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英雄目録フラーブルィ  作者: 蒼峰峻哉
ディアブロイ教団編
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情報収集

 仕事をしている身の人間は、いざ行動を起こそうと思っても簡単にはいかないのが世の常だ。それは彼女、リィン・フリントも例外ではない。元々、売上金を強盗に盗られた事が原因で店を飛び出してきていた彼女だ。その金が手元に戻ってきたのなら、彼女は急ぎ店に戻らなければならない。

 彼女の経営する飲食店は、二つある王都の出入り口である南門に程近い位置に店を構えている。そのおかげか、普段からそれなりの賑わいのある店だ。店の店主だった彼女の父親が事故で足を悪くしたのが原因となり、娘であるリィンが店を継いでから早二年。初めの内は慣れない事だらけで失敗も多かった彼女だが、今では仕事にも慣れ立派に店主としての役目を果たしている。

(早くあの人にこの事を伝えなきゃだけど、今は店に戻らなきゃ……)

 リィンは駆け足で店に戻りながら考えを巡らせた。アキトの居場所は誰も知らない。あのコートの男もまだアキトの居場所は掴んでいない筈だ。情報を得ようとするならば、まず確実に王都のメインストリートにある酒場に向かうだろう。その酒場は多くの人が利用する場所、もちろん旅人なども多く訪れている。そのような所には自然と情報が集まるものだ。リィン自身、店を閉めた後に酒場に行ってみるつもりでいる。

 そうこう考えている内に店の前まで辿り着いてしまった。乱れた呼吸を整え、リィンは店の戸を勢いよく開けるのだった。




 辺りはすっかり暗くなり、周りの店もその多くが店を閉めてしまっている。この付近はもう一足も少なく、この一角が寝静まったかのような空気を漂わせている。だが、それはこの近辺だけの話だ。メインストリートの方向はまだ空いている店も多く、未だに賑わいを見せている。当然、リィンの目的地である酒場もかなりの賑わいを見せている事だろう。春という事もあり、この時間になってもあまり寒くはないので、リィンは特に何か羽織ったりすることもなくそのまま酒場へと足を進めた。

 メインストリートに近付くにつれ人の姿も徐々に増えていき、彼女が酒場の前へ辿り着いた時には昼ごろには劣るもののかなりの数の人が道を歩いていた。酒場の中を覗くと予想通り大勢の人々が酒を飲み交わしたり、情報の交換をしている。

 リィンも迷うことなくその酒場の中へと足を進めた。彼女にとっても、この酒場は良く訪れる場所の一つなのだ。

「こんばんは。マスター」

「おぉ、リィンじゃねぇの。今日はどおしたんだよ」

 カウンターでグラスを磨く恰幅(かっぷく)の良いマスターは、リィンに声を掛けられるとその手を止めて彼女の方へ顔を向けた。

「ちょっと知りたい事があるんだけど、情報って入ってきてない?」

「ほぅ、これまた久しぶりだな。それで何が知りたいんだ? 店の料理に使うハーブの情報か? それとも東からやってくる行商人(ぎょうしょうにん)の情報か?」

 マスターはグラスにオレンジジュースを注いでそれをリィンへと差し出した。彼女は酒が苦手なのだ。リィンはそれを一口含み、喉へと流し込んだ。オレンジの酸味と甘みが口いっぱいに広がり、その香りが鼻から抜けていく。

「どれも魅力的だけど、今回聞きたいのは黒衣の武神アキト・ヒガミの居場所についての事なんだけど……」

 それを聞いたマスターは目を丸くして驚いていた。まさか彼女がそのような情報を求めているとは思いもしなかったのだろう。リィン自身も、まさかこんな情報を求めるような日が来るとは思いもしなかった。

「こりゃまたどうしてそんな事が知りてぇんだか。ま、客の事を詮索(せんさく)しようとは思わねぇがな」

「そうしてもらえるとありがたいかな。それで、どうなの?」

「あるにはあるが……。信憑性かなり低いぞ」

 リィンはそれでも構わないからと一言マスターに言った。それに応じるように、マスターは一度頷き口を開いた。

「この王都の外、南門を出て真っ直ぐ行ったところに小っせぇ山があんだろ」

「クロイト山ね。キノコを採りにわたしも良く行くけど」

 王都シグライノを南に少し行ったところに、クロイト山と呼ばれる山がある。標高は大した事はないが、代わりに横への面積はかなりの大きさを誇る。様々な動植物が暮らしている自然豊かな山だ。リィンも山菜やキノコを採るために、週一回は訪れる馴染みの深い山だ。

「そのクロイト山の何処かに、あの英雄サンの家があるらしいんだよ。山でソイツを見たって話も何件か来てるしよ」

「……確かに、あれだけ広くて木が生い茂っている場所なら身を隠すにはうってつけかも」

「残念だが、明確な場所は分かってねぇ。元より信憑性も低い話だしな」

「ううん。それだけ聞けただけでも充分だわ。ありがとマスター」

 リィンは残っていたオレンジジュースを一気に飲み干し席を立った。マスターに背を向け立ち去ろうとするリィンの背中に向けて、マスターは声を掛ける。

「目撃情報はクロイト山の中心を流れる川沿いに多い。その辺りを探してみると良いだろ」

 背中越しのマスターの声に、リィンは一度振り向き笑顔を見せて店を後にした。




「ほう……。クロイト山か。明日の夜明けと共に探索魔法を全域に掛けてみるとしよう」

 リィンとマスターが話をしているのを、そこから少し離れたカウンター席から酒を飲みながら聞いていた男が一人。コートこそなけれど、そのブラウンの髪や何より立てかけられた禍々(まがまが)しい細身の剣は、その男が先ほどリィンが目にしたコートの男だという事を物語っていた。

 男とリィン達との距離はさほど離れてはいなかったが、決して近いと言える位置でもなかった。静かとはとてもではないが言えない店内で、しかもこの距離で彼女らの会話を盗み聞きが出来るほどの聴力を持つのだから、やはり彼が只者ではないのは確かだ。

 リィンが話を終え店から出ていったのを確認すると、男もまたグラスの中に僅かに残った酒を飲み干し、続くように店を出た。

「さて、とりあえずは宿屋に向かうとするか。何をするにしても休息は必要なものだ」

 そうして男はメインストリートを王都の北門の方角に歩き出した。男は歩を進めながら剣の(つか)を親指で押し上げ、(さや)から僅かにを見せるとそれを再び坂に収める。男は瞳に静かな闘志を燃やし、夜の王都の闇へと消えていった。

次回予告


マスターから貰った情報通りにフロイト山へと足を踏み入れたリィン。

普段とは何か異なる山の雰囲気に戸惑いを見せる彼女。

そこでリィンは、森の中に結界が張られている事に気付く。

意を決し潜り抜けた結界の先で彼女が見たものは、アキトとローブの男が剣を交えている場面だった。


次回、『邂逅』

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