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第一章(3)

 学園に入学して十日ほど経ち、なんとなく学園生活にも慣れてきた。

 授業が終わり、図書室にでも寄ってから帰ろうと思っていたら、アーヴィンがテスト片手にこちらにやってきた。教室内には、まだ半分ほどの人が残っているのに何ごとだろうかと、つい身構えてしまう。


「イレーヌ。君、この問題が解けたのか?」


 私の目の前に答案用紙をつきつけたアーヴィンだが、最後の問題には見事、×がついていた。


「ええ、それが何か……?」

「それが何か、じゃないよ」


 バンッ! と、アーヴィンは答案用紙を机の上にたたき付ける。


「俺は何度やってもこれが解けないんだ。教えてくれないか?」


 入学してすぐの実力試験が、つい先日、行われた。その結果が今日の昼休みに掲示板に貼り出され、私はなんとか一位を取った。アーヴィンの名前の上に私の名があったときは、心の中で拳を握ったくらいだ。


 新入生代表の挨拶をアーヴィンにとられたのが、よっぽど悔しかったらしい。意外と自分は負けず嫌いなんだなと、学園に入ってから気づいた。


「えぇ、いいわよ? 今?」

「あ、帰るところだったか……」


 悪いことをしたと言わんばかりに、アーヴィンが顔をしかめた。


「図書室に行こうと思っていたから。まだ、時間は大丈夫よ」


 手にしていた鞄を机に戻し、もう一度、椅子に座る。アーヴィンも隣の席から椅子を引っ張ってきて、同じ机に向かって座った。


 彼が机の上に問題用紙を広げたため、私は問題の要点を説明していく。


「イレーヌさん、また明日」


 そんな私たちに声をかけて教室を出ていく級友には「また、明日」と返すが、アーヴィンは軽く手をあげただけだった。すると彼女たちは頬を赤らめ、軽く頭を下げて去っていく。


「君は人気者だな」

「そうかしら? 人気者といえば、で……アーヴィンのほうでは?」


 学園の方針がいくら「平等」といえども、王弟殿下の名前を呼び捨てにするのに抵抗はあった。しかしアーヴィン本人からしつこく、それも三日くらい続けて「俺のことはアーヴィンと呼んでくれと言っただろう? なんなら、愛称のヴィーでもいいが」と言われたら、私だって折れるし、さすがに愛称は……ということで名前呼びに落ち着いたのだ。それだってまだ慣れない。


 アーヴィンがそんなことを言い出したのは、彼がクラス委員長、私が副委員長に任命されたのがきっかけである。お互いに名前で呼び合い、親しい関係を築きたいとアーヴィンが提案したのだ。どうせなら、仕事のやりやすい環境のほうがいいだろうと。


 彼の意見に反対するわけではないが、それでもアーヴィンは王弟という立場にある。学園に入学したばかりの私にとっては、彼は級友というよりは王弟という印象がまだ強い。


 このクラスでは誰よりもアーヴィンが、学園の方針に馴染んでいるようだった。それでも他の人は恐れ多いからと「アーヴィンさん」と呼んでいるというのに、アーヴィンはそれすら私に許さなかった。


 理由はクラス委員長と副委員長の仲だから。その二人の間に壁ができてしまえば、円滑なクラス運営は行えない。


 そのように力説されてしまえば、拒否するだけの理由が見当たらない。


「そうかな?」


 アーヴィンは苦笑しつつ首を傾げる。


「そうよ。誰にも分け隔てなく接する学園の方針を忠実に守っていらっしゃるでしょう?」

「それでも、俺に気さくに声をかけてくるような生徒はあまりいないけどね」


 おどけて肩をすくめる様子を見れば、彼が本気で悩んでいるとは思えない。やっと他の級友たちと適度な距離感を掴めたとでも、内心ほくそ笑んでいるのだ。


「ほら、さっさとテストの見直しの続きをするわよ」


 これ以上、アーヴィンの無駄話に付き合っていると、彼という存在を意識してしまいそうで怖かった。私は表情を引き締めて、問題の解説を続ける。


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