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キャラ紹介 (2) ~野球部の野郎たち~

 練習後の着替えも終わり、元気よく野球部の部室のドアを開けた“りん”は、ドアに掲げられた特製掛け札を、表面の『着替中』から裏面の『今いません』にひっくり返した。もしこれをひっくり返し忘れたら、男子たちはいつまでも部室に入れぬまま立ち往生してしまうだろう。

 この“りん”の姿形を似せた掛け札は、“りん”が野球部に入ることになった時、栞や沙紀たちを始め、キャプテンの山崎やまさきすぐるや、“りん”の相方キャッチャーである大村おおむらじゅんらが、“りん”の着替えの場所を確保するために作ってくれたものだ。絶妙な存在感を示すそれは、今では野球部の部室を示すトレードマーク代わりになっていた。


「おう、待ちくたびれたぜ。萱坂」


 すでに学生服に着替え終わり、同じ野球部員の広瀬ひろせ光星こうせいと一緒に部室のそばで待っていた山崎が、可愛らしさのカケラもないスポーツバッグを肩に掛け、セーラー服姿に戻った“りん”に、さわやかな白い歯を見せて話しかけた。誰にでも分け隔てなく人懐っこい口調で話しかけるのは山崎の特徴の一つであり、試合の時の山崎は勝利を貪欲に追及する熱血漢に変わる。その姿勢は、キャプテンにふさわしい資質といえた。


「ごめんごめん。じゃあ……行くか?」


 そう言いながら“りん”は山崎と広瀬と並んで三人で歩き始めた。土曜日の午後……平日と違って部活が終わってもまだ日は高く、開放感に満ち溢れた青空が広がっている。すでに他の部員たちは大半が帰宅しており、“りん”たちが最後のはずだったが、一人だけポツリと校門の前で待ち受けている人影があった。


「あれ? どうしたんだ、大村」


 山崎が不思議そうに首を傾げた。校門の前に佇んでいたのは、少々小太りなシルエットが特徴的な大村であった。自他ともに認める大人しい性格。しかし、試合になれば、そのリードは緻密にて強気、かつ大胆。“りん”にとっては、かけがえのない女房役キャッチャーだ。


「どうしたんだって……おととい、新しいバットを買いにいくって話をしたら『付き合うよ』って言ったじゃないか」

「そうだっけ?」

「……忘れないでくれよ」


 大村は、ため息混じりに肩を落とした。山崎は、大事なことでもたまに忘れる。それでも大村が怒らないのは、大村がそれだけ温厚であり、山崎の憎めない性格のおかげでもあった。


「ま、いいや。じゃあ大村も一緒に行こうぜ?」

「え? ど、どこに……?」

「いいからいいから。来ればわかるって。萱坂も一緒だからいいだろ?」


 “りん”の名前が出た途端に、大村の顔がほんのりと赤く染まる。大村の恋心はわかりやすい。わかっていないのは、突然出てきた自分の名前にキョトンとしている当の本人りんくらいのものだ。これには、ただ一緒に話を聞いていただけの広瀬も吹き出さざるを得なかった。


 ◇◆◇


 “りん”たち一行が向かった先……それは、鳳鳴高校からあまり離れていないところにあるショッピングセンターであった。売り場面積で言えば近隣随一であるが、十年前にオープンした古参店舗であるため集客力はそれほど高くない。ただ、生徒たちが学校帰りに寄り道をしたくなる魅力は健在で、土曜日の午後などは鳳鳴高校の制服姿が数多く見受けられた。


「なんか、先週よりも人多いな……」

「確かに。あのイベントやってるからじゃね?」


 和宏の疑問に、山崎が建物の屋上に掛けられた垂れ幕を指差しながら答えた。その垂れ幕には、ショッピングセンター内で“古代恐竜展”なる期間限定の催物のことが書かれていた。ただし、考古学にこれっぽっちも興味のない和宏たちには無関係のイベントであった。

 人ごみを縫い分けて先に進む“りん”たち四人は、エスカレーターで二階に昇り、最短距離で目的地に向かって歩く。そして、到着した目的地は、通称“ハムコランド”……いわゆるゲームセンターだった。


