第二章(8)
夕方から始まったパーティーは、とっぷりと日が暮れても続いている。
公爵夫人に連れられ、なんとか招待客への挨拶が終わって一息ついたとき、シオドアの姿が見えないことに気がついた。途中までは彼と一緒に挨拶周りをしていたが、その後は紳士には紳士の、淑女には淑女の付き合いがあるといって別れたのだ。
ただシオドアが勧められるがままにお酒を飲んでいたのが気になっていたし、しばし待っても彼の姿は会場から消えたまま。
もしかして、夜風に当たるため外に出たのか。
心配になり、大広間を後にして彼を探しに外へ出てみると、テラスの先にある庭園でシオドアが見知らぬ女性と二人で抱き合い、熱く絡み合っていた。
「シオドア?」
「あぁ、イレーヌか。どうかしたのかい?」
「そちらの女性はどなた?」
私が尋ねれば、彼は「こちらの女性はリンダ。僕の愛人だ」と堂々と答える。
一瞬、目の前が真っ暗になり現実を受け止められなかった。これから彼との愛を育めたら、とそう思っていたというのに。
私はできるだけ平静を装い、淡々と言葉を続ける。
「私と結婚したその日のうちに、愛人と愛を深めていた。そういうことで合っておりますか?」
目の前の現実を確認するために尋ねてみれば、彼は胸を張って「そうだ」と答える。さらに、私との初夜の儀すら放棄し、愛人リンダとの子をポーレット公爵家の後継にしたいとまで言ってきた。
それは私にとって、なんの利点があるのだろう。
すっと息を吸い、悲しいとか悔しいとかそいう感情もすべて抑え込む。
「片方はあんあん喘いでいるのに、こちらだけ重責を負うのは不公平ではありませんか?」
はしたない言葉遣いだとは思いつつも、言わずにはいられなかった。
「だったら君も愛人を作るといい。その重責に堪えられなくなったら、愛人に慰めてもらえばいいよ? そうすれば僕たちは公平だろう? そう、平等なんだよ、僕たちは。君が大好きな学園の教えだ」
結婚したからシオドアも私に気持ちを向けてくれるだろうと期待していたのがバカらしくなった。彼は学園に通っていたときから、何ひとつ変わっていない。
「では、旦那様。私は先に会場に戻りますね。これだけ人が集まっているんですもの。愛人を探すにはもってこいでしょう?」
胸の痛みを隠して私は会場へ戻ろうとしたところ、人の気配に気づく。
「ごきげんよう」と声をかけてみたが、なんてタイミングが悪いのだろう。
「ごきげんよう、イレーヌ」
私の鼓膜を震わせたのは、忘れたくても忘れられなかったアーヴィンの声だった。
「結婚おめでとう、シオドア」
それでもこのようなみじめな姿を彼には見られたくなかった。
「あ、ありがとうございます。王弟殿下……」
シオドアの動揺が伝わってきた。それもそうだろう。私と結婚したばかりのシオドアは、私ではない女性と一緒にいるところを、他の人に見られているのだから。
それでもシオドアは開き直ったのか、私との結婚に愛はないとアーヴィンの前ではっきり言い切った。
なるほど、とアーヴィンは王族特有の銀青の髪を月光に反射させながら頷く。
「ところで、イレーヌの愛する人は誰かな?」
「本来であれば、シオドアと答えたいところですが……」
チラリとシオドアに視線を向けてから答える。
「今のところ、愛人は募集中です。せっかく人が多く集まっておりますので、そちらで探そうかと」
「……だったら、俺なんかどうだ?」
「何が?」
思わず私はそう聞いていた。まるで学園時代のノリだった。
「だから、愛人。募集中なのだろう?」
アーヴィンが私の耳元でささやいたその言葉は、シオドアたちの耳にも届いていたようだ。リンダの「王弟殿下が?」とぼそりと呟く声が聞こえた。
私はコクリと喉を鳴らす。
「王弟という立場はわりと自由だからな。だが、これでも一応王族だ。地位はある。金もある。どうだ? 今ならお買い得だと思わないか?」
まるで商品のような言い方に、私はくすっと笑みをこぼした。
「それに、知っているか? この国では、王族にかぎって略奪婚が認められている」
ただしそれは『本当に愛する者と出会ったときに限る』とされており、相思相愛が絶対条件だ。ただの横恋慕では認められない。
私は小さく息を吐いて、アーヴィンを見上げた。彼の紫眼が、どこか不安げに揺れていた。
「えぇ、知っています。ただし、お互いに想い合っている場合に限る、ともありますね」
「さすがイレーヌだな。だから君の愛人に志願したい。俺なんかどうだ? さっきも言ったように、かなりお得だと思うが?」
シオドアが身体を強張らせ、その様子をリンダが不安げに見つめる。
「素敵なお話ですね」
「では、俺の提案を受けてくれると。そういうことでいいのかな?」
その言葉に頷いた私は、アーヴィンが差し出した手に、そっと自分の手を重ねた。




