己を越えろ
「なかなか広い洞窟だな。これならあれだけの数の教団員が出てくることも頷ける」
アキトが剣を肩に掛け呟いた。傍らではディランが剣を収めて立っている。そんな彼らの周囲には、数十人の教団員が転がっていた。
「だが一人一人はたいした事ない。連携もさほど強固ではないようだ。俺たちの脅威にはならないだろう」
「わたしからすれば十分脅威ですけどね……」
すまし顔でそう言ったディランの隣でリィンが思わず呟いた。
彼女からしてみればこの二人が異常なだけで、本来ならばたった二人の人間がこれだけの数の人間に襲われれば、人海戦術で瞬く間に負けてしまうだろう。
「でも地形を上手く使った攻撃をしていたと思うぜ? ちょうどこんな風に」
アキトは言いながら背後の穴から伸びてきた槍を掴み、それを一気に引き出し中に潜んでいた教団員を引きずりだすと、勢いのまま裏拳を食らわせて沈ませてしまった。
「ふむ、敵の数も少なくなってきたようだな。そろそろ終着点も近いようだ」
曲がり角を曲がり、ディランの言葉が終わると同時に見えたのは、洞窟には似つかわしい様々な装飾の施された派手で大きな扉だった。
「ここが終点みたいだな。行くぞ」
休む間もなく、アキトはその扉を開いた。しかも普通に開けるのではなく、剣で斬り倒すという方法を取って。
「ちょ、ちょっとアキトさん!? 何やってるんですか!?」
「呑気に扉を開けている間に、向こう側から攻撃が来ない保証はないからな。これが一番安全だ」
壊れた扉を乗り越えて入った部屋は、扉の大きさに比例してかなりの広さを持っていた。教団を名乗っているからか、辺りにはまるで教会のような装飾が施されている。だがそれらの装飾は何処か禍々しさを感じるような色合いをしていたり、邪悪な形の像など普通の教会に置かれるようなものとはかけ離れた作りをしたもので溢れている。
そんな部屋の中央に何者かが佇んでいた。
此処までの道中で散々見た教団員達の服に少し似ているが、明らかに豪奢で派手な修道服を身にまとい、紫色の職杖を、いや、それは職杖と呼ぶにはあまりに攻撃的な作りをしていた。つまりこれはただの職杖ではなく、武器として扱うメイスなのだ。
「ようこそ、我がディアブロイ教団へ。アキト・ヒガミ。ディラン・ユリオット。リィン・フリントよ。我は教主、レオグル・アロウ・ゴーランドだ」
彫りの深い、厳格そうな顔の初老の男ゴーランドは、何処で知ったのかアキトやディランのみならずリィンの名をも呼んでみせた。アキトとディランが、それに応じるように剣に手をかける。いよいよ部屋中に緊張が走っていく。
「ご親切にどうも。でもあんた、もう終わりだぜ?」
「残念ながら、終わりにする事は出来んのだよ」
ゴーランドの細く伸びた切れ目が妖しく光る。それに警戒を示すアキトとディラン。二人の手が剣に触れようとしたその時、ゴーランドの持つメイスが黒々とした発光を見せた。光は瞬時に部屋中を満たしていく。
「お前達は今から、自分自身と戦う事になる」
光が引いたそこで彼らが見たのは、浅黒い肌の自分自身だった。それは言葉を発する事も、表情を変えることもなくただ佇んでいる。
「こいつは……!?」
「グレオの禁術か……!」
「わ、わたしがもう一人!?」
三人の前にそれぞれ立っている自分と瓜二つのそれは、グレオ帝国が編み出した金術の一つが生み出した自分自身の幻影であった。
「その通りだ。それはお前達自身の分身なのだよ」
ゴーランドが不敵に笑いながら言った。
そこをディランが隙ありと言わんばかりに剣を抜き、目の前の自分の分身を越えてゴーランドに斬りかかろうとした。だが――。
「何ッ!!?」
彼の音速の剣を、先ほどまで後ろにいた分身が受け止めたのだ。少し離れた位置で分身と睨み合っていたアキトも、これには驚きを示した。
「邪魔を……するなッ!!」
ディランは剣を弾き、分身に斬りかかる。だが分身はいとも簡単にそれをかわし、ディランの喉元に狙いを定めて突きを放った。ディランはそれを紙一重で回避する。
「この動きは……。紛れもない俺自身の物……!」
「言ったであろう。お前達は今から、自分自身と戦う事になると」
ディランが横目でアキトの様子を伺うと、彼も同じように剣を抜いて自身の分身と剣を交えていた。その顔には僅かに焦りの色が受け取れる。
「では我は高みの見物をといこうか。せいぜい潰しあえ」
ゴーランドはそう言い、部屋の奥に置かれた豪奢な椅子に腰を下ろした。
その椅子はこの教会に似た作りの部屋には似合わない玉座だった。彼はそこに座り、アキト達の戦いを見物するつもりのようだ。
「随分と舐められているみたいだな……。一泡吹かせてやりたいが、こりゃそう簡単にはいかないか」
分身と一旦距離を取り、ディランとリィンの様子を窺いながらアキトが呟いた。彼は少々困ったような笑みを浮かべていた。
