*36*
あのときはただ、何が何だか分からなかった。学校に通うというのは、それこそ初めて見たいなもので、周りは知らない人ばかり。人見知りというわけではないけど、これからどうすればいいのか暗中模索していた。右も左もわからないまま、僕はいつの間にか会計になってた。そうだ、その時言われた、会長の言葉を忘れたまま。ううん、受け入れてはいけないんだと思いながら、今まで過ごしてきた。
今まで僕は、自分のことを周りより必ず下だと位置づけていた。誰からも必要とされず、受け入れられず。僕は一人ぼっちでこれからもいるんだと。少ないけどできた友達さえ、それは僕の友達じゃない。だって、みんな本当の僕を見てはいないんだから。そう思っていた。
そしてそれは会長にも当てはまるんだと思っていた。会長も、夕貴ではなく朝貴を見てるんだ。そう思って、青葉先輩とか、榊原先輩みたいに呼ぶことをしなかった。できなかった。今思えば、それがなんでだったのか、理由を見つけることはできない。なんでだったんだろうか。心の奥底で、この人が優しいのは朝貴だと思ってるからだとか、朝貴じゃなく夕貴だと知られたらきっとこの人の中からも僕はいなくなってしまうと思ったからだろうか。怖かったんだ。そうやってまた一人、また一人と誰かから存在していないと思われるのが怖かった。
それなのに、会長は最初から僕を見ていたんだ。朝貴以外で、河合さん以外で僕を見てくれる人がいる。家族じゃないのに、なのに僕を知っていてくれた。僕に気付いてくれていた。僕を好いてくれていた。
「あのときも本当は、君なんて他人行儀ないいかたしたくなかった。でも、あの場には良介も淳もいたから、言えなかった。今思えば、3年前に決めたことは間違っていたのかもしれない」
「決めたこと?」
「今となっちゃすっごく笑えるけどさ、俺が夕貴のそばを離れたのは此処に入るためだったんだよね」
「黎暁学園にですか?」
「俺さ、医者になりたかったんだ。で、大学にも行くけど、此処の理事長がそっちの道目指してたこともあって、俺の将来的にはいろいろ役立つって親がね。知り合いみたいだし。だからまず、此処に入る必要があったんだ。そのために、俺は北條家に関わることを禁じられた。その間にあんなことがあったなんて、後悔ばっかり。親の言うことなんか聞くんじゃなかったよ。だめだね。めったにしないことはするもんじゃないよ」
「医者になりたかったって……もう、目指してないんですか?」
「んー、どうしようかなってね。俺が医者を目指す理由無くなっちゃったし、こんな時期だけど進路変更しなきゃダメかなぁなんてね」
「理由って……なんですか?」
「夕貴」
「僕?」
「体弱かったじゃん?昔から、何とかしてあげたいなって思ってた。夕貴いつも笑ってたけど、でもやっぱ学校行きたいだろうし、遊んでたかっただろうなってさ。俺が見るといっつも本読んでたからさ。体が弱いのはどうしようもないかもしれないけど、でも少しでも何かしてあげられるなら、してあげたかったからさ。でも、もう元気にこうして学校通えてるならいいかなって。まだ運動は無理そうだけどさ」
僕のために、自分の将来を考えるなんて。何でそんなことまでできるんだろう。好きな人のためになら、自分の将来をつぎ込んでもいいんだろうか。そんな風に決められるこの人がうらやましい。
「将来の夢……」
「そういえば、俺夕貴の将来の夢知らないな。ね、何?」
「僕の将来の夢……?」
なんだっけ。あれ、なにかあったっけ。もともとなかったのかな。だめだ、そのあたりから思い出せないや。でも、なんだろう、何かあった気がする。なんだっけ……。
『僕ね、いつか――――になりたいんだ』
今の声は……朝貴?ううん、ちがう。僕って言ってたからこれは僕?そうだ、思い出した……。そうだあの時僕は確かに夢を話したんだ。朝貴に。誰にも言わないでって言って。そう、実現できるかわからなかったから、秘密にしてって言って。そうだ、それで言わなかったんだ。
「夕貴?どうかした?具合でも悪い?」
「僕……ね、いつか小説家になりたいんだ……清ちゃん……」
「ゆ……!?」
そう言ったあと、僕は意識を手放した。それから目覚めるまでの間、僕はとても素敵な夢を見たんだ。忘れてた日々の記憶。それがどんどん思い起こされる。そしてそこには確かに、今とは髪の毛の色が違う、けどまぎれもない会長の姿もあった。あのとき、手を差し伸べてくれたのも、僕をおんぶしてくれてたのも全部。全部会長……ううん、清ちゃんだったんだね。
補足情報
清桜はまず親が嫌いですね。
自分の家が大っきらいなのです。なのでいろいろ反抗心あったりします。
その一つがあの髪の毛。紫に染めたのが実は反抗心の表れとかなんか子供っぽいことしてます。もとは黒いです。でも、いまさらなぜに紫なんだと突っ込みたくなりますね。金でも赤でもよかっただろうに。紫なんてどっかのおばちゃんじゃないか。まぁ、金とか赤はありきたりだからあえて避けたのかもしれませんが……
夕貴が小説家を目指したいと思ったのは小学生の時です。
そのころはまだ体がよわっちかったときなので、毎日本ばかり読んでたんですね。
それで、いつか自分もこんな作品書けたらなっていう、あこがれからですね。
次回で真実編は最後。
その次からはいよいよ……