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第三章(4)

 カチャリと内扉のノブをまわす音が聞こえ、はっとして顔を上げる。


「シオドア……?」


 来るだろうとは思っていたが、確信があったわけではない。だから、彼が寝室に姿を現したことで、ほっと息をついたのは事実。


「ふん。さすがに最初から愛人の元へ行くほど、僕だって愚かではないよ」

「そうですか。てっきり、リンダさんの元へ行かれるものだと思っていました」


 嫌みのつもりで答えてみると、唇の端をひくつかせながらシオドアはじっと私を見つめてきた。ガウンの合わせ目から見える透け感のある夜着に気がついたらしい。


「なんだ、その姿は。僕に抱いてほしいのか? だったら自分で準備して僕を迎えるだけにしておくんだな」

「いえ。この衣装は、恐らくお義母様の指示でしょう。こちらの侍女たちが手際よく、用意してくださいました」


 淡々と言葉を告げた私に、シオドアはわざとらしく肩を上下させ、息を吐く。呆れているのか、苛立っているのかはわからないが、さっさとリンダのところに行きたいという気持ちだけは伝わってきた。


「これからリンダさんのところに行かれるのでしょう? あなたは一度、夫婦の寝室に来たわけですから、どうぞ私のことはかまわず、彼女のところへ行ってください」

「僕としては今すぐにでもリンダのところへ行きたいくらいだが……すぐにこの部屋から出ていけば、僕が早いと思われるだけだ!」


 どうやら彼は、ある程度の時間はこの部屋で過ごす必要があるらしい。それが数十分か一時間かは私にはわからないが、この機会を無駄にする気はなかった。


「では、旦那様にはお時間があるということでよろしいですね?」


 その質問に答える代わり、彼は少し離れた場所にあるソファーに座った。私もベッドから腰を上げ、彼の斜め向かいに座り直す。


「なんだ?」

「この結婚についてきちんと決め事をしておきましょうと、そう思ったものですから」

「決め事……?」


 シオドアが深く座り直したのを見れば、この話に興味を持ったと考えていいだろう。


「はい。旦那様は、リンダさんとの子を跡継ぎとして迎えたいということですよね?」

「当たり前だ。さっきも言ったように、僕の血を引く子だからね」

「ですが、私が愛人との間に子を授かったら? 私たちの関係を知らない人から見れば、私の子があなたの子だと思われても仕方ないのではありませんか?」


 生まれてきた子がシオドアに似ていなくても、私に似たからだとでも言えばいい。むしろ、リンダが生んだ子を跡継ぎにと据えるほうが、周囲を納得させるのに難しいのではないだろうか。そのときまでに、私たちの関係が破綻していれば別だろうけど。


「なるほど、そうだな。だったら、君が子を生まなければいい」


 シオドアは私を拒否するかのように、手と足を組んだ。彼の答えは想定内の範囲だ。


「それでは不公平ではありませんか? 私だって、自分の子を望みたいと思っています。たとえそれが、あなたとの子でなくても」

「だが、僕は認めない。僕の血を引く子どもしか、ポーレット公爵家は継がせない」

「もちろん、私の子はポーレット公爵家の子ではありません。そして私も、自分の子に公爵家を継がせたいと思っているわけではありませんから。その点はご安心ください」


 シオドアは痺れを切らしたのか、テーブルの上にあったお酒のボトルに手を伸ばす。これも初夜の儀で新婚の二人の恥じらいをほぐすために用意されたものである。


 彼はボトルからグラスに中身を注ぐと、それを一気にあおった。


「はぁ、君と話をしていると疲れる。さっさと本題を言ってくれ」

「はい、ですからこの結婚における決め事です。例えば、リンダさんの子を後継として認め、その子は妻が養育するとか……。先ほど、旦那様がおっしゃったことです。それをきちんと明文化して、後で揉めないようにしましょうという提案です」


 私の話を黙って聞いていたシオドアは、もう一度、グラスに酒を注いだ。今度は一気に飲もうとせず、一口だけ口に含む。


「……なるほど。きちんと誓約書を作っておきましょうと、そういう話か?」

「そうです。双方合意のうえ、あなたとリンダさんの子を、将来のポーレット公爵家の後継とする」

「そういう話なら大歓迎だ。少しは僕のことを理解しようとする気になったみたいだな」


 私は微かに笑みを浮かべただけで、肯定も否定もしない。


「では、そちらの書類は私のほうで用意しておきます。二人でそれに署名をし、一部ずつ保管しましょう」

「ああ、わかった。問題ない」


 その答えを聞くことができて、私は心の中で小さく拳をにぎった。


「では、そろそろリンダさんのところに向かわれてはどうですか? 旦那様がここに来てから三十分以上、経っているようですから、リンダさんも不安になられているのでは?」

「そうだな」


 そこでシオドアは立ち上がる。


「夫に理解ある妻で助かるよ」


 それは私に対する皮肉のつもりなのだろうか。


「ええ、私も妻に理解ある夫で嬉しいです。愛人を持つことも認めてくださいましたしね」

「ふん。相変わらずかわいくない女だな。さっそく慰めてくれる愛人を見つけたようだが……その愛人に捨てられないようにしろよ」


 バンッ! と乱暴に扉を閉めて、シオドアは寝室から姿を消した。


 シオドアとの結婚生活において、誓約書を交わす約束を取り付けた。そこまでやりきった私は、その内容をどうするかと考えながら眠りに落ちた。


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