魔法でGO
少し雪が降る朝、細山真は人を待っていた。
手袋をしているが、冷蔵庫に入っているかのように冷たいので、息を吹きかける。
皆、家にこもっているのか、外で立ちつくしているのは真のみで、リュックを背負い直す。
歳は20代、厚手の格好をしており、雪だるまみたいに丸々として見えなくもない。
「ーおーい。待った?」
待ち人ー阿部貴之がやって来て、真はほっとする。
手を上げると、
「待った。全く寒いのに、俺を待たすなんて」
と文句を言う。
吐く息は白く、自然の美しさに触れているようだった。
真は側にやって来た貴之を見つめる。
端正な顔に、オシャレな格好。
自分もセンスは悪くないのだが、女だったら惚れているよなというタイプだった。
「よし、じゃあ行くか」
「その前に」
真は手袋を何故か外すと、手を差し出す。
「魔法のハンドクリーム、ちょうだい」
「分かった。えっと…」
貴之はリュックからハンドクリームを取り出す。
赤いパッケージで、彼は気軽な様子で渡してくる。
真は受け取ると、蓋を開け、手の甲に出す。
一見、何の変哲もないハンドクリームだが、塗り始めると、身体がかあっと熱くなってくる。
まるで夏の陽気の中にいるようで、貴之にハンドクリームを返す。
「サンキュ。うわ、熱」
真は手で顔を扇ぐのだが、冷たい風は避けるように、通り過ぎていく。
ー便利だよな。ホッカイロを使うよりも、熱いもの。
ほうと息を吐き出すと、貴之がリュックを背負い、言ってくる。
「じゃあ、行きますか」
「おう。俺に任せておけ」
真は親指を立て、にこりと笑うと、ダウンジャケットのポケットから、あるものを取り出す。
それはファスナーで、真が手を放すと、何と宙に浮いて真っ直ぐに伸びる。
その長さは真の身長より少し長く、ファスナーに手をかける。
「よし行くぞ」
「楽しみ!!」
真がファスナーを開くと、宙が裂かれて入り口となる。
2人は気にせず、中へ入って行くと、遊びたかった場所へたどり着く。
「よっしゃ!! 着いたぞ、USJ!!」
「やったあ!! 遊びまくるぞ!!」
貴之も興奮し、軽くジャンプする。
真の身体はぽかぽかで、頬が赤くなっている。
「魔法のハンドクリーム、すごいな。ずっと熱いままだ」
そう言うと、貴之が胸を張ってくる。
どうやら彼も塗っているようで、2人とも寒いとは言わなかった。
「さて、閉めますか」
真がファスナーに手をかけると、ゆっくりと閉めていく。
すると急に普通の縄のように崩れ、両手で受け止める。
「誰にも見られていないよな?」
「うーんと、大丈夫。早くしまえ」
「おう。…ありがとうな、魔法のファスナー」
丸めてリュックにしまうと、優しく背負い直す。
ー行きたい場所に行けるんだから、便利だよな。
魔法のファスナーを知っているのは、貴之くらいのもので、他には誰も知らなかった。
それだけ貴之のことを信頼しており、双子みたいに濃密な関係だった。
「こっちは晴れているんだな」
貴之が空を見上げ、ぼそりと呟く。
真も空を見ると、灰色の雲に押されつつ、太陽が弱い光を放っていた。
まるで邪魔するものに負けないように、手を伸ばしているようで、真は何となく手を上げる。
「どうした?」
「うん? 何となく太陽が淋しそうに見えて」
「太陽が? …うーん、まあ、そう言われれば、確かにな」
孤軍奮闘しているようで、頑張れと応援したくなる。
それが伝わったのか、風が吹いてきて、涼しさを与えてくれる。
ー1人じゃ辛いものな。仲間がいてくれたほうがいい。
真は貴之をちらりと窺う。
彼と出会えたから良かったが、ずっと1人で耐えてきたので、側にいてくれる存在はありがたかった。
ー何で人間は群れるんだろう? 自分を守るため? それとも一緒にはしゃぎたいだけか?
真は疑問を抱いたが、答えはない。
別に気にしないが、ふと口をついて出る。
「貴之、俺のこと、どう思う?」
「は? 何だ、急に?」
「いいから。その、俺ってどう?」
「そうだな…」
貴之は腕を組むと、ゆっくりと答えてくる。
「淋しがり屋のうさぎ」
「…は? うさぎ? 俺が?」
「そう。赤い目をして、泣きそうになっているのに、我慢している馬鹿」
「馬鹿って、あのな」
真は怒るつもりはなく、口に手を当て、考える。
ーそうか。淋しがり屋か。そうかもしれない。1人で背負っているものが多すぎるからな。
誰にも言っていないのに、貴之だけは本心を見透かしてくる。
ー淋しがり屋のうさぎは、貴之も一緒だけどな。俺達、2人でいたほうが強くなれる。
2人で支え合うからこそ、1日1日を大事に生きようと思える。
誰かのためなら、真は負ける気がしなかった。
「さて、USJに入りますか」
「ちょっと待って。写真を撮ろうぜ」
真はスマホを取り出すと、貴之を手招きし、くっつくと写真をパシャリと撮る。
すると天気がいいことあり、綺麗に撮れたのだった。
「うわ、俺らの顔って、こんな感じなんだ。かっこよくない?」
「かっこいいに決まっているだろう?」
「そうなのか。後でSNSにあげてもいい?」
貴之に確認を取ると、彼は恥ずかしそうにうなずく。
「SNSにのせるのか。恥ずかしいような、でも評価が欲しいような」
「うーん、そうだよな」
真は賛同しつつ、考える。
ー人間、評価が気になるからな。もしSNSにあげて誹謗中傷になったら困るし。大事にとっておくか。
真はスマホをポケットに入れると、貴之に向かって声をかける。
「SNSはやめておく。2人だけの思い出にしたいから」
「そうか。俺、変な顔で写っていないよな?」
「馬ー鹿。イケメンのくせに、何を言っているんだよ」
真は貴之の肩を強く抱きしめると、笑い出す。
貴之も最初は戸惑っていたが、少しずつ頬を緩ませる。
「早く遊びに行こうぜ」
「そうだな。何なら女の子に声をかけるか?」
2人はにやりと笑うと、今日1日を楽しもうとするのだった。
「まずはどこから行く?」
「えっと…」
貴之は自分の意見を強引に押しつけず、いつも真に聞いてくれる。
優しい心の持ち主で良かったと、本気で思う。
ー大事にしなきゃ。貴之を傷つける奴は許さない。絶対に。俺を認めてくれる人だから。身体をはって守る。
真は1人で決心すると、貴之の腕を引っ張る。
「入り口まで競争だ!!」
「お、そうきたか。急げ!!」
2人ははしゃいだ声を出すと、駆け出す。
熱い身体にはちょうど良く、雲を避けた太陽が、顔を出したみたいに、2人も輝いて見えるのだった。




