伝説になった日
地平線の彼方に朝日が昇り始める。辺りを照らす陽光は、これから始まる世界の命運を賭けた戦いの始まりを告げているのかもしれない。照り続ける陽光は、この場に居る者全員の緊迫した心に僅かながら温もりを与えた。
男は静かに目を開ける。遥か眼前には敵軍の姿が見えた。凄まじい勢いで進行を進めるその数、およそ五十万。対する自軍は僅か十万。誰から見ても、その差は歴然だった。誰もが口を揃えて諦めの言葉を口にするような状況で、彼らの顔に浮かんでいたのは諦めや絶望などではない。彼らの顔には絶望の色など欠片も浮かんでいない。そこにあるのは、確かな自信に満ちた顔のみだ。
兵士達の先頭に立つ男は一歩、足を前に踏み出す。男はその体に鎧など付けておらず、その姿はこれから戦争に参加する者の風貌にはとても見えなかった。左目には帯状の眼帯を付け、全身は黒を基調とした軽装を着込み、黒いローブを羽織ったその背中には、一本の剣をぶら下げている。
男は背に下げた剣を抜き、それを敵軍に向ける。
「行くぞッ!!!!」
男の声を皮切りに、兵士達は怒号を上げながら弓を射ったかのように走り出す。一斉に雪崩れ込む両軍。二つの勢力が衝突する先頭で、金属同士がぶつかり合う甲高い音が響いた。
男はそれを後ろから数秒眺めた後、一度大きく息を吸う。そしてゆっくりとその息を吐いた。大きく吸った息を全て吐き切った時、男は力強く地面を蹴る。風のように駆け出した男は、一瞬で戦闘の中心点に割り込んだ。男はその勢いを殺さす事なく、むしろその勢いを利用する形で、片手を地面に付けた低姿勢のまま剣を横に薙ぎ払った。
そしてその日、男は伝説となった。