「なんだ、いつもどおりすいてんじゃん」

「やっぱり、あの客はイベント目当てだったんだな」


 大して広くないゲームセンターの中には、メダルゲームコーナーでプレイしている人が数人いるだけだった。“りん”たちは気にせずに奥の方に向かって歩を進めた。奥にはいくつかのゲーム筐体がずらりと並んでいる。そのうちの一つ……ガンシューティング型の筐体の前で“りん”たちは肩からスポーツバッグを降ろして陣取った。


「ゲ、ゲーム……?」


 予想だにしていなかったのだろう。大村は呆れたように呟いたが、山崎は全く動じなかった。


「おう! ここんとこハマってんだ!」

「ここんとこって……、いつも来てるの?」


 大村が、驚いたような口調で尋ねた。


「い、いつもじゃないよ。土曜日に来るくらいで……」

「確かにここんとこ毎週来てるけど……」


 “りん”や広瀬が頭を掻きながら答えると、大村は「信じられない」と言わんばかりに首を振った。


「いつも監督に『土曜日は寄り道を控えて早めに帰って、身体を冷やさないようにケアしろ』って言われてるじゃないか」

「まぁ、そう固いこと言うなって!」

「でも、監督に見つかったら大目玉だよ」

「大丈夫だって! 別に巡回してるワケでもなし……見つかりゃしねぇよ」


 キャプテンにあるまじき台詞を吐きながら、山崎がお気楽そうに笑う。野球部の監督である山本やまもと浩志ひろしは、普段は生徒の自主性を重んじる温厚な教師であるが、規律には厳しいことで知られていた。実際、こんなところで道草しているのが見つかったら、大村のいうとおり確実に叱り飛ばされるのがオチだろう。


「そんなことより早く始めようぜ!」


 広瀬が、待ちきれない様子で目を輝かせながら、すでに手に五十円を持ってスタンバイを完了させていた。

 ゲームの名称は“ゾンビクライシス”……銃を使って画面の中に現れるゾンビを倒しまくるというガンシューティングものである。これだけならよくある同タイプのゲームと変わりないが、このゲームは三分間でスコアを競うタイムトライアル制であるため、今どきとしては珍しくワンプレイ五十円と格安で遊ぶことができるのだ。


「わかったわかった。光星オマエが最初でいいよ。次に俺で、最後に萱坂……っと」

「えっ? 萱坂さんもするの!?」


 大村が、意外そうな表情で山崎と“りん”の顔を相互に見る。


「そりゃあ……そのために来たんだし」

「……」


 ガンシューティングは和宏の得意分野でもある。きっかけは些細なことだった。たまたま山崎と広瀬がテレビゲームの話をしている時に、何気なく“りん”が口を挟んだため、あっという間に話が発展して、この“ゾンビクライシス”で勝負しようということになったのだ。おまけに、敗者は勝者にジュースをおごらなくてはならない……という罰則付き。勝負事にはすぐに熱くなる和宏と山崎の性質と相まって、勝負の白熱度合いはハンパではなかった。

 まずは一番手の広瀬がコインを投入してゲームをスタートさせた。ステージはイージーモードの“墓場”ではなく、ベリーハードモードの“市街地”だ。このモードでは、その名のとおり市街地の画面の中で尋常ではない数のゾンビを相手にしなくてはならないのだが、たまに生きている人間がゾンビに交じって現れるから始末が悪い。もちろん、間違えて撃ってしまえば大きく減点されることになる。

 建物の影から出現するゾンビを、銃の連射で次々と倒していく広瀬。だが、その数は途方もなく多く、広瀬は次第に近づいてくる無数のゾンビを捌ききれなくなっていった。とにかく撃ちまくってピンチを切り抜けようとしたが、その最中に人間まで倒してしまって万事休す。なんとか三分間は踏ん張ったものの、何度も減点されたスコアは惨憺たるものだった。


