表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/15

White Wedding (5)

 撮影中の大騒ぎも、終わってみれば一抹の寂しさを感じる。いうなれば“祭りの後”といったところか。

 すでにタキシードから元の服装に着替え終わった“りん”は、新婦控え室の前でのどかを待っていた。着替える時と同様で、ウェディングドレスは脱ぐだけでもタキシードより時間がかかる上に大変なのだ。

 手持ち無沙汰になって、少しヒマをもてあまし始めた頃、唐突に控え室のドアが開いた。もちろん、現れたのはここに来た時と同じ服装に戻ったのどかである。そののどかは、“りん”の姿を見つけるや否や真っ直ぐに駆け寄ってきた。


「やぁ、待たせたね」


 当たり前のことだが、よく似合っていた化粧は完全に落とされている。重い鎧(よけいなもの)を脱ぎ捨てて、ようやくスッキリしました……とでも言いたげな表情ののどかに、和宏は同感しながらもちょっともったいないような気がした。


「他のみんなは?」

「もう、あらかた帰ったみたいだよ」


 時刻は、もう夕方の五時になろうとしている。サクラとして活躍してくれたA組のクラスメイトたちや野球部のメンバーたちは、撮影終了後もしばらくロビーで屯っていたが、少しずつ帰っていったらしい。今は、沙紀や東子など、いつものメンバーが残っているだけだった。


「写真、見せてもらったんだって?」

「ああ、これ……」


 茂手木とアリサも、撮影が終わった後は足早に引き上げていったが、その際、撮れた写真のいくつかをプリントして“りん”に渡していた。これらの写真を元に、結婚式場の宣伝用ポスターが作成されるのだという。“りん”は、もらった写真をのどかに手渡した。

 たくさんの祝福とフラワーシャワーに包まれ、幸せそうに笑う二人。まるで、本当の結婚式のワンシーンを切り取ってきたかようにも見える。和宏ものどかも、ポーズや表情を付けたわけではなかったが、それでもこれだけの“絵”を撮ってしまうのだから、カメラマン・アリサの腕の確かさが窺えた。


「あはは。な、なんか照れちゃうね……」


 のどかは、恥ずかしそうに笑った。しかし、まんざらでもなさそうにも見えた。

 和宏は、再び心臓が跳ねるのを感じた。のどかの笑顔は、いつも和宏をそうさせる。そして、そのたびに自分に言い聞かせるのだ。コイツは“男”なんだ――と。

 いささか引きつった顔でうなづく和宏を、のどかが不思議そうな顔で覗き込む。その時、ロビーにいたはずの東子が、息せき切って現れた。


「あ! いたいた!」

「どうしたんだよ、そんなに走って……?」

「雪っ!」

「はん!?」

「雪っ! 雪なのっ! 外で雪が降ってるのっ!」


 はしゃぐ東子に半ば引っ張られながら外に出る。外の空気は、ここに来る前と比べて刺すように冷たくなっていたが、沙紀と栞、そして山崎と大村が、空に掌をかざしながら、ちらつく粉雪を楽しんでいた。


「ホントだ……」

「ねっ?」

 

 “りん”も同じように手をかざした。掌に落ちた雪が音もなく融ける。その冷たさは心地よかった。のどかも、物珍しそうに雪降る空を見上げていた。


「ぶぇっくしょいぃ!」


 しばらく子どものように雪と戯れていた山崎が、突然大きなくしゃみをした。デリカシーのカケラもない、大きなくしゃみだった。

 ここは九州という雪の少ない土地柄である。滅多に降らない雪を喜んでいたのもつかの間、身体が冷えてしまったのだろう。山崎は、背中を丸めながら、寒みぃ……と呟いた。


「じゃあ、焼きそばでも食べて温まりますか?」


 東子が、さも当然のように話を繋げると、山崎はもちろんのこと、沙紀も栞も間髪入れずに賛成した。


「今日、店開いてるんだっけ?」

「うん、日曜日はお客さんが少ないから大歓迎だよ」


 のどかの即答で話が決まると、東子はバンザイをして喜びながら、先頭切って歩き始めた。まさに、食いしん坊キャラの面目躍如であった。沙紀や山崎たちも後に続く。もちろん、目的地は“のんちゃん堂”だ。


「やれやれ、結局いつものパターンになっちゃったな……」

「いいじゃないか、それで。わたしは好きだよ」

「何が?」

「特別な日なんかより、なんでもない普通の日の方が……さ」


 そう嬉しそうに目を細めるのどかを見て、和宏は、それならまぁいいか……と思いながら、小さく肩をすくめた。


「りん~! のどか~! 早くおいでよ~っ! アタシ、お腹と背中がくっつきそうっ♪」


 先頭を歩く東子が、ピョンピョンと飛び跳ねながら“りん”とのどかに向かって手招きをしている。和宏は、


「あ~、わかったわかった……」


と、苦笑しつつも東子たちに置いていかれないように歩き出し、のどかもまた“りん”のすぐ後ろを歩き出した。

 音もなく舞い降りる雪。街灯のほのかな明かりが薄暗くなった道を照らし、楽しげな話し声と笑い声が響いている。そんな“りん”たちの背中を視界に収めながら、のどかはそっと呟いた。


