White Wedding (1)
「ボーイッシュでポニーテールの女の子を探している?」
のどかが、困ったように眉をひそめながら腕組みをし直す。のどかの存外な反応に、のどかの父・大吾は大袈裟に目をしばたかせた。
二人が膝を突き合わせているのは、開店前の焼きそば専門店・のんちゃん堂のカウンターの中だ。午後四時五十分……もうすぐ開店だというのに、大吾から怪しげな相談を受けて、のどかは困惑していた。何しろ“結婚式場のポスターのモデルを探している”と言うのだから。
「それ、暗に『りんを誘え』って言ってない?」
「まぁ、わかりやすく言い換えるとそういうことかな」
(わかりやすくも何も……)
ボーイッシュでポニーテールなのどかの友だちといえば、たった一人しかいない。というよりも、あまりにも注文がピンポイント過ぎて、のどかは頭がクラクラするのを感じた。
「でも、りんはウェディングドレスなんて嫌がると思うよ」
「え? そうなのか? ウェディングドレスといえば、女の子はみんな憧れるもんじゃないのか?」
女の子ならね……という言葉を、のどかは苦笑とともに飲み込んだ。
“りん”の中身は、“瀬乃江和宏”という、至って普通の男子高校生だ。ただのスカートを履くだけでも『女装してる気分になるからイヤ』と言ってズボンを履いてしまうくらいなのだから、ウェディングドレスなどもってのほかのはずである。
「りんは別だよ。変わってるんだから」
「そいつは困ったな……」
「なんでまた“ボーイッシュなポニーテール”なんだろう?」
ポニーテールという条件がつかなければ、ショートボブで男装が妙に似合う沙紀だって候補に上がる。だが、大吾は首を横に振りながら答えた。
「それがな……、そういう注文らしいんだよ……」
「注文?」
「そのポスターの撮影をするカメラマンの注文なんだと」
「ふーん。なんだってまた……?」
「なんでも外人のカメラマンらしいんだが、詳しいことは知らん。俺も商店街組合の連中からモデル探しを頼まれただけなんでな」
そう言って、大吾は小さく肩をすくめた。
「じゃあ、断った方がいいんじゃないかな。さっきも言ったけど、りんは嫌がるだろうし」
「む……、そりゃ困ったな……」
「……?」
「実は、その……断りにくくてな……」
「なんで?」
「いやぁ……『ピッタリな娘がいるんだ! 任せろ!』って言ってしまった手前な……」
「……その“ピッタリな娘”って、まさか……?」
「そう! りんちゃん」
「呆れた……。なんでそういう安請け合いしちゃうかな?」
「酒の席で頼まれたもんだから、つい気が大きくなっちゃってな。りんちゃんもウェディングドレス着れるなら喜ぶだろうと思ったし……」
面目ない……といった顔をして、ポリポリと頭を掻く大吾。のどかは、それじゃ自業自得じゃないか……と口を尖らせた。
同情の余地は極めて少ないといえたが、父・大吾の気風の良さはのどかもよく知っている。良くも悪くも、つい頼みごとを引き受けてしまうのだ。悪気がないことはわかっているだけに、のどかは、諦めのため息をつくしかなかった。
「仕方ないね。でも、どうやって誘おう……」
非常に頭の痛い問題であった。少なくとも、和宏はいい顔をしないだろう。以前、メイド服を着せた時(俺、りん(特別編)『キャラ紹介 (3) ~のんちゃん堂の看板娘~』参照)ののように半ば強引にお願いすれば、人の良い和宏のことだから何とかなるかもしれないが、のどかとしては出来ればそれは避けたい思いがあった。和宏の優しさに甘えるようなものだからだ。
(とすれば……方法は一つしかない、か……)
何とか頼むよ……と、のどかを拝み倒す大吾に苦笑いしながら、のどかはまた一つため息をついた。
◇◆◇
翌日の昼休み……午後の授業が始まる前の鳳鳴高校の教室棟は、いつもと同じように緩い空気が漂っていた。ゆっくりと時間を取って和宏と話をするにはちょうど良いタイミングだ。そう思ったのどかは、昼食が終わって一服感漂うA組の教室を窺った。
前から三列目が“りん”の席である。普段ならば、この席の周りに沙紀や東子らが屯っているはずだが、どういうわけか今は誰も座っていなかった。さらに教室全体を見渡すと……いた。珍しく一人窓際に佇んでいる。のどかは、千載一遇のチャンスとばかりに“りん”の元に駆け寄った。
