討伐隊結成
「ま、ゆっくりしていってくれよ二人共」
ディランとリィンの二人を家へと招き入れたアキトは、縁側に隣接して作られた客間に彼らを通した。爽やかな風が入り込む部屋からはほのかに畳の匂いがする。
二人が座ると、彼らの前に即座にお茶が置かれた。一瞬でジンがお茶を入れて机に置いたらしい。ジンはその後、何か言葉を発するでもなく姿を消した。
「それでディラン。任務ってのは何なんだ? それとリィン、どうしてこんなところまでやってきたんだ?」
アキトはそれぞれに質問を投げかける。それに対してまずはリィンが口を開いた。
「わたしはアキトさんに改めてお礼を言いたかったのと、お伝えしたい事があったんですけど……」
リィンが僅かに右隣に座るディランの顔を見た。ディランはそれを不思議そうに見ていたが、彼の正面でその様子を見たアキトは何かを察したようで吹き出した。
「何となく分かったよ。大方ディランが街中で俺の事を斬るとか何とか言ってたんだろ? 多分昨日強盗から金を取り戻した時に、こいつもその場に居たんだろう」
「あの時か……。そういえば久々に貴様の姿を見たもので、つい口走ってしまったな。どうやら迷惑を掛けてしまったようだ。済まなかった」
ディランがそう言うと、リィンに向けて頭を下げた。リィンは慌てて彼を制止する。何事もなかったのなら、彼女としてはそれで良いのだから。
「でも普通ならわざわざ伝えに来ようなんて思ってくれないよな。ありがとう、リィン」
「い、いえいえ。お気になさらず!」
リィンは少し恥ずかしさを感じたのか、若干頬を紅潮させて首を振った。
「と、ところでお二人はどういった関係なんですか?」
恥ずかしさを誤魔化すためか、リィンがそんな話題を振った。それにはアキトとディランが同時に答えた。
「戦友だな」「斬るべき対象だ」
同時に放った言葉はものの見事に平行線で進み、交わる事はなかった。二人の間に僅かな沈黙が生まれる。その沈黙を即座に破ったのはアキトの一言だった。
「素直じゃないなお前も」
「黙れ、何も間違ったことは言っていない」
「随分丸くなったとは思うけど、もう少し素直になってもいいと俺は思うぜ」
「今この場でもう一度戦りあってもいいのだぞ」
「ま、まあまあ。そんな事より本題に入りましょう?」
見かねたリィンが会話に割って入った。そうしてようやく二人の会話が止まる。落ち着いたらしいディランは、少しばつが悪そうにするといよいよ本題に移った。
「さて、次は俺の任務についての話だな」
「あぁ、頼む」
「あのー、今更ですけどそれってわたしが聞いても平気な話ですか?」
「本来ならば避けるべき事だろうが問題なかろう。アキトの知り合いならば信頼に足りる」
そういう問題なのだろうかとリィンは思ったが、その任務について興味がないわけではない。聞いても問題がないと言うのならば、聞いてしまおうと彼女は思った。
「俺がシグライノにやってきた理由。それはある宗教団体の殲滅を命じられたからだ」
「宗教団体? わざわざ殲滅命令が出るくらいだから、余程ヤバイ集団みたいだな」
「あぁ……。お前が考えている以上に厄介な奴らだろう」
ディランの顔に苦笑いが浮かんだ。それを見てアキトの目の色も変わった。
「奴らが信仰するのはグレオ帝国の思想、及びグレオ帝国皇帝アルドレフ・シャルーザ・グレオだ」
その言葉が部屋に響き渡り、彼らの間に沈黙が生まれる。
アキトは黙り込んだまま、何かを悟った様な顔を。リィンは驚きと恐怖を顔に浮かばせながら。ディランは忌々しげに目を瞑りながら。それぞれがその重苦しい空気の中に居た。
「成程な……。それは厄介だ」
そんな中、真っ先に口を開いたのはアキトだった。
「ま、まさかまたグレオ帝国が再建されるなんて事は起きないですよね……?」
リィンの戸惑い混じりの質問に、ディランが即座に反応をした。
「そうならないために、俺が派遣されたのだ」
ディランはここに来てから一度も見せた事もないようなとても優しい笑顔でそう言った。不安がるリィンを安心させるためのその心遣いは、紛れもない騎士の振る舞いだった。
「安心しなよ。こいつの腕は確かだし、この話を聞かされたんじゃ俺が動かない訳にもいかない。その教団に好き勝手なんかやらせないさ」
随分簡単にアキトが言ったので聞き逃しそうになったが、どうやら彼もこの任務に参加する事に決めたらしい。確かにその時点で勝ちが決まったと言っても過言ではない。
だが、リィンは素直に安心をできないでいた。自分でもその理由は分からないでいたが、彼女の心中には不安がこびり付いていた。
「そうなると早めに動いた方がいいか。そいつらは何処に居るんだ? それと攻め込むのは何時になる?」
「奴らはシグライノから西に少し行ったところにある砂漠の洞窟の中に拠点を置いているらしい。攻め込むのは三日後の予定だ」
「レーオス砂漠か。あそこは滅多に人が寄り付かないからな。隠れるのにはもってこいだ」
「教団の規模はなかなか大きいようだ。そしてそのトップに君臨するのはグレオ帝国の幹部だった者だという噂がある」
「……まさか、そんな訳ないさ」
黙り込むリィンを尻目に、アキトとディラン両名は話を進めている。二人で作戦を練るその姿は、まさしく幾度と死線を潜り抜けて来た戦友同士のものだった。
暫くの間黙ったまま二人の会話を聞いていたリィンだが、意を決して彼女は声を出した。
「あ、あの!」
「ん? どうしたリィン」
「その任務に……」
「任務がどうした? リィン殿」
リィンは一度、言葉の続きを発するのに迷いを見せた。だがすぐに決心を固め、こう言った。
「――――わたしも一緒に行きます!」
こうしてアキト・ディラン・リィンの三人、グレオ信奉教団討伐隊が結成されたのだった。
二人の反対を押し切り、教団殲滅の任務へ同行することとなったリィン。
こうして結成されたグレオ信奉教団討伐隊は、シグライノの西にあるレーオス砂漠へと赴く。
彼らを襲う教団の構成員達。
グレオ信奉教団と、アキト達グレオ信奉教団討伐隊の戦いの火蓋が切って落とされた。
「本当に、同じ人間がやった事なの……?」
次回『任務開始』