White Wedding (2)
その日は、あいにくの曇り空だった。冷え込んだ空気が、時折寒風となって吹きすさび、駅前を歩く人々を縮めこませる。その人ごみの中に紛れるように“りん”とのどかは歩いていた。
「寒いね」
「そうだな。さすがにこれはちょっと……」
寒がりなのどかは、分厚いセーターを羽織った上で、大きなマフラーで顔の下半分を覆って冷たい空気を凌いでいる。だが、和宏はもともとが寒さに鈍感なせいか、この寒空にあっても薄手のカーディガンを羽織っているくらいだ。その格好は、見ているだけで寒くなりそうなほどだった。
「マフラー貸そうか?」
「タハハ……大丈夫だよ、寒さには強い方だし」
「そうかい? でも天気予報じゃ今日は……」
そこまで話をした時、ちょうど二人は目的地に到着していた。本日のバイト場所……結婚式場のマリッジパレスである。
ホテルとしても名高い結婚式場だけあって、建物とその周り全体から上質なホスピタリティが溢れていた。“りん”たちが立つ門から洒落た外観の建物に向かって伸びるアプローチは、程よく剪定された木々が客の心を和ませ、自然石が敷き詰められた石畳は、殺風景なアスファルトとは違う彩りを放つ。この分ならば、中もさぞかし豪華な作りだろう。おそらく、ロビーに立っているだけで雰囲気を楽しめるはずだ。
「はぁぁ……、着いちゃったかぁ……」
「そ、そんなに深いため息をつかなくてもいいじゃないか」
一抹の責任を感じながら、のどかは“りん”の背中を励ますようにバンバンと叩いたが、やっぱり“りん”の足取りは重いまま。「やっぱり帰る」などと言い出したらどうしよう……という心配がのどかの脳裏をよぎったが、幸いそれは杞憂に終わった。
「あっ♪ 来た来たっ♪」
「こっちです、りんさん!」
マリッジパレスの入口で“りん”たちが来るのを今か今かと待ち構えていた三人……沙紀、東子、栞が、満面の笑顔とともに“りん”とのどかを出迎えた。こうなってはもう、今さら“りん”が「やっぱり帰りたい」と言い出したとしても三人が逃がさないだろう。
「じゃあ、行きましょ!」
五人揃った一行は、自動ドアをくぐり抜けて建物の中に足を踏み入れた。広々とした吹き抜けのエントランスホールに、豊富な採光窓から取り込まれた光が明るく差し込んでいる。要所要所に置かれた観葉植物は瑞々しく繁り、お洒落にセッティングされたなテーブルとチェアには、式の打ち合わせに来たのであろうカップルが楽しそうに談笑していた。その目も眩むようなラグジュアリーな空間は、日頃学校と家を往復するだけの“りん”たちにとって、まるで非現実的な異空間だった。
「すっごいねぇ……っ♪」
「私、ドキドキしてきました……」
まるで初めて都会に出てきた田舎者のようにキョロキョロする女子高生五人組は、この洗練された空間の中では相当に浮いて見えたのだろう。まごつく五人に気付いたフロントマンが、真っ直ぐ“りん”たちの方に向かって歩いて来て、柔らかい接客口調で話しかけた。
「今日はどういったご用件でしょうか」
機先を制されてしまったことで、ドギマギしながら顔を見合わせる五人。その中にあって、一番冷静だったのどかが一歩前に進んで、代表者のように受け答えをした。
「あの……、今日、ポスターの撮影があると言われたんですが……」
そうのどかが答えると、フロントマンは職業柄か恐縮そうに深々と頭を下げた。
「申し訳ございません。話は聞いております。控え室までご案内いたします」
五人は、建物の三階、いくつかあるバンケットのうちの一つの新婦用控え室に案内された。案内を終えたフロントマンは、間もなく今日の撮影を担当する者が参りますので、それまで暫くお待ちください……と、一礼しつつ、相変らず柔らかい物腰で部屋を出て行った。
「うわぁ! おっきいドレッサーっ♪」
部屋の中が五人だけになるやいなや、真っ先にアニメ声の感嘆の声が上がった。新婦が使う控え室だからか、やたらと大きな鏡を備えた豪華なドレッサーだった。
