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異世界への招待

 悪戯な手紙と電話があった日から二日、何事も無く芽衣は変わり映えのない生活を送っていた。今日も、くだらない客の苦情を聞き、一日を過ごす。心にぽっかり穴が開いたように、毎日がつまらない。芽衣は子供の頃から、ちょっとだけ性格が変わってるところがあった。親に、誕生日プレゼントしてくれた物を喜びはしたが、無表情でありがとうと言った時もある。友人が誰かを好きになったと、恋話に華を咲かせても『へぇ』と、つまらない顔で聞いていた。


 そんな性格をしているものだから、友人は次第に去って行き、親は大人になった途端、見合い話を頻繁に持ってくるようになった。人から冷めた性格をしていると思われてる芽衣に、せめて早く結婚だけでもさせたいと願っているのだろう。自分の性格上、就職だって出来ないし真面な仕事も出来ないと思った芽衣は、今の会社にアルバイトとして入った。仕事中は、誰とも顔を合わせないし苦情対応窓口だから、明るい声で話さなくても良かった。明るい声で話していては、向こうが余計に怒るだけだからだ。


 自分に合った仕事だと二年間続けられたが、毎日が同じことの繰り返しで、芽衣の中ではつまらないと感じている。こんな性格して、誰とも馴れ合いをしようとしないのだから当たり前だが、やっぱり飽きてしまう。そんな風に思っていても、何か変わりたいとも思わない芽衣だった。


「また、悪戯の手紙」


 二日ぶりの悪戯な手紙が入っていた。芽衣は慣れた手付きで、ゴミ箱にくしゃくしゃにした手紙を遠くから投げた。上手にゴミ箱に入ったとこをみて、小さくガッツポーズをして喜んだ。少しだけ気分が良い芽衣は、楽な格好に着替え冷蔵庫からビールを取り出して一口飲む。今日は何を食べようかキッチンで考えていると、後ろでガサガサ音がした。Gちゃんでも訪問したのだろうか?何だろうと振り向いた時、くしゃくしゃに捨てたはずの手紙が宙に浮き、光っている。


『あなたを招待します』そんな、何処から聞こえて来るのか分からない声が芽衣の耳に響き、目の前が眩しい程明るくなり目を瞑ってしまう。次に目をゆっくり開け、芽衣の目に映った光景は信じられなかった。辺りは一面真っ白な景色、雪が降っていた。先程までビール片手に、今夜の食事を考えていたはずなのに何故こんな場所にいるのか、芽衣には頭の中で整理がつかなかった。


 とりあえず悩んでいても仕方ないので、何処か雪を凌げる場所はないか探す。ついでに暖かい服があれば最高だが、こんな所に落ちているわけも無いので諦めた。芽衣の元々いた季節は夏、楽な格好をしていたので今の芽衣の姿は、タンクトップに短パンと女性として外に出歩くには恥ずかしい格好だ。片手にビールを持っていたので、ポイ捨てはいけないと思いつつこんな状況で飲めるわけも無く、邪魔だったのでその辺に捨てた。


 歩けど歩けど、辺り一面真っ白で何もない。そろそろ寒さに耐えられなくなって、白い雪の絨毯の上で転がった。手足は冷たさに痛覚が麻痺、顔は辛うじてジンジンと感覚があるが先に眠たさが襲ってくる。自分の命は此処までの生涯だと、何てつまらない人生だったんだと思い意識を失った。


 ――女一人、あんな所で何で倒れて――

 ガチャガチャ音がして、芽衣は意識を朦朧としながら取り戻す。


(あたたかい・・・私、生きてる?)

 メラメラ燃える炎の前に、木のベンチらしきものの上で寝かされていた。周りを見れば何もなく、一人の男がお湯を沸かしている最中だった。誰なんだろうと思うが、体が自由に動かないので目だけ動かし様子を窺う。後姿で気付かなかったが六十ぐらいの年寄りで、此方を向いて芽衣の方へやって来る。


「目が覚めたようだね」

「・・・」

「若いもんが雪の中、あんな裸に近い格好で死ぬつもりだったかい?」


 老人は芽衣を見つけ、此処まで運んできてくれたらしい。何も話さない芽衣にまだ、冷えて口が動かせないと思った老人は、ゆっくり芽衣の体を起こし温かいスープを渡す。沸かしたお湯を雪で調節して、芽衣の足をその中へ入れれば、足の先から全身に温かさが染み渡り、芽衣は寒さを感じなくなった。


「体が温かくなったろうわしはベンお嬢さんの名前は?」

「私は・・・」


 夢か現実か分からない状況。目の前にいるベンと名乗る老人は、顔が日本人ではないのに日本語を上手に話している。普通に考えたら此処が現実なのは有りえない話、しかし先程の痛い程感じた冷たさはどうも夢に思えないため、芽衣は何も言えずにいた。黙って何も言わない芽衣に、ベンは勘違いしたようで

 芽衣の事を記憶喪失と思ったらしい。好きなだけ此処にいても良いと言うベンの言葉に、芽衣は現実なら状況把握の為にもベンの元で世話になる事に決め頷いた。本当なら人との関わりを面倒と思ってしまうが、見知らぬ場所で不安もあった。心身共に暖かくなったら再び眠くなってしまい、ベンが用意してくれた寝床に移動して眠りについた。


 ――朝――

 芽衣は香ばしいとても、美味しそうな匂いで起きた。

(ここは何処だっけ?)