 こんな日がずっと続けばいいのに――。




「今、何か言った?」


 突然振り返る“りん”。だが、のどかは笑いながら


「ううん、何も」


と、答えた。


「じゃあ、早く追いついとこう。モタモタしてると『何やってんのよ! 遅いじゃない!』ってどやされるぞ」

「あはは。和宏は沙紀のマネ上手だね」


 そんな他愛のないことをしゃべりながら、“りん”とのどかは再び前を向いて歩き出した。

 二人が先を行く東子たちに追いつく頃、ふと栞が誰ともなく尋ねた。


「なんだか、この雪積もりそうな感じがしませんか?」

「そういえば、天気予報では今夜から朝にかけて雪って言ってたね」

「この調子で一晩降れば、結構積もるんじゃね?」


 全員で一斉に空を見上げる。心なしか、降る雪の量が増したような気がした。


「じゃあ……明日、雪合戦しよっ♪」


 東子が、またおかしなことを言い出した。だが、沙紀が一も二もなく賛同した。


「いいわね、それ」

「では、明日の朝、学校に集合ってことにしませんか? 私、真っ白になったグラウンドが見たいです!」

「賛成~♪」


 沙紀と東子と栞で勝手に話が進んでいく。ここでのどかが冷静な突っ込みを入れた。


「でも、雪合戦できるほど雪が積もらないかもしれないよ」

「いいじゃん。そんなの明日になってみなけりゃわからないって!」


 和宏らしい楽天的な一言に、みんなが笑った。確かにそのとおりだった。それに、たとえ大した雪が積もっていなかったとしても、みんなで集まれば雪遊びくらいは出来るだろう。


「よしっ♪ じゃあ決まりっ♪」

「アンタたちもよ」


 沙紀が、当たり前のように山崎と大村に声を掛けた。二人は、お互いに顔を見合わせた。


「俺もか!?」

「ボ、ボクも……?」


 当然といった面持ちで、沙紀は大きく頷いた。山崎と沙紀は幼馴染という、互いをよく知る間柄……こういう状況になったら、もう逆らえないことも山崎はよく知っている。山崎も大村は、首を縦に振らざるを得なかった。


「じゃあ、男子と女子の対抗戦ということでっ♪」

「ちょっ!」


 東子の無邪気な提案に、思わず山崎も大村も目をむいた。無理もない。男子二人に対して、女子は沙紀、東子、栞、りん、のどか……二人対五人だからだ。


「待て待て! 女子ソッチの人数が多すぎるだろっ!」

「なに言ってんのよ。こっちはか弱い女子なのよ! ハンデあって当然でしょ! ねぇ、りん?」

「か弱い……?」


 正直にも“りん”が首を傾げると、待ってましたとばかりに沙紀の右手が唸りを上げた。


「悪かったわね! どうせ私はか弱くないわよっ!」

(何も言ってねぇ!)


 毎度お馴染み、沙紀のアイアンクロー。激しく痛がる“りん”であったが、もはやあまりにも日常の光景過ぎて、もう誰も止めたりはしなかった。


「あー、わかったわかった。そこまで言うならなってやんよ」

「や、山崎……?」


 戸惑う大村を余所に、山崎が両手を広げたオーバーアクションをしながら肩をすくめた。


「おい、大村! 主将キャプテン命令だ! 明日はバット持参!」

「は、はぁ?」

「ハンデ上等だぜ! 女子ソッチのヒョロイ雪球なんざ、全部打ち返してやる!」

「は、はぁ……」


 大村は半分呆れ顔になっていたが、山崎の顔は妙に自信満々だった。“りん”へのアイアンクローを解いた沙紀は、得意げに笑いながら嬉々として山崎の口車に乗った。


「面白いじゃない。男に二言はないわよ!」

「うっせぇ! やるっつったらやる! 真剣勝負だ!」

「わ~い♪ タッくんと真剣勝負だ~っ♪」


 ようやくアイアンクローの痛みから解放された“りん”が、山崎の“真剣勝負”発言に敏感に反応した。


山崎オマエ、本気で勝てると思ってんのかよ?」

「当たりめーだ! 今さら怖気づいても遅いぜ?」


 山崎の挑発に、これまた和宏はいとも簡単に乗った。“真剣勝負”というキーワードは、和宏のスイッチを入れる魔法の言葉なのだ。今や“りん”の目は、誰にでもわかるほど勝負に燃えていた。


「ど、どうしましょう? 止めた方がいいんでしょうか……これ?」

「あはは。明日も楽しみだね」


 まるで、子ども同士のケンカだった。山崎は雪球を打ち返すなどと言っているが、バットに当てたら雪球なんて簡単に壊れてしまうはずだ。そんな珍妙な雪合戦がどんな結末を迎えることになるのか想像もつかない。だが、うろたえる栞をよそに、のどかは本当に楽しそうに笑った。いつものことだ、何も心配はいらない、と。


「せっかくだから、わたしも頑張っちゃおうかな。雪合戦なんて久し振りだし」

「そうですね。私も小学校以来です。何だか楽しみになってきちゃいました」


 夕闇に包まれた空はもう暮れようとしていたが、雪は変わらず降り続けていた。朝の美しい雪化粧を約束するように。そんなささやかな期待を明日に乗せて。

 一行の背後から、例のチャペルのウェディングベルが聞こえた。きっと今、見知らぬ誰かが式を挙げているのだろう。その軽やかな鐘の音は、辺り一面へ祝福を届けるように鳴り響いていた。

 最後まで読んでくださった皆様、お疲れ様でした。


 作者わたしのお気に入りキャラであるのどかにご褒美……というわけではありませんが、少しでも幸せになってもらおうかと思って描いたエピソードです。

 最後、雪合戦の話でちょっと引っ張っちゃいましたが、翌日はちゃんと雪が積もってくれると思います。そして、みんなで楽しく雪と戯れている……そんな和宏りんたちを頭に思い描いていただければ幸いです。


 ではまた、次回作でお会いしましょう。


          BY じぇにゅいん




 ↓こちらにて、後書きを投稿させていただいています。ただの作者の自作語りですが、見てもいいよ~という方はついでにご覧ください。


http://ncode.syosetu.com/n3320bv/


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