理不尽な左遷先
「女性初の王宮捜査官」という肩書きは、王都の男たちにとって、よほど居心地の悪いものだったらしい。荷馬車に揺られながら、私は窓の外に広がる代わり映えのしない田園風景を眺めていた。つい数ヶ月前まで、私は王都を震撼させた「吸血鬼の連続猟奇殺人」の現場に立ち、血溜まりの中に残されたわずかな粘膜の差異から、犯人が吸血鬼ではなく、その特性を模倣したただの狂信者であることを暴き出した。あるいは、貴族街で囁かれた「悪魔との契約」による失踪事件。プロファイリングによって、それが悪魔の仕業などではなく、杜撰な帳簿を隠蔽しようとした会計官の自作自演であることを証明したのも私だ。
「君は優秀すぎる。だから、少し頭を冷やしてくるといい」
無能な上司が差し出したのは、昇進辞令ではなく、この最果ての地への転属届だった。彼らの目には、真実を射抜く私の鑑識眼が、自分たちの無能さを照らし出す不快な鏡に映ったのだろう。
「痛っ!」
馬車が激しく跳ね、私の頭が屋根にぶつかりそうになる。王都の石畳に慣れた身には、この泥を固めただけの未舗装路は拷問に近い。私は乱れた淡金の髪を指で整え、深くため息をついた。
「す、すみません」
「いいのよ。あなたは悪くない」
御者の男性に投げ返す。御者の彼は嘘をついていなかった。私の視界の端で、彼の言葉が「真実」の淡い光を放つ。
……でも、これだから世界は嫌い。
私の魔法は、相手の心根に関わらず『言葉の真偽』だけを無機質に突きつけてくる。王都では、この光のせいで何度反吐が出そうになったことか。「君が一番だよ」と囁く恋人の言葉が真っ赤な嘘(偽り)だったり、「信頼している」と肩を叩く上司の言葉がドス黒い嘘だったり。
感情の機微も、愛の囁きも、私にとってはただの『論理的矛盾』の確認作業でしかない。だからこそ、この御者のように「仕事のことしか頭にない、嘘をつく暇もない人間」だけが、今の私には唯一の癒やしだった。
それに彼の(指節骨のタコの位置を見れば一目瞭然だった。手綱を握る位置が1mmも狂わず固定されている。これは最低でも10年間、私生活の全てを排して馬車を駆り続けた「職人特有の筋萎縮」を伴う痕跡。恋愛や娯楽に現生を割く余裕など、この男性のバイオリズムには微塵も存在していない証拠。信頼に値する、ただの仕事人間) 魔法や簡易的な素性透視で善人だと分かる。
窓の外では、錆びついて文字の潰れた看板が、風に吹かれてキイキイと泣いていた。かつては鮮やかだったであろうキュートなアプリコットのマスコット看板は、今や腐りかけの果実のように薄汚れている。
「着いたよ、リナリア。ここが僕たちの新天地、アプリコットだね。……おやおや、看板の足元に動物の死骸の跡。二日前くらいですかね〜」
相棒のゼノは相変わらずみたい。
彼はどんな事件でも楽しんでいる。ある意味羨ましい。
私たちは馬車を降り、埃っぽい風を突き抜けて衛兵詰所へと向かった。
泥にまみれた辺境の風景の中で、私たちの姿はあまりに異質だった。
二人揃って、金細工の装飾が散りばめられた純白の革装備。最高級の魔獣の皮をなめしたそれは、鈍い光沢を放ち、泥跳ね一つ寄せ付けない。
特に私の肩に羽織られた「深紅の裏地を持つ純白の魔導ローブ」は、王宮魔導院の重鎮が「君の知性を安っぽい男たちに汚させないためだ」と、特例で支給してくれた一級品だ。私を疎む無能な上司とは対照的に、私の真価を知る理解者が王宮の深奥にまだ僅かに残っていることだけが、今の私の唯一の矜持だった。
それに対し、隣を歩くゼノの出立ちときたら。
抜けるような青空を瞳に宿した、彫刻のように整った顔立ち。その美貌をさらに際立たせる白銀の軽装鎧を纏い、腰には繊細な細工の長剣を提げている。実力も容姿も申し分ないのに、彼が醸し出す雰囲気は、捜査官というよりは今から舞踏会にでも向かう貴族の御曹司のようだ。
そして詰所の中は、挽いたばかりのコーヒーの匂いと、緊張感の欠片もない笑い声で満ちていた。私は懐から金の紋章を取り出し、魔法で役職を浮かび上がらせる(王宮捜査官)。
「王都より派遣された王宮捜査官のリナリア・スクリクトよ。こっちが相棒のゼノ。さっそく事件書類の受け渡しをお願い」
コーヒーを啜っていた大柄な男。(右腰のベルトだけが不自然に磨耗し、金属疲労を起こしている。この村の標準的な衛兵装備の重量配分から計算すれば、そこに重厚な「指揮官用長剣」を20年以上提げていた証拠。加えて、彼の呼気から検出されるわずかなアルカロイド反応。この安物のコーヒーに含まれるカフェインの摂取量と、眼球の毛細血管の拡張具合を照合すれば、彼が慢性的な睡眠不足、つまり責任ある立場(衛兵長)としてこの怠惰な詰所を管理していることは明白) 衛兵長の彼は目を細めて私たちを見た。
(好奇心ね。でも目を細めても、子犬みたいな目をしている)
「あんた達が噂の王宮捜査官か。ハッハッ、意外と普通なんだな。悪魔の舌をネックレスにしてぶら下げて来るかと思ったよ」
(犬より知能は低そう)
「いいから、手続き通りやって。」
私の冷徹な催促に、衛兵長の彼は面白そうに鼻を鳴らす。
「あんたおかたいな。さては恋人いないだろ〜」
(最高の職場になりそうね)
「ハハハ、よく見抜いたね〜。君、捜査官の素質あるよ」
横からゼノが、わざとらしく拍手しながら割り込んでくる。
「やっぱりか! ハハハ。よく言われるんだ」
「……ゼノ。黙らないと、その口縫い合わせるわよ」
私は衛兵長らしき彼を射抜くような視線で見据える。
「知ってたかしら? 王宮捜査官の権限って、王の代理で捜査を行っているの。今のは王への侮辱(不敬)として報告するわよ?」
「…………」
衛兵長の顔から血の気が引いていく。コーヒーを置く手がわずかに震えていた。
「リ、リナリア捜査官。書類の用意ができるまで、あちらでコーヒーでもいかがですか? 特産のアプリコットもご用意しますよ」
「早くね」
(図体に比べて、意外と肝っ玉は小さいようね)
私は背を向け、奥のソファへと歩き出す。背後でゼノと衛兵長のヒソヒソ声が聞こえてくる。
「ゼノ捜査官、あんた面白いな。気に入ったよ」
「君もね。名前はなんだっけ?」
「アルバインだ」
「よろしく、アルバイン」