なにせ、五人とも初めて見る結婚式場の当事者用の控え室である。物珍しそうにキョロキョロと部屋中を見渡しているところ、ノックとともに一人のスーツ姿の女性が入室してきた。
「あら、随分とたくさんいらっしゃるのね……」
目をしばたたかせながら、五人全員に視線を配る。その内の一人……ポニーテールの“りん”のところで視線を止めると、その女性は嬉しそうに微笑んだ。
「あなたね、今日のモデルさんは」
「は、はぁ……」
戸惑う“りん”に、半ば強引に名刺が手渡された。“カメラスタジオ「アリサ」アシスタント 茂手木愛子”……と書かれた名刺だ。
パリッとしたベージュのレディーススーツで身を包んだ姿からは、いかにも有能な秘書といった雰囲気が伝わってくる。年の頃は二十台半ばといったところか……フランス人形のような白い肌が目を引く女性だった。
「他のみなさんはお友だち?」
と、少しくだけた感じで尋ねた茂手木に対し、東子と沙紀と栞は口々に
「はい! めちゃくちゃ友だちです!」
「心の友です!」
「良いお付き合いをさせていただいています!」
と、一寸おかしなアピールをした。軽く面食らった茂手木は、改めて微笑ましいものでも見るようにクスクスと笑った。
「仲いいのね。こういう愛され系のモデルさんならいい写真になりそう。きっと先生も喜ぶわ」
そう言って軽くウィンクした茂手木に、のどかと“りん”が小さく首を傾げた。
「先生……?」
「そう、今日の撮影をするウチの先生。アリサ先生っていうのよ。金髪碧眼のアメリカ人で、メチャクチャ綺麗なんだから!」
茂手木自身も決して不美人ではない。むしろ、顔立ちの整った美人の類に入るだろう。だが、両拳を握って力説する茂手木を見る限り、アリサはそれ以上に美しいのだろうと思わせるに充分だった。
「でも、今は別室で精神集中の座禅の途中なんだけどね……」
『せいしんしゅうちゅう?』
『ざぜん?』
聞き慣れない単語に、五人が口々にオウム返しをする。そのストレートな反応に、茂手木は苦笑しながら答えた。
「いつも仕事の前にやってるのよ。その間に被写体の準備を整えるのが私の役目って訳」
「は、はぁ……」
この場合の被写体は、もちろん“りん”である。茂手木は、指をパチンと鳴らした。すると、まるでそれが合図であったかのように、年配の……女性が二人現れた。着ている服が制服であることから、茂手木と違って、この式場付の仲居さんであることがうかがい知れた。
「さぁ、花嫁さんの準備をお願いします!」
二人の仲居さんは、承知しました……と言わんばかりに黙礼し、“りん”に近づいていく。そして、“りん”を両脇から挟みこみ、強制連行するかのようにドレッサーの前に誘導していった。“りん”は、淡々と進んでいく事態に抗うことは出来なかった。
「では、私たちは花嫁さんの支度が出来上がるまで外で待ちましょう」
茂手木はクルリと振り返りながら、他の四人にそう言うと、東子や沙紀が
「え~っ!」
「アタシたちも、りんのキレイになっていくトコ見たい~!」
と、口を尖らせて文句を言った。しかし
「出来上がる過程を見るよりも、出来上がった花嫁を最初に見る方がワクワクするものよ」
と茂手木にと説得され、二人はあっさりと引き下がった。
四人と茂手木が退室すると、プロフェッショナルな雰囲気を醸し出す仲居さん二人と“りん”だけが新婦控え室に取り残された。
「さぁ、始めましょう! まずは服を脱いでください」
「え゛?」
「スリーサイズを測るところからいきますね」
「え゛え゛!?」
当たり前のようにサイズ計測用のメジャーを構える二人。予想だにしていなかった展開に、“りん”は目を白黒させた。
「さ、早く脱いでください」
「それとも……脱がして差し上げましょうか?」
そう言いながら、二人はとびっきりの営業用スマイルでニッコリと笑った。おそらく、普段から様々な新婦との応対を経験しているせいだろう。二人の受け答えには迷いも淀みもなかった。
抵抗しても無駄だと悟った和宏は、諦めたように答えた。
「じ、自分で……脱ぎます……」
――To Be Continued