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その男、英雄につき

 ある春先の昼間。

 降り注ぐ日差しは温かく、それに当てられた草花達も次々と目を覚ます。それは植物や他の動物に限った事ではなく、人間達も同じように春の訪れを実感していた。

 ここ、王都シグライノの城下町もそんな人々で賑わっていた。春を迎え、店先に並ぶ品々もその顔ぶれを変える。品数も冬に比べれば遥かに多くなっているのが分かった。それに比例するかのように、城下町の繁華街にやってくる人々も次々と増えていく。この後も客足はさらに増えていくだろう。

 そんな街の雑踏の中に、男が一人。

 黒のローブで全身を隠し、まるで空気のように人混みに溶け込んでいるその男は、人の波に流されるままに歩を進める。そしてある店の前で足を止めた。

 ローブの男はそこで辺りを警戒するように二度見回す。そして店の中へと入っていった。店内には客はおらず、古着や時計、クローゼットのような家具といった古くなり売られてきたものが商品として置いてある。所謂(いわゆる)リサイクル店というものだ。

 男が少しの間並べられている商品を眺めていると、店の奥から二十代手前ほどの白髪の男が出てきた。

「来たね。頼まれていたのはもう出来ているよ」

 白髪の男はそう言うと、握りしめていた右手を開きその中身を男に見せた。そこにあるのは、中心に赤い宝石が埋め込まれた指輪だった。一見特に変わった様子はない指輪だったが、指輪からは何やら不思議な力が発せられている。

「その指輪は自由に大きさを変えられるから、好きなところにはめるといい」

 白髪の男がそう言うのを聞くと、男は無言でそれを受け取り、その指輪を左手の親指にはめた。

「左手の親指か。珍しい場所にはめるね。意味は何通りかあるけど、キミの場合は自分の信念を貫く、それに皆を導くってところかな」

 白髪の男は紅く光る目を細ませ微笑(びしょう)を見せた。まるで目の前の男の全てを知っているかのようなその表情に、男も小さく笑う。

「あぁ、報酬の方だけど、今回はそんなに手間も掛からなかったし、少しで良いよ。キミにはいつも世話になっているしね」

 それを聞いた男だったが、今まさに渡そうとしていた金をそのまま白髪の男へ押し付けた。白髪の男は驚きと困ったような表情を浮かべていたが、キミはそういうやつだったね、と一言微笑(ほほえ)みながら言った。

 ローブの男は金を渡し終えると、すぐにきびすを返して店を去る。背後では白髪の男が手を振りながら、また何時でもどうぞ、と言っていた。男はそれに答えるように手を振った。

 店を出たローブの男は、迷うことなく街の外を目指した。人の波は未だに変わらないままだったが、それでも誰にも当たる事なく、時に立ち止まり時に素早く前進し、着実に出口に向かっている。

 そうして後僅かで街の出口に辿り着くといった場所に男が辿り着いた。男は一息つくと再び歩みを進める。だが、男はすぐに立ち止まった。何やら出口の方が騒がしい。近付いてみると、どうやら強盗を働いた者が居るらしい。ちょうどその強盗が街の外へ逃げようとしているところに鉢合わせたのだ。

 強盗犯は二人。どちらも男で、一人は細身。もう一人は大柄で筋骨隆々とした体格をしていて、腰から剣をぶら下げている。見た様子から、素人ではないようだ。それに細身の男の腰に付けられた奇怪な形をした球体。恐らくあれは魔具だろう。となれば、魔法の心得があるに違いない。剣を持っている者も魔法を使える者もこの大陸では珍しくもないが、剣士と魔法使いなど一般人が相手をして歯が立つ訳がない。

 さて、どうしたものか。

 あの二人組は後少しで逃げおおせる事が出来るだろう。後を追っているのは盗まれた店の店主だろうか。まだ若い、恐らく十代後半の少女だろう。あれではたとえ追いつく事が出来ても、すぐに振り払われてしまうだろう。

