方も烈婦で有名だからよけい騒ぎが大きくなってな。そうか、阿呆な親父にめげず、立派に大きくなられたようだな」



 エアリアス本人の知らないところでいろいろな人に心配されていたらしい。

俺はなんだか嬉しくなってポリポリと頭をかいた。



「何だ、お前のいいひとか?」

アネスト卿がにやにやとしながら俺の顔をのぞきこんでいた。

「は!? まっさか! アイツが一方的に追いかけてくるだけですよ!! しかも縄を持って俺を拉致しようと!」


「う~ん、親父の影響か、奥方の影響か…」

「アイツの暴走癖は両親譲りかよ!!」

そんないらない情報の収穫などもあった。




 そうそう、予想外の再会もあった。

3日目の朝食後に腹ごなしの走り込みをしていたら、庭の片隅で奴に会った。



「おぉ! まさかお前は…!」

それは、狼討伐のときに俺を背に乗せてくれた羊だった。


「あのときは世話になったなぁ!!」

俺ががっしりとそのもこもこな体躯を抱きしめると、羊は恥ずかしがるように身もだえをした。



『やめろよ、そんなことでいちいち礼なんざいらねえんだよ!』

そんなふうに照れているように鳴き声をあげる。


「ははっ、お前、無事だったんだな! 安心したぜ!」

「ぶぅめぇええええええ!! (てめぇ誰だよ、離しやがれ! くそっ、せっかく俺は自由になったってのに! くそぉおおおお!!)」

そんなふうに抱擁していると、突然叫び声が上がった。



「あぁっ! そいつは狼騒動のときに逃げ出した羊だっ! アンタ、そのまま捕まえといてくれ!!」


 がなり声に背後を振り返れば、麦藁帽子につなぎのおっさんが俺と羊を指差していた。

そしておっさんは縄を館から借り、羊を縛りあげると自分の牧場へ連れて帰った。


 羊は俺のほうをたびたび振り返りながら、別れの挨拶のように何度も鳴いた。

俺もその姿が見えなくなるまでいつまでも見送った。



「ぶぅめぇええええええ!! (ちっくしょぉおお、てめぇ、覚えてやがれよぉぉおおおお!!)」

「あぁ、俺、お前のこといつまでも忘れないからなぁ!」


 何だろう、最後の最後にかっちりと心がつなぎあった気がした。


 




 クラインが王都を出てから6日目の朝、傭兵団にクラインの姿があった。

上機嫌に土産のチーズや燻製肉を団員に配る姿に、人々は「女と楽しんできたようだ」と囁きあった。

団員のなかには、先日までここにいた「クラン」に会いに言ったのではないかという者もいたが、それなら団員に言うだろうということで、有志が尋ねにいった。



「ようクライン、土産をありがとな。ところでよ、鍛えた身体は好評だったかい?」

クラインは珍しく照れ笑いをしながら答えた。

「それがよ、見せるはずだったお人とは別の女の子に見られて大騒ぎになってさ。それで改めてどうですか?なんて聞けなくってよ。いやぁ、まいったよほんと」


 

 クラインは複数の女に会いに行き、しかも修羅場だったらしいと。

だが、その肉体で全ての女を満足させたと傭兵団で噂が流れた。



 唯一クラインの休暇の理由を知っている団長は、その噂を聞き腹を抱えて笑い転げたという。





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