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閑話:セリウス(1)

「叔父上って、意外とへたれなんですね」


 ノックと共に声をかけ、アーヴィンの部屋へと入る。彼は机に向かって何やら書き物をしていたようで、セリウスの声に驚き振り返った。


「なんだ、セリウスか……」


 セリウスは腕を組みながら、扉の脇の壁に寄りかかるようにして立つ。十二歳らしくもない態度かもしれないが、これはきっと父親の影響だろう。


「なんだ、じゃないでしょう」


 アーヴィンの反応が面白くなく、セリウスは苛立ちを隠さず叔父に近づいた。


「聞きましたよ。イレーヌ嬢が、ポーレット公爵のぼんくら息子のシオドアと婚約したと」


 セリウスがアーヴィンの隣に立つと、ドン! と机の上に両手をついた。その勢いで、机の上にあったペンがコロコロ転がる。


「叔父上はイレーヌ嬢を好いているのではありませんか?」


 座るアーヴィンとほぼ同じ高さの目線であるというのに、彼より六歳年下のセリウスは鋭い眼光を向けた。


「それをおまえに答える必要はあるのか?」


 ひえびえとしたアーヴィンの声がしんと静まり返った室内に響く。


「答える答えないは自由です。ただ、叔父上がイレーヌ嬢に対して友情以上の気持ちがないというのであれば、僕がもらってもいいですか?」


 ビクリとアーヴィンは大きく身体を震わせる。


「はっ? 何を言っている? ふざけているのか?」


 アーヴィンが目をつり上げれば「僕は本気ですよ?」とセリウスも睨みつける。


「ふざけるな。彼女はポーレット公爵子息と婚約したんだ」

「だからですよ!」


 アーヴィンの苛立ちに触発され、セリウスもつい声を荒らげた。


「叔父上は、彼女がポーレット公爵家に嫁いでいいと思っているんですか? あのぼんくら息子と一緒になっていいと、本気でそう思っているんですか!」


 小さく拳を作ったセリウスは、八つ当たりするかのようにもう一度机をドンと叩く。


「モノに当たるのはやめなさい」

「こういうときばかり叔父の顔をする。普段は僕と変わらないくせに」


 セリウスの指摘にアーヴィンも少しだけ唇の端をひくつかせたが、これはセリウスの言葉が図星だった証拠。叔父でありながらもセリウスと年が近く、弟のようにかわいがってもらっていたため、父王と過ごした時間よりもアーヴィンと一緒にいた時間のほうが長いくらいだ。だから、その行動からなんとなく叔父の様子がわかる。


 昨年、テロス展でイレーヌに近づいたのもわざとだった。アーヴィンを刺激してやったというのに、彼は嫉妬すらしなかった。多少、苛立った様子はあったようだが。


「もう一度聞きます。叔父上はイレーヌ嬢のことを好いているのではありませんか?」


 セリウスはアーヴィンの幼い時の顔によく似ていると言われる。だから、アーヴィンも自分の顔に見られているようで居心地が悪いのだろう。


 顔を引きつらせてからアーヴィンは大きく息を吐いた。


「その顔で俺を見るな」

「やはり叔父上はイレーヌ嬢のことが好きなんだ。それなのに気持ちを伝えられず、ポーレット公爵家に横取りされたと」

「……やめろ」


 やめろと言われてやめるセリウスでもなく、さらにたたみかける。


「後悔するくらいなら、どうして気持ちをぶつけなかったんですか? あの様子を見ていたら、イレーヌ嬢だってまんざらじゃないことくらいわかるでしょ?」


 テロス展で彼女が身にまとっていたドレスはアーヴィンの瞳の色と同じものだった。本人たちは、気づいていたのかいないのかわからないところが、じれったかった。


「やめろ!」


 バン! と机を両手で叩いたのはアーヴィンである。その衝撃で机の上の物は軽く跳ね、ペンは転がって床に落ちた。


「黙れ! セリウス。いくらおまえでも言っていいことと悪いことがある」

「僕に本当の気持ちを指摘されたからだ。悔しくてそうやって物に当たって、怒りをぶつけている。そうするくらいなら、イレーヌ嬢を奪えばいいのに」

「いっときの感情を彼女にぶつけても、迷惑になるだけだ。シオドアとの婚約を断れとでも言うのか? 格下のロイル侯爵家から断るなんてできるわけがないだろう? それに……」


 そこでアーヴィンは表情を硬くする。


「ポーレット公爵がロイル侯爵側についてくれれば、次期財務大臣はロイル侯爵だ」

「やっぱりね。それが父上と叔父上の本音だ。この国のためにイレーヌ嬢には犠牲になってもらう、と」


 呆れたようにセリウスは、やれやれと首を横に振る。


「やはりイレーヌ嬢は僕がもらいます」


 セリウスは十二歳らしからぬ大人びた恍惚とした表情を作った。


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