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White Wedding (3)

「引き締まったウエストですねぇ……。ブライダルインナーなんて、なくてもいいくらい」


 仲居さんが、感嘆のため息をもらした。ちなみに、ブライダルインナーとはウェディングドレスのシルエットを綺麗に出すためのものだ。


「なにかスポーツでもやってるんですか?」

「や、野球を……」

「え?」


 慣れた手つきで“りん”の身支度を整える仲居さんから何気に飛んできた世間話に近い質問に、和宏が正直に答えると、仲居さんの手がピタリと止まった。


「あの……野球です……」

「そ、そう……。道理で身体が引き締まってますもんねぇ」


 やはり、女子が野球をやること自体が世間では珍しく感じられるのだろう。流れるように作業していた仲居さんも一瞬戸惑いとともに手を止めたが、そのフォローは自然だった。さすがはプロの仲居さんである。

 すでに“りん”はスリーサイズを計られ、そのサイズにピッタリのブライダルインナーやペチコートを着せられていた。準備段階はほぼ終了だ。続いて、もう一人の仲居さんが、床にウェディングドレスをドーナツ状に広げて敷いた。その輪の中に“りん”が入り、ドレスを持ち上げて着付けをするというわけだ。

 なんとも大仰な着方であるが、Tシャツのように一人で着ることが出来るようなシロモノでない以上、仕方がない。

 それにしても、着るだけでも一仕事だ。しかも、動きにくいことこの上ない。世の新婦さんは大変だな……と、和宏は他人事のように思った。

 背中のレースアップを閉めて、とりあえずドレスの着付けは完了したが、花嫁の準備はそれだけでは終わらなかった。パンプスを履かされ、襟元を飾るアクセサリーが装着される。ネックレスなどをつけたこともない和宏からすれば邪魔以外の何者でもなかったが、仲居さん曰く


「襟元が大きく開いたドレスなので、これをつけないと首周りが寂しくなっちゃいますよ」

「大事なドレスアップアイテムですから“必須”です」


ということだった。つまり、選択の余地はないということだ。

 髪も、再度ポニーテールにし直された。もうちょっと普段から丁寧に髪をまとめた方がいいですよ……とのアドバイスのオマケつきだった。

 最後に、ヴェールがかけられ、清楚な白バラのブーケを持たされて、ようやく準備が完了した。


「まぁ! いい感じ!」

「高校生の花嫁姿なんて、なんか新鮮ねぇ!」


 年配らしい落ち着いた雰囲気を醸し出していたはずの仲居さん二人が、ミーハーっぽく手を叩いて喜んでいる。さすがのお化粧のノリ……とか、清純派アイドルみたい……とか。しまいには、それに比べて我が家の娘は……などと言い出す始末。まるで見世物だな……とタメ息をついた和宏だったが、控え室の外に出るや否や、今度は待ちわびていた沙紀たちの歓声が上がった。


「うわぁ! キレイっ!」

「りんさん、さすがです!」

「やっぱり私の目に狂いはなかったわ」


 口々に感想をもらしながら、沙紀たちは花嫁姿の“りん”を取り囲んだ。まさに、動物園のパンダ状態だ。のどかまでが、口を半分開けて、その変身ぶりを驚いている。確かに、プリンセスラインのウェディングドレスに身を包んだ“りん”は、まるでどこかの王国の姫君のようにも見えた。


「うん、元が良いから想像以上に美しくなりましたね。素晴らしい被写体になりそう」


 茂手木も、何度も何度も満足げに頷いている。想像以上の花嫁の出来栄えにご満悦の様子だった。


「でも……」


 そんな浮ついた雰囲気に、ふと我に返ったのどかが、首を傾げながら疑問の声を上げた。


「なんで“ポニーテール”で“ボーイッシュ”な女の子が必要だったんだろう……?」


 肝心のポニーテールはヴェールに隠されてしまって存在感が乏しく、花嫁用の化粧はボーイッシュな雰囲気をかき消してしまっている。のどかの疑問ももっともだった。その証拠に、茂手木も沙紀たちものどかの問いに黙りこくるしかなかった。

 そんな一行に、ある人影が近づいてきた。トレーナーにジーンズというラフな格好が異様に板についた金髪碧眼の女性だった。 


「あっ、先生!」


 茂手木は、弾かれたように背筋を伸ばして気を付けの姿勢を取った。整った被写体りんの姿を見た先生……アリサの目が、怒りで吊り上がっていたからだ。


「ノオォォォォォォオッ!」


 廊下中に轟いた声に、思わず“りん”たちは耳を塞いだ。

 

◇◆◇


「な、何が悪かったのかしら……」

「ごめんなさい……悪いのは私なの……」


 アシスタントの茂手木にカミナリを落としたアリサが場を去ると、ようやく緊迫した空気が緩んだ。こってりと怒られた当の茂手木は、しきりに首を傾げる沙紀たちに対して、ガックリと肩を落としながら平謝りだった。


「い、いつもあんな感じなんですか……?」


 栞が、恐る恐る茂手木に尋ねると


「は、恥ずかしながら……。私、基本的にドジだから……」


と、茂手木は恥ずかしそうにカミングアウトした。

 茂手木の外見は、テキパキと仕事をこなす有能なアシスタントにしか見えない。人とは見かけによらないものである。


「でも、まさか『“ポニーテール”で“ボーイッシュ”な女の子が“新郎役”で必要だった』なんてね……」


 茂手木が、所在無げに身体を小さくしている。とはいえ、明確な指示の聞き取りミスなのだから申し開きのしようがない。鮮やかな金髪を振り乱してアリサが怒りをぶちまけたのは、『ポニーテール』で『ボーイッシュ』な娘が、なぜウェディングドレスを着ているのか、ということだったのだ。


「しょうがないわよ。新郎役に女の子使うなんて普通思わないもの」

「そうそう。ホントに不思議な感性だよねっ♪」


 お前が言うな……と、和宏は心の中で突っ込んだ。不思議さでは東子も大概だからだ。


「でも、新郎役はりんさんでいいとしても……、新婦役はどうするんですか……?」


 栞は、茂手木の顔を見ながら尋ねた。普通に考えて、結婚式のポスターにウェディングドレス姿の新婦は必須である。至極真っ当な……しかし、早急に解決しなければならない問題だった。


「そうねぇ……」


 茂手木が渋い顔をして考え込む。このままでは全ての撮影準備が無駄になってしまう。わざわざ一流ホテルの一角を借り切った撮影会場も、多忙なアリサのせっかくのスケジューリングも、だ。アシスタントをクビだと言われても文句は言えないかもしれない。

 そんな中、必死さを醸し出しながら目まぐるしく動く茂手木の視線が、閃きの表情とともに“ある一点”で止まった。


「あ、貴女あなた……ちょっと協力してくれない?」


 いきなりパチリと手を合わせ、懇願するような表情で拝み倒し始めた茂手木。その視線の先には、突然のことに目をパチクリさせるのどかがいた。



 ――To Be Continued

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