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キャラ紹介 (3) ~のんちゃん堂の看板娘~

 “りん”は、その端正な顔に苦渋の色を滲ませながら考え込んでいた。

 某月某日の金曜日……場所は、知る人ぞ知る焼きそば専門店“のんちゃん堂”。ただのお食事処ではなく、実は和宏のクラス違いの親友“久保くぼのどか”の家だ。そののどかが目の前にいる。すがるような瞳で拝むように手を合わせながら、眉間にしわを寄せ返答に苦慮する“りん”の目の前に。


「なぁ、いいだろう?」

「そんなこと言われてもなぁ……」


 店の椅子に向かい合う形で腰掛けた二人は、先ほどから同じような問答やりとりを繰り返していた。学校で『折り入って話があるから』とのどかから打ち明けられ、野球部の練習が終わってから飛んできたところ、この有様である。和宏からすれば“こんな頼み”など断りたいところだったが、のどかの懇願するように潤んだ瞳を前に何も言えずにいる。和宏は、この瞳に弱かった。まるで全てを見透かしているような、大きくてクリクリとした瞳。この瞳を細めて笑いかけられると、和宏の胸はいつだって高鳴ってしまう。


「お願いだよ、和宏……」

(ぅわぁっ!)


 必死なのどかの顔が、ズィっと“りん”の目の前に迫る。クルクルと外はねしたミディアムヘアからシャンプーの香りがフワリと漂い、和宏の心拍数は跳ね上がった。

 のどかが“りん”のことを“和宏”と呼ぶのは理由がある。外見は“萱坂りん”でも、その精神なかは“瀬乃江和宏”ということを、のどかは真っ先に見抜いたから……そして、それを見抜くことができたのは“自分も同じ境遇”だったから……だ。

 “久保のどか”の中にいるのは、のどかの兄の“久保くぼ悠人ゆうと”。ただし、()()()()()久保悠人は、もうこの世にはいない。今、のどかの中にいるのは、()()()()()久保悠人だというのだ。

 今ここにいる和宏自身もまた、別の世界の瀬乃江和宏である。ひどくややこしい話ではあるが、『ある日突然、別世界の他人の身体に憑依していた』者同士だからこそ、身にしみて理解できる話でもあった。しかし、目の前ののどかを見ていると、時々それがわからなくなる。自らの意思とは無関係に胸の鼓動が早さを増し、ときめきに駆られることすらある。そう……まさに今のように、だ。


(イヤイヤ! 待て待て! 男だから! いくら外見が可愛らしくても……)


 そう思いながら、和宏は思わず生つばを飲み込んだ。

 まるで中学生のような童顔ながら、困り果てたように潤む、のどかの大きな瞳が“りん”の顔をクリアーに映し出す。その瞳に抗うことはもはや不可能だった。次の瞬間、和宏は降参の言葉を口にしていた。


「はぃ……、やります……」


 ◇◆◇


 この“のんちゃん堂”は、看板娘である“のどか”の名前に由来した屋号が示すとおり、のどかの父・久保くぼ大吾だいごがのどかと二人で切り盛りしている店である。基本的に厨房に立って焼きそばを調理するのは大吾で、それらをテーブルまで運ぶウェイトレス役がのどかの仕事だが、その制服コスチュームは極めて特徴的だ。いわゆる“メイド服”というヤツである。


「なかなか似合ってるじゃないか」


 なぜか、のどかが嬉しそうに頷きながら微笑んだ。

 翌日、開店前ののんちゃん堂では、メイド服バージョンの“りん”の事前お披露目が実施されていた。清楚な水色のワンピースに純白のフリルエプロン。ワンポイントでリボンの付いた白いニーソ。のどかが“りん”のためにチョイスしたという服だけに、確かによく似合っていた。


「こ、これは着けなくてもいいよな?」


 そう言って和宏は、大きなリボンのついた可愛らしいカチューシャをのどかの面前にかざした。


「それを着けないなんてとんでもない!」

(なんで怒られた!?)