 まだ寝ぼけている状態で、覚えのない部屋に周りを目を擦りながら見渡す。一向に思い出せない芽衣は、これは夢なんだと、早く起きて仕事の行く準備しなくてはと夢と思っている状態で二度寝しようとした。しかし、眠れない二度寝が出来ずに目が段々覚めていく。それは、芽衣のお腹がぐーぐー遠くで鳴っている、雷のような音をしているからだ。

(お腹空いた。これは夢、何か出て来るかな)


 自分の夢を無理矢理念じて、食べ物を出そうと必死になっている芽衣。だが、念じるより先に香ばしい匂いを思い出して、ドアの向こう側へ足を運ぶ。扉を開けば、ベンが朝食の準備をして一人せっせと動いていた。徐々に、昨晩の出来事を思い出して夢ではなかったと、昨日と今の現状を把握した。足が悪いのか、良く見ればベンは右足を少し引きずっている。流石に、老人を一人朝食の準備させるわけにもいかないので、芽衣はベンの手伝いをする為近付いた。


「ん?お嬢さん起きたんだね」

「あの、何かお手伝いを・・・」

「何十年も独りでやってきたんだ、これぐらい平気さ」


 客人は黙って、年寄の作るご飯を食べてくれ。そうベンが芽衣を労わってくれるので、芽衣は何もする事が無く、黙ってベンの後姿を見守った。ほとんど出来上がっていたのか、直ぐに準備は終わって一緒に椅子に座る。香ばしい美味しそうな匂いは、焼き立てのパンの匂い自家製と言っていたバターを塗れば、ふわふわの白い所が熱で溶け、凄く美味しい。何もつけなくても美味しく、ぺろりと完食してしまうほど、ふわふわで甘みのあるパンだ。


 芽衣は毎日、朝食は食べないか食べても安い食パンを大量に買い込み、冷凍したやつを食べていた。しかも、冷凍した食パンは冷凍やけで更に不味くなっていてパサパサ、モサモサしているやつだ。食事で感動とまではいかないが、美味しく頂いたのはいつ振りだろうか。そういえば、母親は料理が下手で大人になるまでは、その味が当たり前と自分が味音痴と気付かなかった。


 一人暮らしをする時に、味音痴は改善されたが、不味い料理でも平気で食べれてしまうのは変わっていない。久々に美味しい朝食を食べ、食欲が刺激されたのか御代わりまでしてしまった。考えてみれば、昨日突然知らぬ場所に来てから、ベンに貰ったスープ以外口にしていない。寝ても覚めない夢は、現実と理解しようとしている芽衣。冷めた性格はしていても、柔軟性は身に着けている。


 記憶喪失と勘違いしたベンに、今いる場所を聞いた。それは芽衣が聞いた事も無い国の名前で、開拓地?と思ったが、日本語を話す国は有りえない。話を聞く限りとても信じられない内容ばかり、此処はメルフォンという国で代々、メルフォン家の王族が魔法で季節を操り治めているらしい。


 そして此処は、数年前から年中冬の季節。現メルフォン国王の兄が年と共に引退して、季節を担当する事になり引き継いだのがメルフォン国、三十一番目の末王子。三十一人も王子が居る事に驚き、現王様は頑張ったんだと冷めた考えを持った芽衣。だが、その末王子は春を来させようとしない為、メルフォン国は何年も寒い冬を過ごしていると聞いた。


 王族しか、魔法が使えないのか聞いてみれば、普通に魔法使いは存在するようだ。ただ、それぞれの担当があり、季節に関しては王族にしか操り治められない。それなら他に、三十人も王子がいるのだから、王族で兄の誰かが代わりにすれば良いのでは?


 芽衣は、話の中でそう答える。しかし、季節が操れるのは王族だけでも更に、王族の限られた者しか魔法は扱えない。三十一人もいて、引退した現国王の兄を除けば、末王子しか魔法は使えなかった。他の王子は、魔法レベルが皆無だ。芽衣にとって、魔法で季節が操れるなんて信じられないが、此処が明らかに自分の居た世界とは違うなら納得できる。


 なら、自分は何故この世界に来てしまったのだろうか?自分の居た世界で、悪戯と思った手紙が宙に浮き光ったと思えば、この世界。手紙には芽衣にお似合いの職業がある、招待すると書かれていた。もし、招待されたのなら何の為に招待されたのか、自分に似合う職業とは全く思い付かない。


 芽衣は、自分の居た世界に帰れるのか考える。この世界に招待されたのなら、招待した人間がいるはずだ。その人を探し、お願いすれば芽衣の居た世界に帰れるかもしれない。しかし、相手が直ぐ見つかるかどうか不明、生活の為働かなければいけないだろう。


 働かざる者食うべからずという言葉があり、ベンに世話になるとはいえ、働かないわけにもいかない。働ける場所は無いかベンに聞けば、直ぐ近くに活気は無くなったが市場があると聞いた。そこに行けば、何か一つ位は仕事が見つかるかもしれないと連れて行って欲しいとお願いする。


 名前が分からないのも不便なので、名前だけ都合のいい様に覚えていると伝えた。着替えは、ベンが早くに亡くした奥さんの形見の服を貸してもらい、市場に向かう支度をする。芽衣自身、こんなに積極的に行動するのは初めてで、退屈だった日常に楽しさを覚えたのかもしれない。

王子様まだ出てきません。

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