「厄介な相手だ。こいつらは自分自身と全く同じ実力を持っている。これでは同士討ちになりかねん……。いや、こちらには体力の限界があるのだから、戦いが長引けばこちらが不利になる」
ディランも同じように分身から距離を取り、アキト達の元へ後退してきた。流石は一国の騎士団長を務める身と言うべきか。彼は極めて冷静にこの状況を分析しているようだった。
「お二人のサポートをしたくても、あれが邪魔してきて厳しそうです……」
二人の傍らで、リィンも焦りを含んだ声で言った。
リィンは魔法に関してはかなりの使い手だ。当然ながら自身と同じ実力を誇る分身も、リィンと同じようにかなり高い実力を持っている。この二人は回復や補助魔法以外の魔法――つまり攻撃魔法の類いは扱う事が出来ないため、妨害をしてくると言ってもイメージは浮かばないかもしれない。だが、リィンほどの実力があれば、相手が放った魔法に、自身も同じ魔法を寸分の狂いもなく全く同じ力でぶつける事で、相殺する事が可能なのだ。
リィンは分身にこの手段を講じられ、アキト達へ補助魔法をかけられないでいた。お互いに攻撃手段がない分、これは永久に続いてしまう流れと言える。
「――――でもやるしかない。そうだろう?」
策を巡らせる二人の前に一歩、アキトが踏み出した。彼は再び自身の愛剣である神剣イグゼクションを構え直し、静かに臨戦態勢に入った。
「ふっ……。違いない」
「何が出来るかは分かりませんが、わたしもやってみます!」
ディランも魔剣グリズオンを分身に向け、リィンも勇気を振り絞り一歩前に足を踏み出した。
「――――行くぞッ!!」
アキトが分身に向かって斬りかかった。アキトの分身はそれを剣で受け、容易く弾き返す。だがアキトの攻撃はそれだけでは止まらない。続いて放ったのは左足のローキック。鋭い蹴りが分身の腰に目掛けて放たれた。
それに対して分身は、恐るべき反応速度で腕を腰の位置に下げそれを防御する。そこへアキトは間髪入れず、サマーソルトキックを放った。分身はそれすらも躱したが、僅かに顎の先を掠めたのがアキトには感じ取れた。
ここで分身が反撃に打って出た。床に手を突き体制を整えようとしていたアキトの脳天に目掛けて、剣を振り下ろしたのだ。それを同じく剣で受けとめたアキトの顔が、僅かに歪む。
「流石は俺の分身ってところか……」
アキトは力を込めて剣を弾き返し、再び分身と距離を取った。だが分身はそれを許さない。一度は開いた距離を分身は一気に詰め寄り、アキトの首から胸にかけて斜めに斬りにかかった。アキトは下ろされる剣が自分を切り裂くその前に、手首を掴みそれを防ぐ。そして左手に持ち替えたイグゼクションでカウンターを狙う。
だがその剣が分身に届く事はなかった。
「!?」
イグゼクションがアキトの手から離れた。分身がアキトの左手首に強烈なこぶしによる一撃を食らわせたのだ。素手でも地を割るほどの力を持つアキトと全く同じ力を持つ分身の放った拳。いかにアキトと言えども、剣を握り続けている事は不可能だった。
「アキトさん!!」
分身の剣が、一瞬力が緩んだアキトの右手の呪縛を離れアキトを襲う。
鋭い刃が、身体を一閃する。
「何だとッ!?」
直前まで陰湿な笑みを浮かべながら戦いを眺めていたゴーランドが目を剥いて立ちあがった。驚きを隠す事が出来ないと言った様子だ。
斬られたのはアキトではなく分身の方だった。アキトは斬られる直前に身体を捻り一回転すると、左手で分身の剣を掠め取ったのだ。そしてそのまま力強く踏み込み、すれ違いざまに分身の右肩から斜めを剣で一閃した。
分身の背後でアキトはイグゼクションを振り、鞘に収めた。それと同時に、分身の姿が真っ黒い影のようになり破裂する。
「馬鹿な……。自身と全く同じ力を持つ己の分身に、どうして勝つ事が出来る……」
「不思議そうな顔しているな。俺がこういう事態を一度も想定したことがないとでも思ったのか? 何処で隙が生まれるのかなんて、自分自身がよく分かってるんだよ。意思のある俺自身なら防げたかもしれないが、命令のままに動くこいつじゃ無理だったみたいだな」
狼狽するゴーランドを前に、アキトは自分の胸に親指を突き立てる。
「目標とか超えるべき壁ってのが人それぞれある。だがな、いつだって最後に超えなきゃいけないのは自分自身だ。自分と言うのは、越える為にあるもんだ」
アキトはにやりと笑い、そう言い放った。
自身の分身に見事打ち勝ったアキト。
だが、まだディランとリィンの二人の戦闘は続いている。
「負けるわけにはいかない……。貴様にも、自分にも」
「わたしだって……、戦えるんだああああ!!」
熾烈を極める戦い。
疲弊していく二人。
――だが、アキトは信じている。
彼らが、自分に勝ってみせると。
次回『戦う意志』