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VS. バレンタイン (3)

 教室棟の一階は、卒業を間近に控えた三年生のいるフロアである。土曜日の昼下がりを迎え、どこか牧歌的な雰囲気の漂う一、二年生のフロアと比較すると、大学受験を目前に控えた三年生たちが多くいるこのフロアには、明らかにピリピリしたムードが漂っていた。

 大半の生徒はすでに帰宅してしまったため、残っているのはまばらな人影のみ。そんな人影を無視するように、“りん”は廊下の真ん中をズンズンと進んだ。

 収集庫での一件の後、東子は、ショックで駆け出していった沙紀を追いかけていった。ショックを受けるのも無理もない……と和宏は思った。あれほど心を込めて作ったチョコが、封も開けられずに捨てられていたのだから。

 怒りの気持ちを辛うじて抑えながら、“りん”は、東条がいる三年D組の教室の前で、たまたま通りかかった男子生徒をつかまえて話しかけてみた。


「あの……、東条先輩っていますか?」


 男子生徒が、“りん”の顔と手にある可愛らしい包装が施されたチョコレートとを交互に見る。沙紀のチョコ……しかも先ほどまで収集庫に捨てられていたチョコなのだが、その男子生徒の表情には、またかよ……といった表情が含められていた。明らかに何かを勘違いしているとしか思えない。今日はバレンタインデー。女子に人気という東条に、こうしてチョコを渡しにきた女子生徒がさぞかし多かったのだろう。

 男子生徒は


「呼んできてあげるよ」


と言って、教室の中に引っ込んでいった。待つこと一分弱。代わりに“りん”の前に現れたのは、背の高さと整った彫りの深い顔立ちが特徴のイケメン男子生徒だった。


「お待たせ」


 和宏にとっての第一印象は、思わず眉をひそめたくなるものだった。センター試験を間近に控えているにもかかわらず余裕を気取り、一つ一つの動作もどことなくキザったらしい。自分のイケメンぶりをしっかりと意識しているところが、同じ男である和宏からすると余計に鼻についた。


「いやぁ、まさか()()りんちゃんから声かけてもらえるとは思わなかったよ」

「は? いや……なんで知って・・・?」


 “りん”と東条は初対面であったが、まるで以前から知っているように話しかけられ、“りん”は一瞬ポカンとした顔になった。


「野球少女の萱坂りんっていったら校内で有名だよ」

「や、野球少女……!?」


 おかしな通り名ながら、この学校における“りん”の存在をよく表している。野球部唯一の女性部員なのだから、確かに“野球少女”だ。


「おまけにチョコまでもらえるなんてね……」


 そう言って、東条はチラリと“りん”の手にあるチョコを見た。どうやら、この娘(りん)は自分にチョコを手渡しにきた……と勘違いしているらしい。といっても、確かにそう思うのも無理のないシチュエーションだ。

 “りん”が、あの……これ……とでも言いながら恥ずかしそうにチョコを差し出すのを待っているのであろう。そんな東条の思惑を無視し、“りん”は東条の鼻先に荒々しくチョコを突きつけた。


「このチョコに見覚えがありますか?」

「?」


 しかし、チョコを突きつけられた東条は、怪訝な顔で小首を傾げるだけ。とぼけているとかではなく、本気で覚えていない様子だった。


「収集庫で見つけたんですが……東条先輩のものじゃないんですか?」

「いやぁ……、覚えてないんだけど、多分捨てたヤツかなぁ」

「捨てた……?」


 もらったものを“捨てた”と悪びれる様子もなく言う東条に、今度は“りん”の方が小首を傾げた。そんな“りん”の反応に、東条の態度は少し得意げなものに変わった。


「こう見えても、バレンタインデーの時は結構もらう方なんだよね。でも全部食べるのはムリだからさ。誰かにあげてもよかったんだけど、男同士でそういうのもねぇ。男のプライドってヤツもあるし……、いろいろと難しいんだよ」

「それで、捨てたんですか?」

「もちろん、気にいった娘のチョコはちゃんと食べるよ。りんちゃんのチョコだったら絶対食べるし」


 東条は、さわやかな笑顔で臆面もなくそう言い切った。しかも、こう言えばりんが喜ぶはず……と確信しているように。確かに、そんな女もいるだろう。だが、和宏りんは違う。

 和宏の心中に広がっていったのは、軽薄という言葉がピッタリな東条に対する腹立たしさだった。


「わざわざ届けてくれて悪いんだけどさ、ソレ、もう捨てたヤツだから」

「……」

「あ、それとも、りんちゃんからのチョコが別にあるよ……みたいなサプライズ?」


 東条は、ウィンクをしながら自信満々に言い放った。そこで和宏の堪忍袋の緒が切れたのは必然だった。


「誰がやるかーっ!」


 振り上げた“りん”の右手が唸りをあげ、東条の左頬を平手で叩く。パチン! ……という盛大な音が廊下中に鳴り響き、近くを通りかかった三年生たちが、何ごとかと驚いた顔をしていた。


「アンタ、これを沙紀がどんだけ苦労して作ったのかわかってんのか?」

「あいつは料理とか死ぬほど下手糞だけど、これが上手く作れた時、どれだけ嬉しそうな顔してたかわかってんのか?」

「わかってなかったとしても……贈り物を捨てるなんてサイテーだ!」


 そう言い捨てて、憤まんやるかたない様子で立ち去る“りん”。その後姿を、東条は引っ叩かれた頬をさすりながら呆然と見つめていた。



 ――To Be Continued

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