「光星……ドンマイ☆」

「山崎にそう言われると、余計落ち込むよ……」


 山崎にからかわれ、広瀬はガックリと首をうな垂れた。


「俺のを見てろよ。練習の成果を見せてやるぜ」


 早速コインを投入した山崎が、仁王立ちで銃を構える。そのワンハンドホールドの構えは、やりこみ度合いを証明するようによく決まっていた。

 先ほどと同じように現れ始めたゾンビを、無駄弾なしに次々と打ち倒していく。早く倒せば、それだけ早く次のゾンビが現れる。三分間のタイムトライアルでスコアを稼ぐには、とにかく早く倒していくのがコツなのだ。

 山崎の射撃は正確だった。撃ってはいけない人間は狙いから外しつつ、まるで次にゾンビが現れる場所がわかっているかのように速射で倒していくため、スコアはどんどんとカウントされていった。そして、三分が終わる頃には、スコアは十万点を超えていた。


「よっしゃ、新記録! これでジュースはいただきだな。ゴチになるぜ?」


 山崎が、試合の時のような派手なガッツポーズで喜びを表しながら、広瀬と“りん”を見た。和宏は、ちょっとムッとしながら言い返した。


「まだ俺が終わってない!」

「俺の記録が破れるわけねぇじゃん。十万点超えだぞ?」


 得意げを通り越して天狗になっている山崎を無視するように、和宏はコインを投入した。

 おどろおどろしいビージーエムとともに、無数のゾンビが潜む市街地が画面に映し出される。“りん”はゾンビの出現に備えて銃を構えた……それも、二丁の銃を右手と左手に。


 ――っ!?


 山崎と広瀬が驚く暇もなくゲームが始まった。手加減なしに現れるゾンビ。それを“りん”の二丁拳銃が瞬く間に粉砕していく。もちろん、二丁の銃を使っている分、より多くの弾丸をゾンビに撃ち込める。画面上に表示されるスコアは、先ほどの山崎以上の勢いで跳ね上がっていった。

 山崎も広瀬も、呆けたようにポカンと口を空けたまま。三分間はあっという間に終わり、“りん”は持っていた銃を元の場所に戻した。山崎のスコアをはるかに上回る、紛れもないトップスコアだった。


「ちょっ、ちょっと待て! そんなのアリかよ!?」

「別にいいじゃん。協力プレイ用の銃なんだから」


 涼しい顔で“りん”が答えた。確かに、このゲームは三分間のタイムトライアルに一人で参戦するもヨシ、二人で協力するもヨシ……という趣旨のものである。


「で、でも! 二丁使ったら誰だってハイスコア出せるじゃねぇか!」


 いかにも納得のいかない表情でまくし立てる山崎に、わかってないなぁ……とでもいうように“りん”はゆっくりと首を振った。


「いやいやいや、これがなかなか難しいんだよ。嘘だと思うならやってみな?」


 そう言いながら“りん”が不敵に笑う。山崎は、少しだけムッとしながら、ポケットからコインを取り出して再びプレイを開始した。

 “りん”と同じ両手撃ち。だが、撃てども撃てども弾丸がなかなかゾンビに命中せず、無駄弾ばかりが増えていく。片方の銃の照準を合わせようとすれば、もう片方の銃の照準がおろそかになり、結果として命中率がガタ落ちするからだ。結局、山崎の悪戦苦闘は三分間続き、銃を二丁使ったにもかかわらず、さっきの自分のスコアをはるかに下回る平凡なスコアに終わった。山崎は、さかんに首を傾げながら両手の銃を元に戻した。


「なっ? 意外と難しいだろ?」


 よほど納得がいかなかったのだろう。“りん”に返事をすることもなく五百円玉を取り出した山崎は、広瀬に


「おい、これ全部五十円玉に両替してきてくれ」


と言いながら投げ渡した。広瀬は、なんでオレが……とブツクサ言いながらも、両替してきた五十円玉を山崎に渡した。


「俺も練習して両手撃ちをマスターしてやるぜ。ゼッテー来週リベンジするからな!」


 まるで試合の時のようにまなじりを決した山崎は“りん”に向かってそう宣言し、積み上げたコインを次々と投入して両手撃ちの練習に没頭し始めた。もはや、山崎の集中力の前に“りん”たちの声は届きそうにもなかった。

