第三章(8)
「君と僕、表面上は仲の良い夫婦を演じること」
「私たちの不仲を他の方には悟られないようにする、ということですね」
確認のために尋ねたのに、シオドアはまるで私の声が聞こえなかったかのように、表情を変えず紙を睨みつけ、さらに付け加える。
「それから、お互い愛人との関係には口を挟まないこと」
「承知しました。では、離れにいるリンダさんは私の友人ということにしておけばよろしいですか?」
リンダの名前を出せば、シオドアのこめかみがひくりと蠢いた。
「……あぁ、そうだな。君は慈悲深いと学園の頃から言われていたな。だから、平民の侍女を連れてきたのだろう?」
これはシオドアの挑発だ。のってはならない。
「慈悲で彼女を採用したわけではありません。優秀だからです」
「ふん。ロイル侯爵家ではそれが通用したかもしれないが、ポーレット公爵家では平民の侍女は認めない。下級使用人として雇うか、クビにするか。考えておけ」
「旦那様が爵位を継ぐときまでには、結論をお出しします」
冷たく言い放ち、それから誓約書にシオドアが提案した『仲の良い夫婦を演じる』『互いの交友関係には口を挟まない』という内容を追加した。それをもう一度、シオドアに突きつける。
彼はそれを手にすることなく一瞥しただけで「いいんじゃないか」と言う。
「では、こちらにサインをお願いします。同じ内容でもう一枚、書きましたから、こちらにも」
二通の誓約書をシオドアの前に、バン! とたたき付けるようにして置けば、彼も驚いたのかビクリと身体を震わせた。
「ものに八つ当たりするのは、子爵夫人の行動としてどうかと思うが?」
ため息を吐いたシオドアは、テーブルの上に転がっているペンを手にして誓約書にサインをする。彼が名前を書いたのを確認してから、彼の名の隣に私も自分の名前を書いた。イレーヌ・ポーレットと。
「どうぞ。一枚は、旦那様の分です。こちらに書いた約束事、きちんと守りますからご安心ください。もちろん、旦那様もお守りいただけますよね?」
「当たり前だ」
「私の用件は終わりました。あとはごゆっくりお休みください。昨晩はお楽しみになられたのでしょう?」
私の皮肉を込めた言葉にシオドアは顔をゆがませるものの、それを見て見ぬ振りをして言葉を続ける。
「それから、私の愛人、アーヴィンですけど……旦那様の友人ということにしておいてくださいね。リンダさんは私の友人、アーヴィンは旦那様の友人。だから、旦那様がリンダさんと会うのも、私がアーヴィンと会うのも、何もおかしな話ではありませんよね?」
少々、強引な言い訳だったかなと思いつつも、シオドアは唇を震わせただけで何も言わなかった。
「お義父様が私とアーヴィンの仲が良いことを利用したいようなので。ご存じでした? アーヴィンに招待状を送ったのは、お義父様だったようですよ?」
シオドアは開きかけた口を閉じた。その顔を見れば、アーヴィンがあの場に現れたのは予想外だったと言っているようなものだ。シオドアは父親である公爵には逆らえない。
「十日後にはポーレット公爵家主催の晩餐会がございますので、そちらには私と一緒に出席をお願いします」
これは以前から決まっていた晩餐会である。結婚して十日ぐらい経ったときに、私たちの結婚生活はどうなっているのかと、ポーレット公爵が探りを入れるためのもの。もちろん夫人も、私たちの仲を心配している。
だから最初は、向こうの屋敷で一緒に暮らすことも提案されたのだが、シオドアはこの別邸を使いたいと言い出した。新婚生活くらい、二人きりで楽しませてほしいと公爵には言っていたようだが、本来の目的はリンダを離れに住まわせるためだったのだ。
「それでは、失礼します」
私はできるだけ丁寧に頭を下げてから、シオドアの部屋を後にした。