 妙な剣幕で怒るのどかに納得がいかないながら、和宏はしぶしぶカチューシャを頭に差し込んだ。“りん”の黒髪によく映える上にトレードマークであるポニーテールとの親和性は抜群だった。


「ほほぉ! さすがりんちゃん! 可愛いねぇ!」


 客用の椅子に座った大吾が、大げさなほど大きな拍手をしながら褒め言葉を飛ばした。


「……」

「あれ? どうしたんだい、りんちゃん?」


 無言でジト目を向ける“りん”に、大吾は首を傾げた。


「元気そうじゃないですか……」


 不服を申し立てるように“りん”が口を尖らせる。だが、和宏がそう思うのも無理はなかった。何しろ、急遽のどかが厨房に入ることになったのも、そののどかの代理を“りん”が務めることになったのも、全ては大吾が急病で厨房に立てなくなったからなのだ。


「いや、違うんだよ! おじさんギックリ腰でさぁ……」


 右手で軽く腰の辺りをさすりながら、大吾は軽い感じでぶっちゃけた。和宏は、致し方ない事情と思いつつ大きなため息をついた。


「まぁまぁ。こう見えても本当に医者から長時間の立ち仕事は止められてるんだ。普段ならお客さんもそう多くないから休み休み仕事が出来るけど、今日は……ねぇ?」


 そう言いながらのどかは大吾の方を見た。大吾は面目なさそうに肩をすくめた。


「今日はどうしても外せないお得意さんがここで宴会するんだ」

「宴会……?」

「そうなんだ。お得意さんの要望で特別にね。いわば“稼ぎどころ”なんだよ。だから絶対に断るわけにはいかないんだ」


 のどかが、小さな手を握り締めて力説する。さすがは久保家の家計を預かる財務大臣。なんとも頼もしい限りの金銭感覚であった。


「そろそろ下準備を始める時間だな。じゃあ頼んだぞ、のどか……それとりんちゃんも」


 時間はもうすぐ夕方五時になろうとしている。間もなく開店時間だ。店の奥に引っ込もうとしている大吾に、のどかは静かに決意表明をするように答えた。


「うん、大丈夫だよ。今日はしっかり稼いで、ここ三ヶ月の赤字を解消しなくちゃいけないからね」

(うわぁ、切実なこと言ってんぞ……)


 大吾が引っ込むと同時に、のどかは下準備に取り掛かった。“のんちゃん堂”は焼きそば専門店だけあり、いつもなら焼きそばを作っていればそれで済むのだが、今日に限っては宴会用の料理つまみをいろいろと用意する必要がある。

 のどかは、鮮やかな手際で次々と宴会料理を仕込んでいった。普段から久保家の家事全般を受け持っているだけあり、料理などはお手のものだ。

 作業が進む最中、入口の引き戸がガラガラと開き、二人の若い男性客が入店してきた。


「い、いら……しゃぃ……ませ……」


 思わずたどたどしくなったあいさつに、のどかのダメ出しが飛ぶ。


「こら、あいさつは大声ではっきりしなきゃ!」

「で、でも、やっぱり恥ずかしいぞ、この格好……」

「ちゃんと似合ってるから大丈夫だよ! わたしなんかいつもその格好なんだから」

「そりゃ、のどかはいいけどさ……」

「ゴチャゴチャ言わない!」


 のどかは有無を言わせなかった。客商売なのだから、明るいあいさつは基本中の基本である。のどかが怒るのももっともだった。

 間もなく次の客が入ってきた。今度は年配の男性客だった。


「いらっしゃいませっ!」


 和宏は、今度はヤケクソのように大きな声であいさつをした。野球の試合では当たり前に大声を出さなくてはならない。恥ずかしさを吹っ切ってしまえば、和宏にとって小気味いいあいさつはむしろお手の物だろう。


