第三章(1)
アーヴィンの手を取った私は、彼と二人で大広間へと戻ろうとしたものの、誰かに何か言われるのではないかという不安はあった。
結婚したその日に夫ではない男性と二人でいるのだから。
「堂々としていればいい」
アーヴィンの言葉を信じ、胸を張ってパーティー会場へと足を踏み入れる。むわっとした熱気とお酒のにおいが顔にまとわりつき、繋いでいた彼との手をぱっと離す。
「これはこれは、王弟殿下。このたびは我が愚息の結婚披露パーティーにご足労いただき、ありがとうございます」
早速私たちの姿を見つけたのは、ポーレット公爵だった。
「公爵から招待状が届いたからな。来ないわけにはいかないだろう? なによりイレーヌとシオドアは、俺の級友でもあったからね」
なぜアーヴィンがここにいたのか、謎が解けた。招待状を送ったのはポーレット公爵だったのだ。
「ところで、その愚息の姿が見えないが……どこに行ったか知らないか? イレーヌ」
公爵が猫なで声で私に声をかけてきた。
「お酒を飲み過ぎたようで、少し休んでいると言っておりましたわ。お義父様」
私が「お義父様」と呼んだせいか、上機嫌になった公爵はさらにアーヴィンに話しかける。
「殿下は、学園卒業後は諸国を見て回っていたと聞いておりましたが、陛下もその辺りは詳しく教えてくださらないもので」
「そりゃそうだろう。なにより放浪の旅。兄上にとっては俺の存在など話題にされるのも嫌だろうよ。でも、今日は……二人の結婚式だと聞いたからね。慌てて戻って駆けつけたというわけだ」
「そうしますと、これが終わればまたどこかに……?」
探るような公爵の視線を、アーヴィンはさらりと受け流す。
「どこかに行くかもしれないし、行かないかもしれない。何も考えていないからな」
ははっとアーヴィンが笑えば、公爵も「そういうところは殿下らしいですな」と近くにいた給仕からグラスを受け取り、アーヴィンへと手渡す。グラスを受け取ったアーヴィンは、一口だけ口に含んですぐに給仕のトレイへと戻した。
「せっかくだから、一曲くらい踊りたいと思っていてね。公爵、イレーヌ嬢……いや、ロンペル子爵夫人を借りてもいいかな?」
結婚を機に、シオドアはポーレット公爵が持つ爵位の一つを受け継いだ。それがロンペル子爵であり、新婚生活のためにと別邸も用意してもらっているのだ。その離れにまさかシオドアが愛人を囲うとは誰も思っていないだろう。
本来であれば、このパーティーの後は、私とシオドアは別邸に戻るはずなのだが、先ほどの様子を見ていたらどうなるかわからない。
「どうぞ」
公爵は私に目配せて、アーヴィンの言うとおりにするようにと訴えてくる。
公爵はアーヴィンを懐柔したいのだ。学園を卒業してからずっと国外にいて、戻ってきたばかりの王弟は、国内の情勢に疎いとでも考えているのか。
「イレーヌ……いや、ロンペル子爵夫人。一曲、お相手願えるだろうか」
「えぇ、喜んで」
アーヴィンと踊るのは、学園の卒業パーティー以来。パーティーではアーヴィンや後輩たちにやられたという思いはあったけれど、それでもあの時間は私にとっては忘れられない、心の支えとなるような思い出でもあった。
だけど今は違う。
仕組まれたわけでも騙されたわけでもなく、私が自ら彼の手を取った。
音楽は軽やかな三拍子の旋律を奏でており、アーヴィンと二人で広間の中央へと向かう。
よりいっそう音楽が大きくなったように聞こえた。と同時に、人々の歓声がわっと盛り上がる。
音楽に合わせ踊り始めると、シャンデリアの明かりを受けた私のドレスは明るく輝き、シオドアの瞳の色に合わせたものだというのに、アーヴィンの髪の色にも見えてくるのが不思議だった。
「君とこうして踊るのは……学園の卒業パーティー以来かな?」
「そうね。卒業後、あなたはどこかへ行っていたみたいだし。だから今日……まさか来てくれるとは思ってもいなかった」
彼があの場にいてくれて私は救われたが、その言葉にアーヴィンは切なそうに微笑んだ。
「そうだな。公爵から招待状が届いたときはどうしようかと思ったが……今は来て、よかったと思っているよ」
音楽の盛り上がりに合わせてアーヴィンが私の身体をふわりと持ち上げたためか、周囲にどよめきが走った。
「きゃっ……ちょっと、アーヴィン」
突然のことに小さく悲鳴をあげれば、アーヴィンはいたずらが成功した子どものような無邪気な笑顔を向けてくる。
「いいじゃないか。俺との仲を見せつける絶好の機会だからな」
「……そうね」
そのまま彼と一曲踊りきり、渇いた喉を潤すため少し休憩しようとしたとき、シオドアがリンダを連れて広間に戻ってきたのだ。
「あちらもご登場か……俺たちへの当てつけのつもりか?」
「どうかしら?」
何も考えていないようにも見える。きっとリンダが「踊りたいわ」とか言ったにちがいない。
「アーヴィン。外に出られないかしら?」
先ほどからまとわりつく、私たちを値踏みするようなねっとりとした視線に耐えられなかった。
「そうだな」
彼が腕を出してきたので、私は迷うことなくそれに自分の腕を絡ませる。




