第一章(2)
馬車が学園前で止まり、私は父のエスコートで馬車から降りた。空はすっきりと晴れ渡っており、乾いた風が吹いては制服の裾をもてあそぶ。
「懐かしいわね」
両親もこの学園の卒業生だ。
「イレーヌ、こっちよ」
まるで勝手知ったる我が家のように、母が入学式の会場となる講堂に私を連れていく。
同じ制服に身をつつむ新入生たちが、両親に連れられ向かっている先が会場なのだろう。
どこか誇らしげで、どこか不安そうな表情は、私も同じなのかもしれない。
「ロイル侯爵」
誰かが父を呼び、私たちは歩を止めた。父がゆっくり振り返る。
「ポーレット公爵……」
先ほど馬車の中で父の口から出た名だ。
「そちらが、君のご自慢の娘かな?」
「はい。イレーヌ、挨拶を」
父に促され、私はスカートの裾をつまんで頭を下げた。
「イレーヌ・ロイルと申します」
「まぁ、ご聡明なお嬢様ね」
感心したように声をあげたのは、気品漂う公爵夫人。
「恐れ入ります」
父は恐縮そうにつくり笑いを浮かべているが、早くこの場から離れたいという気持ちはひしひしと伝わってきた。
「……魔女みたいな女だな」
ぼそりとした声が聞こえ、私ははっとするが、それは私の両親も同じだったようで、引きつった笑みを浮かべている。
「こら、シオドア」
ポーレット公爵は本気で怒っているわけでもなさそうだ。たしなめた相手は金色の髪の男の子で、公爵によく似ている。
「男の子はいつまでたっても子どもで困るわね」
公爵夫人も「ごめんなさいね」と、静かに笑っていた。
初対面の人間に向かって失礼な言葉を吐き出した彼が、ポーレット公爵子息のシオドアだと知った。つまり、将来のポーレット公爵である。
私は「いえ」と返事をしてみたけれど、十歳児のイーグルだって、初対面の女性に向かってそんな言葉はかけない。どうやらシオドアは、十歳児より精神年齢は低いらしい。
私たちはそそくさとその場を離れようとしたのに、ポーレット公爵が父に次から次へと話題を振るため、結局、公爵一家と一緒に会場へと向かう羽目になってしまったのだ。
幸いなことに会場の席は決められており、やっとここでポーレット公爵一家から解放された。
席に着いたとたん、ほっと息を吐いた父を見れば、私よりも気を張っていたにちがいない。
まだ開会まで時間があるため、会場の受付で手渡された入学式要項に目を通し始めると、両隣から両親が身を乗り出してきた。間に挟まれている私は窮屈であるけれど、嫌な気持ちではない。
「新入生代表挨拶は、王弟殿下なのね」
母の言葉に、父はうんうんと頷く。
「学園の方針は、平等だからね。王弟殿下だから選ばれたわけでなく、入学試験でトップの成績を取ったからだろう」
「その理屈でいけば……例えば、平民であっても試験の結果がよければ、代表挨拶をするということですか?」
私が尋ねれば、「そうだよ」と父は答える。
「実際、父さんのときの新入生代表は、平民の子だった。だけど、学園に通っている三年間、誰にもそのトップの地位をゆずらなくてね。卒業してからは、大臣の筆頭補佐として文官務めをしているよ」
「平民で筆頭補佐ですか? ゆくゆくは大臣だって狙える地位じゃないですか!」
「そうそう。次の財務大臣の筆頭候補に名前があがっていたはず……」
誇らしげに話をしていた父の顔が、一瞬、曇ったのが気になった。
さらに新入生名簿に目を通して、クラス分けを確認する。先ほどのシオドアは、残念ながら同じクラスらしい。
「一年次のクラス分けは家門を考慮しているけれど、二年次からは完全に成績別で分けられるからね」
父が言うには、一年を通して、学園の方針「平等」という考えを学んでいくらしい。そしてその方針が馴染んだところで、身分など関係のない、実力主義のクラス分けになるのだとか。
「イレーヌだってうかうかしていられないな」
父の言うとおりだ。できれば成績上位クラスを狙いたいが、それだって簡単にはいかないだろう。
もう一度、式典の流れを確認するものの、代表に書かれているアーヴィン・リグリーという名前が気になってしかたなかった。
次の試験では彼に勝ちたい。
そんな思いが、ふつふつと湧いていた。