「おお、元気がいいねぇ……新しい看板娘ひと入れたのかい?」


 常連らしき年配の男性客が“りん”を見て目を細めた。


「いえ、今日だけ特別に……」

「おや、今日の厨房はのんちゃんかい? お父さんはどうしたの?」

「実はぎっくり腰で……」


 のどかと常連さんの世間話に近い会話が続いていく。普段は口数の多くないのどかであるが、店では客に合わせて饒舌になるようだ。もちろん、営業用のスマイルも忘れていなかった。

 夕方六時を回り、十人くらいの常連さんたちによる宴会が始まった。のどかが作った料理をテーブルに運び、空いたグラスと皿を下げて、新たな注文を受ける。ビール、日本酒、チューハイ……さまざまな注文を覚えるだけでも一苦労だ。しかも、テーブルに注文の品を持って行くたび、リラックスし放題の常連客に声を掛けられる。のどかのように上手い切り返しが出来るはずもなく、笑ってごまかすのが精一杯だった。

 目が回るような忙しさが続く中、新たな客が入口の戸を開いた。


「いらっしゃいま……!」


 “りん”のあいさつが途中で不自然に止まる。その目は新たな客……見覚えのある二人に向いていた。


(沙紀、と……東子……!?)


 一瞬、時が止まったように三人の動きが固まった。お互いが『なぜここにいるのか……』と目をしばたたかせる。そうしていること約十秒……その妙な沈黙を打ち破ったのはのどかの声だった。


「どうしたんだい?」


 のどかのいる厨房からは、入口手前で立ち止まっている沙紀たちの姿は見えない。のんきなのどかの声に応えるように、沙紀と東子は満面の笑顔で小さく手を振りながら走り去っていった。和宏は、その一部始終を呆然と眺めることしか出来なかった。


「どうかしたの?」

「いや、沙紀と東子が……」

「……?」


 二人が黙って走り去ったことを聞いたのどかは、和宏と同様に首を傾げた。


「なんでだろうね?」

「さぁ? そもそも大体なにしに来たんだか……?」

「それは多分……のんちゃん堂(ウチ)の焼きそばを食べ来たんだと思うけど……」

「へっ……?」


 今度は、和宏が間の抜けた声を上げた。


「前にも一回来たことあるよ、東子たち。『急に食べたくなっちゃったっ♪』って……」


 食いしん坊の東子は、のんちゃん堂の焼きそばを随分と気に入っている。であれば、突然店に行こうと思っても不思議はないだろう。問題は“なぜさっさと帰ってしまったのか”だが、思わず考え込んだ二人に、例の常連たちが横ヤリを入れた。


「お~い! コッチにビール三本追加!」

「のんちゃん! 焼きそば作って!」


 “りん”とのどかは考え事をやめ、慌てて仕事に戻った。常連たちの宴会はまだまだ続く。右へ左へてんてこ舞いの中、和宏の頭からは次第に沙紀たちのことは離れていった。


 ◇◆◇


 宴会が始まって間もなく二時間。相変らず赤ら顔した酔客たちの笑い声は絶えなかったが、お代わりの注文も落ち着き、お開きの雰囲気が漂ってきた。空になった食器やグラスを下げるために動き回る“りん”が店の出入口の前を通りかかった時、突然元気良く店の入口の戸が開いた。


「ヤッホーっ♪」


 酔っ払いたちの声に負けないくらい、底抜けに明るいアニメ声。誰の声かなど確認するまでもなく……東子の声だった。


「と、東子……っ!」


 目をパチクリさせて驚く“りん”を尻目に、東子たちは遠慮なく入ってきた。東子、沙紀……そして、その他野球部の面々たち。東子と沙紀の後にゾロゾロと続く行列に和宏は言葉を失った。


「よぉ! 見に来てやったぜ」

「ホントに似合ってるなぁ」

「うわぁ……、さすがりんさん! どんな服も着こなしちゃいますね! 私には無理です」

「や、やぁ……」


 山崎、広瀬のE組コンビに栞と大村。“りん”の目の前を通り過ぎざまに掛けていった一声は、銀盆を抱えたまま、茫然自失の状態に陥っている和宏を次々に直撃した。


「な、な、な……何しに来たんだ、お前ら……っ!」

「やーねぇ、『何しに来た』はないでしょ?」


 慌てふためく“りん”を、沙紀がケタケタと笑い返す。みな“りん”の反応を楽しんでいるかのようだった。


「そうそう、気にしないでっ! アタシたち、みんなでりんを見に来ただけだからっ♪」

(ぅおおおおーいぃっ!)


