プロローグ(2)
なぜ私が夫と愛人の子を教育せねばならないのか。ふつふつと苛立ちが込み上げてくるものの、そこにはわずかな悲しみも混じっていた。
それを悟られぬよう、言葉を続ける。
「リンダさんだって、我が子と引き離されたらかわいそうではありませんか?」
言葉を突きつければ、火照った頬にひんやりとした夜気が心地よく、次第に冷静さを取り戻す。
「それには心配およばないよ。彼女は僕の愛人だから、屋敷の離れに住まわせる」
結婚した日に愛人を紹介しただけでなく、同じ敷地内に住まわせるからそれを認めろとまで言ってきた。
「それって、私に利点はありますか? あなたの妻としての責務を押しつけられ、さらに次期公爵の子の教育までやらされ。その間、リンダさんは何をされるのでしょう? 愛人ですから、旦那様に抱かれるのが仕事でしょうか? 片方はあんあん喘いでいるのに、こちらだけ重責を負うのは不公平ではありませんか?」
声に出してしまった瞬間、本音が溢れ出たことに驚いた。こんな屈辱を耐える必要があるのかと、心が叫んでいる。
それでもシオドアは落ち着いた様子で「なるほど」と呟く。
「だったら君も愛人を作るといい。その重責に堪えられなくなったら、愛人に慰めてもらえばいいよ? そうすれば僕たちは公平だろう? そう、平等なんだよ、僕たちは。君が大好きな学園の教えだ」
自分が愛人とよろしくしたいから、私にも愛人を作れと言ってきた。
むしろ逆にこれを好機だと捉えるべきだろう。ポーレット公爵家以外の後ろ盾を見極める絶好の機会だ。
「では、旦那様。私は先に会場に戻りますね。これだけ人が集まっているんですもの。愛人を探すにはもってこいでしょう?」
会場はまだ熱気と祝宴の空気に包まれているだろう。
「そうだね、僕はもう少しリンダと過ごしてから戻るよ。僕のことを聞かれたら適当に誤魔化しておいてくれ」
「はい」
私はにっこりと微笑んで答えた。この状況では笑うしかないが、気を抜けばすぐに涙がこぼれそうだった。だから笑うのだ。
広間に戻るため、くるりと身体の向きを変えると、目の前に人の姿が見えて慌ててしまう。すぐに平静を装うものの、私の動揺は知られてしまったかもしれない。だけど、無視するわけにはいかないだろう。何か、声をかけなければ。
「ごきげんよう」
私の声で、シオドアもリンダも第三者の存在に気がついたようだ。
「ごきげんよう、イレーヌ」
さわりと風が吹いて花の香りがいっそう強くなった。
「あら?」
その声には聞き覚えがあった。いや、忘れたくても忘れられない声。
「なかなか面白い話をしていたようだね。失礼だと思いながらも、つい、聞き入ってしまった」
「アーヴィン……いえ、失礼しました。王弟殿下」
月明かりに照らされ正装に身を包むのは、国王の年の離れた弟、アーヴィンだ。そして学園時代の私のライバルでもあった人物。
「結婚おめでとう、シオドア」
アーヴィンがシオドアに向かって艶めかしく微笑むと、王族特有の青銀の髪が月光を反射させる。
久しぶりに彼と会ったが、以前よりも髪が伸びたようで雄々しさに磨きがかかっている。
「あ、ありがとうございます。王弟殿下……」
シオドアの動揺が伝わってきた。
私、アーヴィン、シオドアの三人は、同じ教室で勉学に励んだ仲である。といってもアーヴィンとシオドアは本当にそれだけの関係。
「君の妻は、ここにいるイレーヌだと思っていたが?」
アーヴィンの力強い紫眼がシオドアを射貫く。
「ええ、そうです」
「だが、今は違う女性と一緒にいるね。つまり君は、結婚早々、愛人と逢い引きをしていたと。だからイレーヌにも愛人をすすめたということで、合っているかな?」
どこから彼は聞いていたのだろう。こんなみじめな姿をアーヴィンには見られたくなかった。
恥ずかしさで胸が締め付けられたものの、それでもなぜか彼のやわらかな眼差しに心がざわめく。
「そうですね。僕とイレーヌは愛し合って結婚したわけではありませんから。家のために結婚しただけです。お互い愛する人がいるなら、その愛を邪魔しないようにと、そう話し合っていたところです」
「なるほど」
アーヴィンはにこりともせず頷いたが、すぐに相好を崩して私と向き合う。
「ところで、イレーヌの愛する人は誰かな?」
私は鉄仮面のような表情で答える。
「本来であれば、シオドアと答えたいところですが……」
チラリとシオドアに視線を向けるが、彼はまだリンダと密着している。やはり私はお邪魔らしい。そろそろ会場に戻ろう。シオドアに何かを期待するだけ無駄である。
「今のところ、愛人は募集中です。せっかく人が多く集まっておりますので、そちらで探そうかと」
自分の結婚披露パーティーで愛人を探す。おかしくも虚しい。
「……だったら、俺なんかどうだ?」
噴水の水がひときわ高く噴き出し、弾けた水滴が光をまといながら、きらきらと落ちていく。
「何が?」
「だから、愛人。募集中なのだろう?」
月明かりを浴びてやわらかく微笑むアーヴィンの言葉に、私はコクリと喉を鳴らした。