「や、やぁ! か……いや、りん……」
危うく“和宏”と口走りかけて踏み留まる。“りん”の正体のことは、のどか以外誰も知らない。二人きりの時は“和宏”と呼んでも差し支えないが、どこに人の耳があるか分からない校内では危険なのだ。
「どうしたんだよ、珍しい……」
“りん”は、突然ののどかの登場に目を丸くした。
「イヤ……その……、ちょっと“お願い”があってさ……」
「お願い?」
のどかの言葉に、“りん”は首を傾げた。のどかにとっては、予想どおりのリアクションだった。
「実は……ちょっとバイトを手伝ってほしくてさ……」
「バイト? 何の?」
「えーっと……結婚式場の……」
のどかは、単刀直入に切り出した。断られたら断られたで仕方ない……という潔い正攻法だ。だが、今回ばかりはそれが功を奏した。
「なになにっ? 結婚式場のバイトって!?」
「よくわからないけど、これは面白そうな匂いがプンプンするわね……」
「私も詳しく知りたいです!」
窓際に佇んでいた“りん”の背後から、窓の向こう側……ベランダ側で座り込んでいたのであろう三人組が一斉に窓から顔を出した。いうまでもなく東子と沙紀と栞の三人である。そう……実は、“りん”は一人で佇んでいたのではなく、窓越しにベランダにいる三人と話をしていたのだ。
「なっ……」
今度は、のどかが目を丸くする番だった。
「結婚式場のバイトってなんなの? 教えなさい、私たちに。今すぐ!」
「え、その……ポスターのモデルのバイトなんだけど……」
沙紀たちの喰いつきの良さに気圧されながらも、のどかは正直に答えた。しかし、それが沙紀たちのテンションをますますエスカレートさせてしまった。
「モデルッ!」
「結婚式場のポスターのモデルってことは、ウェディングドレスとか着るんでしょうか!?」
「ぅわーい! やった~っ!」
東子に至っては、なぜかバンザイをし始めていた。明らかにおかしなことになっているノリに身の危険を感じたのか、ここまで黙っていた和宏が口を開いた。
「待て待て! 誰もそんなバイト引き受けるとは言ってないだろ!」
「どうしてよ!? 素敵じゃない、ウェディングドレス着れるなんて!」
「そうそう! この前(俺、りん(特別編)『キャラ紹介 (3) ~のんちゃん堂の看板娘~』参照)なんか、あのメイド服着てたじゃないっ♪」
(恥ずかしい服とは失礼な……)
メイド服は、のんちゃん堂に客を呼び込むための正式なコスチュームである。のどかは、納得のいかない表情で東子を睨んだ……が、のどかの愛らしい眼では全く迫力は感じられない。案の定、沙紀も東子も、そんなのどかにはお構いなしだった。
「とにかく! そんな美味しいバイト引き受けないテはないじゃないでしょうが!」
「何が美味しいんだよ! ヤダよ!」
「みんな喜んでるのよ! アンタの勝手な言い分が通るわけないでしょ!」
「コッチは当事者だっ!」
理不尽女王の名は伊達ではない。もはや沙紀に理屈は通用しそうになかった。そこへ、栞が助け舟を出すように口を出してきた。
「で、どこの結婚式場なんですか?」
「え~と……、駅前の『マリッジパレス』っていう……」
「あ~、そこ知ってます。すごくお洒落なチャペルがありますよね?」
「うん、そこそこ」
みな場所に心当たりがあるせいか、栞だけでなく沙紀も東子もさかんに頷いていた。駅の近くにある、県内では比較的有名な結婚式場だ。それを確認した栞は、最後に助け舟どころかトドメのような一言を吐いた。
「では、当日はそこに集合ですね」
(ぅおおお~い!)
沙紀にも東子にも異議はなかった。和宏の魂の突っ込みが虚しく響いたが、三人は、ニコニコ顔のまま、そそくさと場を離れていった。“りん”とのどかは、二人教室に取り残された。
「……」
「……」
のどかと“りん”が、お互いに顔を見合わせる。兵どもが夢の跡のような脱力感が二人を包んだ。いかにのどかといえども、この状況を覆すのは無理な相談だろう。
「じ、じゃあ……そういうことで……」
気の毒そうな顔をしながらそう言ったのどかは、放心状態の“りん”に手を振りつつおずおずと離れていった。
――To Be Continued