 和宏とのどかは、ようやく気付いた。さっき東子たちがそそくさと帰っていったのは、みんなを呼んでくるためだったのだ……と。もちろん、今さらそれに気付いたところでどうにかなるものでもなかったが。


「それにしても……あれから一時間くらいしか経ってないのに、よくこんなに集まったね」


 のどかが半分感心したように、半分呆れたように言った。おそらく手当たり次第に電話をかけまくって呼びつけたのだろう。高校生が出歩くには少々遅い時間でもあるため、のどかの一言にも一理あった。


「まぁ、萱坂のこんな格好は滅多に拝めねぇからな。そりゃ来るだろ」


 うんうん……と、他のみんなも同意するように頷く。和宏は、このヒマ人どもがっ……と叫びたくなるのを辛うじて堪えた。


 ◇◆◇


「全くアイツら、一体なんだったんだ……?」


 着替えが終わり、着慣れないメイド服から普通の服に戻った“りん”は、憤まんやるかたない様子で、綺麗に水拭きされたテーブルを人差し指でトントンと叩いた。口をへの字に曲げた不機嫌そうな“りん”の顔に、のどかはクスクスと笑った。


「まぁいいじゃないか。最後は店の片付けも手伝ってくれて、すごく助かったんだし」

「そりゃそうだけどさ……」


 宴会も終わり、本日の営業を終了した店内は、あれだけ賑やかだったのが嘘のように静まり返っている。暖簾はしっかりと店内に仕舞い込まれ、存分に整理の行き届いたテーブルや椅子は開店前と同じような清潔感に満ちていた。

 店内に一つだけある大きな壁掛け時計が静かに時を刻む。最後に鉄板の手入れを済ませ、エプロン姿のまま厨房から出てきたたのどかが“りん”の横にチョコンと座った。


「和宏……今日はありがとう」

「……なんだよ、急に改まって?」


 すでにのどかの父・大吾からは一日分のバイト代をもらっている。改めて礼を言われるようなことでもないと思った和宏であったが、そんな気持ちとは裏腹に再び自分の心音が大きくなるのを感じた。“りん”は、照れ隠しのフリをしてのどかの顔から視線を逸らした。


「ん……、ちょっと、ね……」

「……?」

「すごく……楽しかったからさ」


 その大きな瞳で真っ直ぐに“りん”を見つめていたのどかが、目を伏せつつ小さく笑う。それが照れ隠しなのか、それとも別の理由によるものなのかは和宏には判断がつかなかった。

 手を伸ばせば届く位置に座るのどかを意識してしまう。壊れそうなほど人一倍小さな身体や膝の上に重ねて置かれた可愛らしい手に和宏の胸が揺さぶられる。和宏は、動揺を隠すのが精一杯だったが、辛うじて表情を装った。


「あっ……」

「ど、どうした?」

「お父さんが来たみたい……」


 急にのどかがが声を上げると、それを合図にしたようにエンジン音が聞こえ、店の前で車が止まった。


「やぁ、待たせたね」


 実に軽い感じで、大吾がジャラジャラと車のキーを弄びながら店内に顔を出した。のどかは、思わず頬を膨らませながら大吾に詰め寄った。


「遅いじゃないか」

「ごめんごめん。じゃあ、りんちゃんの家まで行こうか」


 大吾は、特に悪びれる様子もなくのどかを受け流した。すでに時間は夜の九時半を過ぎている。せっかく手伝いに来てくれた“りん”をこんな時間に歩いて帰らせるのは忍びないと、車で送っていくことを提案したのは大吾だった。