 “りん”が、広瀬と大村の顔を交互に見る。二人は、いつものことだ……と言わんばかりに肩をすくめた。もう“負けず嫌い”スイッチの入ってしまった山崎は止めても無駄だと二人は知っているのだ。


「仕方ない……オレ帰るよ」


 そう言って広瀬は、大村に怪しげな目配せをしつつ、そのまま立ち去っていった。後に残ったのは、夢中で練習に勤しむ山崎を除けば“りん”と大村の二人だけ。最後の広瀬の目配せは、『気を利かせて二人っきりにしといてやるから上手くやれよ』の合図に他ならない。それに気付いていない和宏は、立ち去っていった広瀬に訝しげな視線を向けるしかなかったが、意味を察した当事者の大村は、顔だけなく耳たぶまで赤く染めていた。


「大村クン?」

「ハ、ハイッ!」


 急に名前を呼ばれ反射的にかしこまってしまった大村に、“りん”はクスクスと笑った。


「確か……今日はバット買うんだって言ってたよね?」

「う、うん……」

「よかったら、買いに行くの付き合おうか?」

「え、えぇっー!」


 女性との会話に慣れていないウブな大村は、必要以上に緊張してしまう。恋心を抱く“りん”の前では特に、だ。不自然な大声を上げてしまった大村だったが、未だに大村の気持ちに気付かぬ“りん”は、いつものこと……と肩をすくめるだけでサラリと流した。


「どうする? 身体冷えるから止めとく?」


 イタズラっぽく笑う“りん”に、大村はかしこまって答えた。


「だだだ、大丈夫……い、行こう。ぜひ行こうよ!」

「よし、じゃあ行こう!」


 “りん”と大村は、別フロアになるスポーツ用品店目指して歩き出した。

 並んで歩く後姿は、まるでリア充の高校生カップルのようだった。とはいえ、ズングリムックリの大村とスタイル抜群の“りん”とでは、お世辞にもお似合いとはいえなかったが。


「あの……ボ、ボクの買い物に付き合ってもらうんだから、何かおごるよ……パフェとか」

「え……、そんな気を使わなくてもいいのに……」

「そ、そんなのじゃないから! 気にしないで! 何個でも大丈夫だから!」

「イヤイヤイヤ、一個でいいよ」


 大村は、愉快そうに笑う“りん”に胸をときめかせた。降って沸いたような放課後デートに感無量の思いを馳せながら。


 ◇◆◇


 ゲームの筐体の上に積まれた五十円玉がなくなる頃、山崎は満足げに微笑んでいた。


(よっしゃ、これで萱坂の記録を超えたぜ……。見てろよ……来週こそは……)


 新たな思いを巡らしながらリベンジを誓う。生来の負けず嫌いの性格が影響してか、スポーツにしろゲームしろ、ひとたびのめり込めば上達が早いのが山崎の特徴だ。そんな山崎の肩を、何者かがポンと叩いた。


「随分と楽しそうだな」


 怒りの感情を抑え付けたような太い声。その毎日のように聞いている声に、山崎はビクッと跳ね上がった。


「かか、監督っ!?」

「早く帰って身体のケアを最優先しておけって言ってあったはずだよな? 山崎?」


 監督である山本の言い方は極めて優しかった。顔も笑っていた。しかし、目だけが笑っていなかった。カミナリが落ちる直前であることを直感した山崎は、顔を引きつらせながら答えた。


「め、珍しいッスね……こんなトコで……」

「そうだな。たまたま古代恐竜展を見に来たんだが……()()()()()()()()がこんなとこで油売ってるとはな……」

「いや、これは……」


 何かを言い訳しようとした山崎に、山本は問答無用の意を込めたゲンコツが飛んだ。


「~~~っ」


 山本は、痛む頭を抑えつつ声にならない呻き声を出すことしかできない山崎の首根っこを掴みあげた。


「とりあえず、詳しい話は学校に戻ってから聞くか」

「ちょ、ちょっと待った! 早く家に帰らないと身体が冷えるッスよ……」

「やかましいっ!」


 こうして山崎は、“りん”と大村が仲良くパフェを食べている頃、職員室で小一時間ほどに及ぶありがたい説教を受けることになるのであった。

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