 ――――仕方がない。

 男は先ほど手に入れた指輪の性能を試すために、少女に助太刀する事にした。男は左手の親指にはめた指輪を一瞥すると、足に力を込める。直後、力強く地を蹴った男の体が宙に舞う。そのまま強盗犯二人の頭上を一度回転して飛び越え、後ろ向きに着地し振り返る。二人を追っていた少女も、周りの野次馬も、目の前の二人も、それをぽかんとした顔を浮かべて見ていた。こういう反応をされるのも、彼は慣れたものだった。

「何だぁ、テメェは!?」

 二人組の内の一人。大柄な体格の男が怒鳴る。後ろでは細身の男が腰の魔具に手を掛けていた。

「俺の事はどうでもいいだろ。盗った金を早く返してくれないかな」

 こんな事で引き下がる輩とは思えなかったが、言わないよりかはマシだろう。それに話を引きずって自分の素姓が知られるのも、男にとってはあまり好ましくなかった。

「はっ、返す訳ねぇだろぉ! さっさと退きやがれ!」

 大男は剣を抜き、男に向かい切りかかる。対する男は武器を持っていない。彼らを追い掛けていた少女が、小さな悲鳴と共に目を塞ごうとした時。

 男が指輪を付けた左手を構え、そこに魔力を通わした。すると彼の頭上に迫る確かな重量のある鉄の剣が、大きな音を立てて消し飛んだ。突然の出来事に周りの人々、特に彼を斬ろうとした目の前の男は、驚きを隠せないでいる。

「おー、なかなか威力があるな。ほんの少しの魔力でここまでの力が出せるのか」

 男は指輪を眺めながら呟く。我に返った大男がそこをすかさず殴りつけた。だが、彼の拳は宙を切るのみ。理由は簡単だ。男が一瞬で彼の背後に移動したからだ。

「く、くらえ!」

 すると背後から細身の魔法使いの声が聞こえた。そちらを振り返ると、細身の男が腰にぶら下げていた魔道具をこちらに向けていたところだった。

 するとそこから握り拳と同じくらいの大きさの小さな火球が放たれた。凄まじいスピードで飛ばされた火球は、確実に男の体に直撃するはずだった。

「よっと」

 男は特に力む事もない脱力した状態で、あろう事かその火球を掴んで握り潰してしまった。それを見た魔法使いの男は、腰を抜かしたのかその場に座り込んでしまう。

「この程度の魔法を使うのにわざわざ魔具を使っているんじゃ、まだまだ三流だな」

 再び指輪に魔力を流し込む男。すると今度は、魔法使いの男の手に握られていた魔道具が消し飛んだ。

 そのさまを今までただ眺めているだけだった大男が、額に汗を流しながら口を開く。

「ホントに何者だよテメェ……!」

 大男は拳を力強く握り締めて、恨めしそうに男を睨みつけている。背後ではさっきまで座り込んでいた魔法使いの男も立ち上がり、こちらを睨みつけていた。挟み撃ちの形になった訳だが、男は全く動じていない。

「さぁ? 何者だろうね」

 男の軽々しい、何処かなめたような口調に、遂に堪忍袋の緒が切れたのか、強盗犯達は男に二人揃って殴りかかってきた。だが、その拳が男に届く事はなかった。二人が一歩踏み出した時には既に、男は二人を殴り飛ばしていたからだ。

 宙を二メートルほど舞った二人は、そのまま地面へと叩きつけられた。魔法使いの男はこの時点で意識を失ったようだったが、大男の方は体を鍛えているだけあってか、薄れかけているとはいえまだ意識があった。途切れていく意識の中、地面に突っ伏した大男が見たのは、あまりのスピードから彼の顔を頑なに覆っていたフードが脱げていくところだった。

 大男が見たローブの中の素顔。それを見た大男やそれを追っていた少女、他の野次馬達の顔が驚愕の色に染められていく。 

「まさか、テメェは……!」

 徐々に露わになる素顔。この大陸では珍しい黒髪と黒い瞳。肌の色もこの辺りではあまり見ない黄色人種のものだった。左目には、頭を一周する形で付けられた眼帯。この大陸では知らぬ者は居ない外見。その男の名は。

「世界を救った英雄。黒衣の武神、アキト・ヒガミ……!」

 五年前の大戦。アロンノイド総力戦。世界の命運を賭けたあの戦争で世界を救い、伝説となった男がそこに居た。


 

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