「すいません。でも、大丈夫なんですか? 腰……」

「ああ、車の運転くらいなら大丈夫さ。さぁ、乗った乗った!」


 店の外に止められた軽トラックは、のんちゃん堂の私用車で、その名を“のんちゃん号”という。ボックス型になっている後部の荷台を開けば、焼きそば用の鉄板が設置されているため、即席移動販売店の形態を取ることも可能だ。そして、特徴はそれだけにとどまらない。通常使用時から目立つように、まるで子どもが考えた『ぼくのかんがえたさいきょうのくるま』的なド派手な飾りつけと毒々しく光る電飾が施されている。しかも、それらは全てのどかが真面目にデザインしたものだというのだから、ある意味のどかの救いようのない美的センスを証明した車だといえた。

 この車を見るのも乗るのも初めてではない和宏であったが、改めて見るとやはり思わずドン引きしたくなる雰囲気を持つ車だ……と思わざるをえなかった。もちろん、それは口には出さなかったが。

 “りん”とのどかは、助手席側から車に乗り込んだ。大吾は、少しだけ腰を気にする素振りを見せながらも、元気よくシートに滑り込みエンジンをかけた。ギラギラした電飾が明滅を始め、車がゆっくりと動き始める。“りん”の家までは来るまでならものの十分もかからない。わずかな時間のドライブになるだろう。

 走り始めてすぐ、となりに座るのどかが珍しくあくびをかみ殺していることに和宏は気付いた。規則正しく早寝をしているのどかにとっては、もう眠くなる時間帯なんだろうな……と思っていると、不意にのどかと視線が合った。


「あ、そうだ!」

「……?」

「せっかくだから、久保家ウチの車のあいさつを教えてあげるよ」

「車のあいさつ……?」


 ハンドルを握りながら、そいつはいい……と大吾が笑った。意味が分からずキョトンとするしかなかった“りん”に、のどかはそっと耳打ちをした。その内容を聞いて“りん”は小さく笑った。のどかもまた楽しそうに笑っていた。

 和宏は、まだのどかの吐息の温かさの残る耳を軽く触った。顔が少しだけ上気しているのが自分でもわかった。耳にかかるのどかの吐息が、少しだけ心地良く感じられたからだ。

 窓の外を眺めると、見慣れた街並みにもかかわらず、どこか幻想的な夜の景色が流れていき、窓に映った自分りんの顔と視線がぶつかる。和宏が“萱坂りん”として生活するようになってから、すでに半年以上が経った。もう自分が“りん”であることに慣れてしまったとはいえ、ここにこうしているのが夢のようにも思えてくる。

 程なく車は“りん”の家の前に到着した。降り際、“りん”は


「じゃあな、のどか」


と、シートに座っているのどかに声をかけた。しかし、のどかは俯いたまま、返事がない上にピクリとも動かない。怪訝に思った和宏が、そぉっと顔を覗きこむと、のどかはすでに静かな寝息を立てていた。


「はは、ごめんなりんちゃん。我慢しきれなかったみたいだ」


 さすがに今日は疲れたのだろう……と、大吾は申し訳なさそうに苦笑いを浮かべながら娘をフォローした。和宏は、確かに厨房の中でのどかは目まぐるしく動いていたな……と思い、納得した。


「じゃあ、りんちゃん……また今度よろしく頼むよ」

「え!?」

「あはは、冗談さ。それじゃあね」


 大吾の笑えない冗談を尻目に“りん”がドアを閉めると、のんちゃん号は静かに動き出した。そして、なにもないところで赤いテールランプが“三回”だけ点滅した。


 ま・た・ね――。


 そのまま直進した車は、次の十字路を曲がると完全に見えなくなった。

 和宏は『久保家ウチの車のあいさつって言っても、ある歌の歌詞をマネただけだけどね……』と、舌を出して笑う耳打ち直後ののどかの顔を思い出した。それだけで鼓動が高鳴るのを感じながら、和宏は“のんちゃん号”を見送った。

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