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第二章(7)

 シオドアとの婚約が解消されるようなことはなく、予定通り結婚式を挙げる日がやってきた。

 朝から念入りに身体を磨かれ、真っ白いドレスを着つけられと、目がまわるような速さで次から次へと侍女たちが動いてくれる。


「あぁ……イレーヌ……」


 ロイル侯爵家の控え室では、父が泣きそうな顔をしながらおろおろしていた。ちなみに、三日前からこんな感じである。


「イレーヌ姉様。父様が使いものにならないようなので、僕が一緒に入場しましょうか?」


 弟のイーグルもタラン学園に入学し、ここ一年でぐっと背が伸びて大人っぽくなった。


「そうね。だけど本当にそれをやったら、あなた、お父様から一生、恨まれるわよ?」

「そうだよ、イーグル。いくら息子であっても許せるものと許せないものがあるからね」


 父の言葉に、やれやれと言いたげなイーグルは、大げさに肩をすくめて首を振る。

 すると「お時間です」と係の人が呼びにきた。


 私とシオドアの結婚式は王都の中心にある大聖堂で執り行われる。宰相であるポーレット公爵の息子と財務大臣のロイル侯爵の娘、その二人の結婚式というのもあって、まさしく王国あげての結婚式といってもいいほど。議会での力関係も、私とシオドアの婚約が決まったときから変化があったとか。そんな話を父が口にしていた。


 母が私のベールをさっとおろした。このベールは、私と母で刺繍したものだ。エラルズ王国では、昔から花嫁のベールは、母親と娘で一緒に作り上げるものだと言われている。


「父様、僕は母様と親族席から見守っていますので」


 父に圧力をかけるような言い方をして、イーグルは母と一緒に控室を出ていった。


「お父様、私たちもまいりしょう」


 私よりも父のほうが緊張しているように見える。いや、実際、緊張している。


 大聖堂へと続く扉の前で少し待たされたが、この時間で少し冷静になれたのは父も同じなのだろう。

 扉が大きく開かれ、祭壇の前にはすでにシオドアの姿が見えた。色とりどりのステンドグラスから注ぐ太陽の光は、虹のような色を作り出している。


 私は父の腕をとり、一歩、一歩、踏みしめるたびに、両親やイーグルと過ごした時間が思い出された。


 結婚式には両家の関係者や、国内の名だたる貴族たちが出席しており、それだけこの結婚は注目されていた。

 祭壇の前まで歩を進めた私の手は、父からシオドアへとうつる。


 シオドアも緊張しているのか、その表情は真剣そのもので、いつもの人を小バカにした様子とは異なるもの。


 逆に、私は安心したのかもしれない。婚約期間を経て、彼も少しはこの結婚を受け入れる気になったのだろうかと、そんな前向きな気持ちが私の心にも生まれてきたのだ。


 結婚式は厳かに進行する。


「――誓いますか?」


 司教の言葉に、シオドアは「誓います」と答える。


「イレーヌ・ロイル。あなたは――」


 私も同じように宣誓した。


 それから指輪の交換をして、誓いの口づけにうつる。私のベールをあげるシオドアの手が微かに震えているのにぎくりとして、彼の顔を見上げた。


 宝石のように輝く青い瞳が、食い入るように私を見つめており、そのまま口づけをしようとしない彼に、小さく声をかける。


「……シオドア?」

「……っ!……いだ……」


 顔を歪ませたシオドアは、私の額に静かに唇を落とした。


 エラルズ王国ではエテルナ神を信仰しており、その神の前で愛を誓い合った私たちは、大勢の人に祝福されながら大階段を下りていく。さわやかな風が吹き、投げられた花びらがより一層軽やかに舞う。


 祝いの言葉をかけてくれる人たちに、御礼を言いつつにこやかに手を振った。ちらっとシオドアに視線を向ければ、彼は嫌な顔一つせず、笑顔で対応している。その事実に、なぜか私の胸は熱くなった。


 そのまま二人で華やかな馬車に乗り込み、王都を一周してからポーレット公爵邸へと向かった。


 結婚式が終われば、結婚披露パーティーがポーレット公爵家の大広間で開かれる。大聖堂にいた人たちも、すぐにこちらへやってくるだろう。


 真っ白いウェディングドレスから、カラードレスへと着替える。シオドアも同じように着替えているはずだ。


 身につけた瑠璃色のドレスのスカート部分はレースが幾重にも重ねてあってエアリー感があふれ、金糸で流星を思わせる刺繍が施されているため、シンプルでありながらも華やさがある。さらにオフショルダーのデザインは、上半身をすっきりと見せるもの。


「お綺麗ですわ」


 そう褒め称えるのはエマである。彼女のほうが泣きそうになりながら、私の化粧を直してくれた。

 学園を卒業して二年、エマもロイル侯爵家の侍女に相応しい技能を身につけている。


 父は彼女を養子にしたうえで、王城での文官勤めを推薦しようとしたらしいが、エマ本人がそれを断った。理由は、私つきの侍女として一緒にポーレット公爵家へと来ることを望んだから。

 本来であれば平民が侯爵からの提案を断るなんてあってはならない。だけど、理由が理由なだけに父はエマを心底信頼し「イレーヌを頼むよ」と励ましたくらいである。


 私もエマが一緒にいてくれるなら心強い。


「イレーヌさん、準備はできたかしら……まぁ、本当に素敵ね」


 いつの間にか戻ってきていた公爵夫人が、母を連れて様子を見にきたようだ。


「イレーヌ……きれいだわ……」


 いつもは父を尻に敷いているような強気な母も、さすがに今はしっとりと感慨に耽っている。


「ありがとうございます」


 二人の母親に褒められ、半分恥ずかしい気持ちもあった私は、控えめに礼を口にした。


「さあ。シオドアも待っているし、パーティーが始まるわよ」


 公爵夫人の言葉に小さく顎を引き、私は気を引き締めた。


 シオドアと結婚した。となれば、私はポーレット公爵家の一員である。私の一挙一動がポーレット公爵家の評判に関わってくるため、下手な行動はできない。


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