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閑話:シオドア(1)

 シオドア・ポーレットはポーレット公爵家の長子で、弟が二人いるものの公爵家を継ぐのはシオドアである。それは生まれたときから両親にそう言い聞かされており、シオドアもそうなるものだと理解していた。


 家庭教師からは褒められ、使用人たちからも大事にされ、だからシオドアも自分の気持ちに対して余裕があったせいか、年の離れた弟たちもかわいがっていた。

 しかし、その生活が暗転したのは、タラン学園に入学してからだ。


「代表ではないのか……?」


 タラン学園からの入学許可証が届いたとき、父であるポーレット公爵が驚きの表情と共に呟いた。それがどういう意味かわからなかったシオドアは「父さん?」と声をかけると、父の表情は一変する。


「おまえは恥ずかしくないのか!」


 父の苛立ちの原因がわからず、シオドアは驚き目を瞬かせるだけ。


「一流の家庭教師をつけたと思っていたのに……彼らに払った給金は無駄だったようだな。すべて返してもらうか」

「父さん。彼らは僕にきちんと勉強を教えてくれました。やるべきことはやっています」

「だが、結果が伴っていない。途中過程なんてどうでもいい、結果がすべてだ。入学式で代表におまえが選ばれなかった、それが事実だ!」

「僕が至らぬばかりに……申し訳ありません……」


 これ以上、家庭教師らが悪く言われるのは耐えられなかった。


 彼たちは勉強はもちろんだが、それ以外のことも教えてくれた。例えば月が赤く染まったときは雨が降るとか、それは本当に些細なことであったけれど、シオドアにとっては知らない話ばかりで、興味深く耳を傾けていた。

 勉強が嫌で投げ出しそうになったときも、教師が話題を変えて気分転換させてくれたため、なんとか学園入学前に必要な知識は身につけたつもりだった。


 学園の入学試験でも実力を発揮できたとそう思っていたが、どうやら入学試験の結果は自分が思っていたよりも悪かったらしい。いや、父は一番以外を認めない。


 入学試験でトップをとった者が新入生代表挨拶を行うと知ったのは、学園の入学式に足を運んだときだった。


 シオドアが真新しい制服を身につけても父はニコリともしないし、何も声をかけてこない。その分、母親は「似合っているわ」と褒めてくれたし、弟たちも「兄様、かっこいい」ときらきらした憧れの眼差しを向けてくる。


 入学式は両親と共に出席する決まりがあるようで、こんな不機嫌な父を同行させなければならない。

 学園の敷地内に入れば、母は「懐かしいわね」「あそこでね……」と思い出話を振ってくれたが、その声はシオドアの耳を通りすぎていくだけ。


 ふと、父が知り合いを見つけたようで声をかけた。


「ロイル侯爵。そちらが、君のご自慢の娘かな?」


 侯爵の隣には、真っ白な制服を身にまとう黒髪の少女がいた。太陽の光がやわらかく降り注ぐものの、あまりにもの眩しさにシオドアもつい目を細くした。しかし彼女の琥珀色の瞳は、力強くこちらに向けられている。


「はい。イレーヌ、挨拶を」


 侯爵の言葉に、彼女はスカートの裾をつまんで頭を下げた。

 その所作が流れるように優雅で美しく、目を奪われてしまったうえに、シオドアの心臓がドクンと大きな音を立てる。


「イレーヌ・ロイルと申します」


 凜とした声が耳に飛び込んでくると、彼女を無意識のうちに目で追っており、その事実に気がつくと羞恥で顔が熱を持った。


「まぁ、ご聡明なお嬢様ね」

「恐れ入ります」


 母の言葉にロイル侯爵は恐縮し、イレーヌは穏やかに微笑んでいた。それを目にすれば、また顔が熱くなってくる。


 これほどまで人の感情を乱すなんて――。


「……魔女みたいな女だな」


 そう、彼女は魔女なのだ。子どもの頃に読んだ絵本に出てきた魔女の容姿にそっくりだし、人の心を揺さぶり乱す。


「こら、シオドア」


 父親がたしなめるように名を呼んだが、その声も耳から耳へと通り過ぎていく。


「男の子はいつまでたっても子どもで困るわね。ごめんなさいね」


 母がイレーヌに謝罪の言葉をかけるものの、彼女は「いえ」と小さく返す。まるで魔女の微笑みのように、イレーヌは口元に薄く笑みを浮かべていた。


 ポーレット公爵はロイル侯爵と積もる話があるのか、入学式の会場へ一緒に向かうこととなった。となれば、シオドアもイレーヌと一緒に歩く形になるが、その間、彼女と会話らしい会話は成立していない。


 シオドアは始終無口であったし、イレーヌは母や侯爵夫人と言葉を交わしている。どこにも交ざれないシオドアだけ、口をつぐんでただ会場までの道を歩いていた。


 会場につけばロイル侯爵一家と別れ、指定された席につく。

 今日の入学式の要項を父が眺め「王弟殿下か……なら、仕方ない」とぼそっと呟いた。


「入学試験でトップをとった者が、入学生代表挨拶を務めるのよ」


 母の言葉に、あのとき父が激怒した理由を悟った。入学生代表に選ばれなかったから一番ではなかったと、父はすぐに気づいたのだ。


「いいか、シオドア。王弟殿下とは仲良くするんだぞ?」


 父が何を言いたいか、シオドアはすべてを聞かなくても理解できた。


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