第四章(8)
離れを後にした私は、早速、アーヴィンの元へ向かう準備を整えた。手土産は、無難だが焼き菓子にしてある。王都の有名店の焼き菓子を用意しようとしたのに、エマが「奥様、一緒に作りませんか?」なんて誘ってくるものだから、彼女に手伝ってもらいながらクッキーを焼いてみた。
舌の肥えた彼の口に合うかは非常に不安だったが「何を言ってるんですか、愛情が美味しさの秘訣なんですよ」とエマが励ましてくれて、なんとか最後までやりきった。
ヘルナントにはシオドアの様子を告げ、お茶会には私だけで参加する旨を伝えると、やはり苦い顔をしていたが「仕方ありません」と、渋々納得していた。
ロンペル子爵家が所持する馬車も、すべてはポーレット公爵が用意してくれたもの。それにエマと護衛を連れて、一緒に乗り込んだ。
王城までは馬車で二十分程度。公爵邸は王都の中心部にあるが、ロンペル子爵邸はそこからは少し外れた場所にある。どうしても爵位の高い者が中心に集まり、そこから離れるにつれ、下位貴族、そして平民が住んでいる区画になる。学園は王城の隣に建っており、それだけ学園は王族と密な関係ともいえる。だから学園卒業後は、王城勤めをするような者が多い。
王城に着くと、係の人がすぐに案内してくれた。きっとアーヴィンの采配なのだろう。私たちが来たら案内するようにと伝えていたにちがいない。
天光の庭は、王族の中でも王子たちが管理する庭だと聞いている。セリウス王子はまだ成人を迎えていないため、アーヴィンがこの庭の管理者になっているはず。
「ロンペル子爵夫人」
すでに東屋でくつろいでいたアーヴィンは、私たちの姿を見つけると立ち上がり、破顔しながら手を振った。
「ご無沙汰しております、王弟殿下」
本当は、アーヴィンとその名を呼んで、駆け寄りたいところをぐっと堪え、スカートの裾を持ち上げて淑女の挨拶をする。
「ははははは、堅苦しいな。同じ学園で学んだ仲じゃないか。ところで、子爵の姿が見えないが?」
「大変申し訳ございません。夫は、ここにきて疲れがたまったのか、昨夜から体調を崩してしまい、一晩経ったらよくなるかと思ったのですが……。こちらは夫からのお詫びの品でございます」
エマが贈り物を渡そうとすると、アーヴィンが侍従に目配せする。
「そうか、それは大変だ。あとで、お見舞いの品を贈らせてほしい。では子爵夫人、どうぞこちらに」
アーヴィンに促され、私は席につく。
天光の庭の東屋は、白い円筒がかわいらしい建物だ。それに合わせて用意されているテーブルも椅子も白く、足はくるっとカーブしていて装飾も繊細に施されている。
アーヴィンが侍従に耳打ちをすると、侍従はエマと護衛を別の場所へと案内するが、それは少し離れた場所で、そこからこちらの様子もよく見えるようだ。ただ、私たちの声は届かないだろう。
「せっかくだから、彼女たちにも美味しいお菓子を食べてもらおう。あそこであれば、俺たちの様子はわかるが、声までは聞こえないからな」
侍女たちがお茶の用意をしているうちに、彼はこそっと私の耳元でささやいた。吐息が耳に触れ、慣れない感覚に首をすくめる。
そうこうしているうちにお茶の用意も整い、彼女たちも静かにその場を後にする。
そしてアーヴィンの視線が、私の手にしている籠を捉えた。
「それは?」
「あ、これは……」
私が作りました、と言えればいいのに、その言葉がすんなりと出てこない。恥ずかしさと照れくささが交じって、私の顔を火照らせる。
「甘いにおいがするみたいだが?」
ニヤニヤしているアーヴィンを見たら、今度はちょっとだけイラッとしてしまった。彼は私が困っている様子を見て楽しんでいるのだ。だから、無言のまま籠をアーヴィンに押しつけた。




