閑話:リンダ(2)
リンダが二学年に進級したときには、Dクラスに配属された。意図的にDクラスを選んだわけではなく、実力でそうなってしまったのだから、仕方ない。とりあえず自分でできることを頑張って、無事に卒業できればいいやと、そう思っていた。
「あれ、君は?」
昼休みに、教師から頼まれて教材の副読本を移動教室先へと運んでいたとき、シオドアが声をかけてきた。
「あ、ポーレット公爵家の……」
リンダがあたふたしつつ挨拶をしようとするが、両手がふさがっているうえに視界の見通しも悪く、どうしたいいのかとまごまごしてしまう。
「ああ、シオドア・ポーレット。確かにポーレット公爵家の者だが、学園の教えは平等だからね。家の肩書きは気にせず、名前で呼んで」
リンダの両手が軽くなったと思ったら、シオドアが教材の半分を持ってくれたのだ。
「第一理科室?」
「あ、はい」
「あの先生、すぐに生徒を使うよね。こうやって教材運びに」
親しげなシオドアの言葉が嬉しくて、リンダもつい顔をほころばせる。
「たまに言ってみたらどうかな? 自分で運んだらどうですかって」
「そんなこと、恐れ多くて言えないですよ」
それに教材運びを手伝ったから、シオドアと肩を並べて歩いているのだ。悪いことだけではない。むしろいいことがあった。
「はい、着いたよ」
両手がふさがっているというのに、シオドアは器用に第一理科室の扉を開けた。
机の上に教材を置き、「ありがとうございました、助かりました」とリンダは礼を口にする。
「君も、一人で持てないと思ったら誰かに頼まないと。いいように使われるだけだよ」
「そうですね。でも今日は、シオドアさんが手伝ってくれたので……」
リンダは、ぽっと頬に熱が帯びるのがわかった。
「なるほどね。そういえば、君の名前を聞いていなかった。卒業パーティーで、一緒に踊ったよね。あのときからかわいいなと思って見ていたんだけど。踊った後に、名前を聞くのを忘れたと思って後悔していたんだ。そして今、君が重そうに教材を運んでいたからね。つい、声をかけてしまった」
それは彼がリンダに対して好意をもってくれていると解釈していいのだろうか。期待に胸を弾ませる。
「リンダ・ミラーです」
「ミラー? ミラー男爵の?」
「父をご存じなのですか?」
「まぁ、そうだね。ミラー男爵領では葡萄を作っているよね?」
シオドアが言うように、領民は荘園で葡萄作りに励んでいる。それらを一部加工して、葡萄酒や葡萄水にしているのだが、これがわりと評判がいいらしい。
「はい」
「ミラー男爵領の葡萄水、好きなんだよね。さすがにまだ、葡萄酒は飲めないけれど」
「そうなんですか?」
シオドアの「好き」という言葉がリンダの心に刺さった。
「嬉しいです。両親にも伝えます。きっと父のことだから、調子にのってたくさん送ってくれると思います」
「はははは。そのときはありがたくいただこうかな」
これを機に、リンダとシオドアの関係はぐっと近づいて、顔を合わせれば声を掛け合うようになり、次第に約束をとりつけて二人きりで会うようになった。
これはデートといっていいのだろうか。お付き合いをしているといっていいのだろうかと、リンダの期待は膨れるばかり。
しかし、そんなリンダの耳に飛び込んできたのが、シオドアがロイル侯爵令嬢のイレーヌと婚約したという話だった。シオドア本人から聞いたわけではなく、級友たちが話していたのが聞こえてきたという感じである。
てっきりシオドアとは深い仲になったと思っていたのに、それは自分の思い上がりだったのだろうかと肩を落とした矢先に、彼のほうからその件について教えてくれたのは、二人でカフェに出かけたときだった。
「リンダ。僕の婚約のことを聞いているかもしれないが」
いつも以上に真剣な表情で話し始めたシオドアの言葉に、リンダも耳を傾ける。
「イレーヌ・ロイルと婚約した。彼女は僕と同い年で、父がロイル侯爵家と繋がることを望んだ」
家のための結婚という話は昔からよくあることだし、リンダだってそういった相手を探さなければならない。その相手がシオドアだったらいいなと、密かに想いを寄せていただけなのだ。
「僕はイレーヌを愛しているわけではない。僕が好きなのは……リンダ、君だ」
不意打ちのような告白に、喜びと戸惑いが入り交じり、リンダは落ち着きなく目をきょどきょどさせる。
「だが……悪いが、君とは結婚できない。父が、僕の相手として君を認めない」
今度は奈落の底に落とされたような絶望感に襲われ、テーブルの上に置いてある手が震えた。しかしその震える手を、シオドアの手がやさしく包む。
「リンダ。僕を信じてほしい。君とは結婚できないが、僕は君と一緒にいたいんだ……」
「それって、どういう……?」
確認したいのに、尋ねてはいけないような気分にすらなる。
「イレーヌと結婚するのは二年後。まずはそれまで、僕の恋人になってくれないか?」
触れた手から伝わる彼の体温に、すっと心がやわらいでいく。
「わたしでいいのでしょうか?」
期間限定の恋人とはいえ、彼に恋心を抱くリンダにしてみれば、気持ちが天にも昇るような話なのだ。
「ああ、君がいい。もちろん、二年後のことも考えておくから」
シオドアから熱のこもった瞳を向けられ、リンダはこくりと頷いた。
次の更新は4月になってからの予定です。
次こそはラストまで一気に更新したい!!
お待ちいただけると幸いです。




