第四章(5)
ポーレット公爵邸での晩餐会は、つつがなく終えることができた。ただその日は、公爵家の客室にシオドアと二人で泊まったわけだが、大きなベッドの隅と隅、お互いに背中を向けて眠った。
私がソファで横になってもよかったのだけれど、二人でベッドを使った痕跡がなければ、お義母様が心配するというのがシオドアの言い分だった。
やはり、彼は母親には甘いのだ。
なんとか公爵邸での晩餐会を終え、別邸に戻ってきた私たちだが、それからしばらくすれば、偽りの夫婦関係もそろそろぼろが出始めている。シオドアがリンダとの関係を誤魔化しても隠そうとしないのが原因であり、私はそれに気づかぬふりをしていた。
結局、子爵家のすべてをきりもりしているのは私なのだ。本来であればシオドアが執務席に座って目を通すべき書類も、彼に届く手紙と同じように私が確認し、必要であれば彼に見てもらうという流れをとっている。そうでもしなければ、仕事が滞ってしまうからだ。
そんなとき、執事長のヘルナントが「旦那様は、また離れでしょうか?」と、窓の外に見える建物へ視線を向けるものだから「そうね」と曖昧に答えるしかない。
「こういったことは、できれば旦那様にやっていただきたいのですが……」
ヘルナントは、長年、ポーレット公爵家に仕えていた家令である。年齢を理由に息子に仕事を引き継ぎ、引退を考えていた彼を、公爵が引き止め、ロンペル子爵家で二年くらい働いてくれないかと打診したらしい。その二年で、シオドアが当主としての役割と責任を身につけるのを期待しているようだが、前途は多難である。
「まずは私のほうでしっかり覚えて、それから旦那様に教えるようにするわ」
ヘルナントが小さく息を吐いたのがわかった。
「旦那様も幼いころはひたむきな方だったのですが……どうやら学園で悪い遊びを覚えてきてしまったようですね」
「それでもクラス委員として、やるべきことはやっていたのよ? だから、そんなに心配しないでちょうだい」
あまりに悩みすぎてヘルナントの心労がたたってもよくはない。
私はシオドアを擁護するような言葉をかけ、執事長を安心させようと試みたが、それがどれだけ効果があったのかはわからない。
ヘルナントは疲れた笑みを浮かべ、せっせと書類を仕分けしていた。
と、そのとき、扉をノックする音が聞こえたので返事をすると、エマが書簡箱を手にして部屋へと入ってきた。
「本日のお手紙をお持ちしました」
「ありがとう」
「奥様、手紙を確認しながら休憩なさってはいかがですか?」
ヘルナントの提案を快く受け入れ、私はエマにお茶の用意を頼む。
「こちらの手紙は旦那様宛てではありませんか?」
「私が確認するから気にしないで、ヘルナント。旦那様には必要なものだけお渡ししているの」
「奥様は旦那様を甘やかしすぎです。大旦那様も大旦那様ですが」
これ以上カリカリしているヘルナントを見ていられず、彼にも休憩を取るように声をかけた。
「奥様。お茶が入りましたが、どちらにお持ちしましょうか?」
執務席か、休憩用のソファー席か。エマはそれを確認している。
「ここでいいわ。お茶はそこにおいて」
エマに指示を出してから、書簡箱の手紙をごそっと手にする。宛名と差出人を素早く確認して、急ぎの用件とそれ以外に分ける。
「あら? アーヴィンからだわ」
まるで曇り空の切れ間から差し込む太陽の光ように、私の心もぱっと明るくなった。




