閑話:シオドア(2)
ポーレット公爵は、王弟をこちら側の派閥に引き入れたいのだ。家庭教師が言うには、今の議会は大きく二つの派閥に別れているらしい。その一つの派閥の中心にいる人物が父である。
王弟であるアーヴィンは、今後、国王を支え、かつセリウス王子が国王となったときには補佐につくだろうと言われており、さらに国王が代替わりするときには、それが支障なく円滑に進むような仲介役になるだろうと期待されている。
ポーレット公爵は、王権を裏で操るのはアーヴィンではないかと、密かに思っているようだ。現王の弟で、次期国王のセリウス王子からの信頼も厚い。国王の補佐役としては十分な地位を持ち合わせている。
そして父は、そんなアーヴィンをこちら側に引き入れ、王権を裏で操るアーヴィンをさらに操ろうと考えているのだ。
自分の息子すら政治の道具の一つだと思っている父だからこそ、国王と年の離れた王弟という人間は操りやすく、そして喉から手が出るほど欲しい人材である。
その彼がシオドアと同学年で、成績も優秀となれば、比較されるのも仕方ない。いや、比較対象にすらならなかった。だから父は「仕方ない」と呟いたのだ。
父からはアーヴィンと仲良くしろと言われてみたものの、本当に仲良くできるかどうかはわからないと瞬時に悟ったのは、彼に対して表現しがたい複雑な感情が生まれたからだ。嫉妬なのか羨望なのか畏怖なのか、それをすべて混ぜ合わせた感情なのか、それのどれとも違うのか。よくわからなかった。
入学後、シオドアはAクラスに配属された。そして入学してすぐにも実力試験があったが、その試験でトップを取ったのはアーヴィンではなかった。
イレーヌ・ロイル。彼女はシオドアの心を乱す、恐ろしい存在である。さらにイレーヌは、アーヴィンとの距離も縮めたようで、二人で一緒にいることが多い。それは、クラス委員長と副委員長という関係も理由の一つなのかもしれない。
このクラスから頭一つ分抜きん出た二人は、クラスメートたちからの信頼も厚く、周囲には自然と人が集まっていた。そこから漏れたのがシオドアなのだ。
アーヴィンと仲良くするように父から言われていたはずなのに、彼に近づくことすらできない。
イレーヌをもっと知りたいのに、彼女のそばにはアーヴィンが番犬のようにつきまとっている。
アーヴィンと近づくにはイレーヌが邪魔で、イレーヌに近づくにはアーヴィンが目障りだった。
さらにシオドアは、試験の結果も彼らにはとうてい及ばず、実力の差を見せつけられていた。
二学年に進級するときには、成績別でクラス分けをされるのは知っていたが、彼らと同じクラスになりたくなくて、適当な気持ちで試験を受ければ、見事、成績下位クラスのDクラス行きが決まってしまった。
もちろん父は憤怒したが、それは学園に対してなのかシオドアに対してなのか、怒りの矛先はよくわからなかった。
ただ、この頃からポーレット公爵家の資金繰りが怪しいという話がちらほら聞こえるようになり、シオドアもそれとなく家令に確かめてみるものの「そんなことはございません」と、一喝される。
さらに父は、シオドアをAクラスにするようにと学園に多額の資金を援助したという噂もあったが、その真偽は定かではないし、シオドア自身も知らない話だった。
父は何を考えているかがよくわからない。
だからその父が、まさかイレーヌとの婚約を打診してくるとは思ってもいなかった。
「ロイル侯爵を財務大臣に推薦したくてな」
ロイル侯爵は、二大派閥のどちらにも属していないようなどっちつかずの立場にあるが、その手腕は非常に優秀らしい。娘もあれだけ優等生なのだから、血は争えないのだろう。
「だから、シオドア。イレーヌ・ロイルを我が家に迎え入れたいと思うのだが……その彼女の相手に、おまえなんかどうだろうか?」
遠回しな言い方であるが、ようは婚姻関係を結びたいという意味だ。
母親は喜び「まぁ、素敵な話ね」なんて言っていたが、これは父からの命令である。
シオドアの意見を尊重するかのような話ぶりではあるものの、断ることは許さないという無言の圧力すら感じた。
「はい。父さんが言うように、縁談をお受けしたいと思います」
葛藤はあったが、どこか優越感を覚えていたのも事実。
いつもイレーヌの側にいたアーヴィンは、間違いなく彼女に好意を寄せている。もしかしたらあの二人が婚約するのではないかとささやかれていたが、そのような事実は微塵も聞こえてこなかった。
シオドアがイレーヌと婚約したと知ったアーヴィンは、どうするだろう。婚約を取り消せとシオドアに迫るのか。それともイレーヌを連れてどこかへ遠い地へ逃亡するのか。
それを想像するだけで、今まで感じたことのない高揚感が湧いてきて、背筋をぞくぞくっとさせた。
しかしシオドアの考えとは裏腹に、学園を卒業したアーヴィンはこの国から出ていってしまったのだ。イレーヌを失った彼は、彼女と思い出のあるこの国にはいたくなかったにちがいない。
やっと彼らに勝てたと、今までにない絶頂感に包まれた。と、同時に、イレーヌの泣き叫ぶ姿を見てみたいとも。
いつも気高く微笑む彼女を支配できたらと考えるだけで、頭が熱く燃えそうだった。
くず夫が覚醒したときのお話でした。
※そしてちょっと悩みましたが、次回の更新は3月になってからの予定です。
※次の章から”愛人”が活躍する予定です。




