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その人は、僕だとわかったとたん、その腰を上げて僕に抱きついてきた。膝で立ち、僕のお腹に顔をうずめて泣いていた。どうしたらいいかわからない僕は、少し戸惑った。だけど、いまだ泣き続けているその人をなだめようと、そっとその人の柔らかな栗色の髪をなでた。
「あの……静香……先輩?」
「っく……うぅ……」
嗚咽を漏らして、さらに力強く僕の背中に腕を回す静香先輩。なんで泣いてるのとか、何があったんだろうとか、どうしようとかいろんなことを考えてるけど、何にも答えは見つからない。ただ、頭をなでることしかできずにいた。いつも笑ってて、なんでもできるそんな姿ばかり見てたから、静香先輩の泣いたところなんて初めてで、この人が泣いてるのが信じられないでいる。どうしよう。僕じゃ何もできない。世間知らずで、こんなときどうすればいいのかわからないんだから。僕じゃ静香先輩の力にはなれない。
「静香先輩、泣かないでください。僕誰か呼んできますから」
「いいっ……夕貴君……しばらくこうしててっ……」
「あ……はい」
静香先輩が泣きやんだのは、それから数分たった後だった。今はそばにあったベンチに並んで座っている。目が真っ赤になった静香先輩は、指で涙をぬぐうと、少しはにかんだ。
「ごめんね、いきなり。困らせちゃったね。もう大丈夫だから」
「いえ……何もできなくてごめんなさい」
「ううん、久しぶりに頭なでられてちょっと落ち着けたよ」
「なら……よかったです」
「だめだなぁ。何にも言い返せなくて、悔しくて泣くなんて情けない」
「誰かに、いじわる言われたんですか?」
「まぁ、そんなとこかな」
「さっきどなってたのは、その人に……」
「……聞いてた?」
「風で何言っているかまでは聞こえませんでした。ごめんなさい、そんなつもりはなかったんですけど、声に聞き覚えあって気付いたら勝手に……」
「謝らなくていいから。大した会話してないし。最後は怒ってきっちゃったしね。……ねぇ、一個聞いていい?」
「はい?」
「夕貴君は……清桜のこと好き?」
「え……な……なななな何をいきなり……」
そんな思いもよらない質問をされて、顔が瞬時に熱くなる。きっと真っ赤だろう。さっきの話と何の関係もなさそうな気もするけど、静香先輩の目は真剣。これは、こたえなければいけないのかもしれない。
「……はい……」
「そう。そっか……。まだ、そのことは清桜には……」
「言えてません……」
「でも、言う気はあるよね?」
「それはもちろん……でも最近会えてないので……」
「そっか、言えるといいね。応援してるから頑張って」
「はい……じゃ、僕もう帰ります」
「うん、またね」
「はい」
ベンチから立ち上がり、帰ろうと歩く。ふと、歩みを止め振り返る。
「夕貴君?」
「あの、僕……よわっちくて、全然頼りにならないかもしれませんけど……。でも、静香先輩泣いてるの嫌です。……だから、僕にできることなら……力になりたいです……。ほんと、頼りがいないかもしれませんけど……。僕でいいなら、力にならせてください」
「……うん。あ、そうだ、じゃあさ今度の土曜日僕に付き合ってくれる?」
「土曜日ですか?別に何もないのでいいですけど……どこへ?」
「んふふ、秘密。楽しみにしてて」
「はい」
柔らかく笑った静香先輩の姿を見て、安心した僕は寮へと帰った。
少しは誰かのために頑張ってみようと思った夕貴だと思いますね。
次は静香先輩とデートかな?(そうなの?)




